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祝杯
しおりを挟む「今日も隊長のおごりでーす!」
「あざーっす!!」
「隊長! 一生ついて行きます!!」
「では~、偉大なる我らが隊長と、最強の神子様に、かんぱーい!!」
「かんぱーーい!!」
騎士たちは木製のビールジョッキを掲げた。
(サークルの飲み会のノリだ……)
それも陽キャしかいない。風真も陽キャの部類ではあるものの、彼らには勝てないと負けを認めた。
一気に騒がしくなる店内。今日は二十数人での貸し切りで他に客はいないが、満席のように賑やかだ。
木造の店内は、異世界やファンタジーで見る食堂と同じ雰囲気だった。
暖色の明かりが灯され、大人数用の長机が六台と、丸机が置かれている。壁際に並べられたビール樽は、立ち飲み客のテーブル代わりだ。それが異世界らしさを演出していた。
来て良かった。風真は頬を緩める。異世界の食堂は外せない観光スポットだ。
周囲を見渡していると、隣に座るユアンが声を掛けた。
「神子君は飲める?」
「はい。あまり強くないですけど」
「それならビールか果実酒にしようか。これは度数が低めだよ」
「ピピの果実酒……ラウノメア酒……すごい、異世界っぽいですっ」
「君の世界にはなかったんだね。じゃあこれにしよう」
喜ぶ風真の為に二つとも注文しようと、店員を呼ぶ。すると。
「騎士さんたち、いつもありがとうございまーすっ」
「っ……」
亜麻色の長い髪を後ろの高い位置で結った、元気な少女が注文を取りに来た。
(ミリアちゃん!)
その子は注文を受けると笑顔で席を離れ、他の席の注文と併せて厨房に伝える。出来上がった料理やビールを運び、皿を下げ、笑顔でくるくると踊るように働く。
(似てる……可愛いなぁ)
「神子君、彼女の事が気に入った?」
「! え、っと……向こうで好きだった子に似てて……」
嘘は言っていない。ただ、違う次元にいただけで。ばつが悪そうに視線を逸らすと、ユアンにしては珍しく誤解をした。
「君は、あちらに恋人もいたのか?」
「いえ、ただ一方的に好きだっただけで……」
「そうか」
ユアンは神妙に呟いた。
「リナさーん! こっちお願いしまーす!」
隊長の言わんとする事を汲み取った騎士が、彼女を呼ぶ。
「えっ、あのっ」
「リナちゃん、この子は新入りで今日初めて討伐に出たんだ。褒めてあげて?」
ユアンが風真の肩を掴み、リナの方へと向ける。すると彼女は驚きながら、ズイと顔を近付けた。
「魔物討伐なんて怖かったでしょうっ? それなのに街を守る為に戦ってくれて、ありがとうっ」
心からの感謝を伝える。こんなに若い子が討伐なんて、と思っている事は、顔を赤くしてカチコチに固まっている風真には伝わらなかった。
「怪我はしてない?」
「はい……」
「熱があるのかしら、顔が赤いわ」
「いえっ、大丈夫ですっ……ちょっと酔ったみたいでっ」
まだ飲んでないのに、とユアンと騎士は笑いを噛み殺す。心配して水を持って来ようとするリナに、慌てて大丈夫だと告げた。
「ええっとっ……料理、どれも美味しそうですねっ」
いっぱいいっぱいになった風真は、話題を変える。無理矢理変わった話題にもリナは不思議な顔一つせず、嬉しそうに笑った。
「ありがとうっ、特にこれとこれはオススメなの。いっぱい食べていってねっ」
「はいっ、ありがとうございますっ……」
厨房から呼ばれて去って行く後ろ姿を、ぽやっとした顔で見つめる。元気なところも優しいところも、ミリアにそっくりだ。
(推しに会ったらこんな気持ちなんだ……)
顔は熱く、心は春の日溜まりの中にいるようにぽかぽかと暖かい。明日からも頑張れる。生きる気力が湧いた。
「デートの約束は、週末でいいかな?」
「……?」
「リナちゃんはいい子だよ」
「……?」
まだぽやぽやしている風真は、首を傾げた。
「リナちゃん、彼氏はまだいないらしいから」
「! いえっ、俺、今は討伐でいっぱいいっぱいですから、そういうのは……」
「両立させてこそ男だよ」
「っ、でも、あのっ……」
顔を真っ赤にしてパタパタと両手を振る。
「本当にそんな気はっ……俺っ、彼女に手を繋ぐ以上のこと出来なくてフられるのは嫌ですっ」
ワッと声を上げる。わりと大きな声は、騎士たちの賑やかな声に消されてリナまでは届かなかった。
「神子君……」
「神子様……」
ユアンと騎士が、風真の肩をポンと叩く。
「純粋なのは君の良いところだよ」
「そうですよ、神子様。じっくり愛を育むのもいいと思います」
「……忘れてください」
情けない過去を暴露してしまい、両手で顔を覆った。
「今日は飲もう。飲んで俺と手を繋ぐ以上の事をしようか」
「もうしてるじゃないですか……」
「隊長っ、神子様はさすがに駄目ですって!」
「記述には、神子が子を成しても力は消えないとあるが?」
「そうですけどっ、実際神子様のお力は凄まじかったですけどっ」
消えてないですけどっ、と騎士がジレンマに陥る。
「待ってください、誤解です、ユアンさんとは何もないです」
「神子君。あんなに可愛い声を聞かせてくれたのに……」
「声出せなかったですけど」
「隊長! 神子様相手になんてプレイしてんですか!」
「誤解です、誤解なんです」
もう何をどう説明していいやら。風真はただ誤解だと言い続けた。
一応騎士が納得した頃、果実酒が運ばれてくる。リナににっこりと微笑まれ、また顔を赤くしてしまった。
果実酒は、赤い方がさくらんぼのような果物、ピピの実を使用したもの。
青い方がラウノメア地方の特産物の青い果物の、皮と実を使用したものらしい。まずはピピの方を一口。
「んっ、ちょっと酸味があって美味しいですっ」
「お口に合って何よりだよ」
ユアンはそっと目を細める。風真は目を輝かせながらラウノメア酒の方も一口。
「甘いっ、渋いかと思ったら甘いです、こっちも美味しい~」
ラウノメアの後にピピを飲むと、酸味が強く感じる。それでも程よい酸味だ。
ふと思いついてクラッカーをラウノメア酒に浸す。小麦の味とじゅわっと広がるフルーティな甘さが絶妙で美味しかった。
「神子君は面白い食べ方をするね」
「思いついてやってみたんですけど、美味しいですよ。良かったらどうぞ」
ラウノメア酒を差し出すと、ユアンはクラッカーを浸してから口へ。
「……美味しいな。この発想はなかった」
「デザートみたいですよね。美味しい~」
浸して飲んでいると減りが早く、騎士は同じ物をそっと注文した。他の度数の低い酒と一緒に。
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