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討伐前のひと時

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 翌日。
 朝食を終えたアールは、風真ふうまを見据えた。

「やはり私には、何一つ落ち度はなかった」
「ん?」
「お前が貧弱な事は気にはなるが、お前は私に従うべきだ。そして私の為に働ける事を誇りに思え」
「ええっ……、親密度初期化とかある?」

 昨日は仲良くなれたと思ったのに、やり直しだなんて。
 肩を落とす風真に、ユアンはやはりそうかとクスリと笑った。

「アールが弱いのは、寝起きから二時間程度だからね」
「それって、昨日は寝ボケてたってことですか?」
「そうとも言うかな」
「寝惚けてはいない」
「アールは低血圧だから」
「そうだ」

 頷くが、王太子が低血圧で朝が弱いなど、重大な秘密なのでは。それを言うとまた面倒な事になりそうで、風真は気付かないふりをした。


「根性叩き直すなら、日中かぁ。……日中って会えなくない?」
「神子君が呼べば来るよ。俺たちは神子の使いだからね」
「えっ、じゃあ、アールっ」
「断る」
「今日の昼に」
「お前に構っている暇はない」

 意気揚々と誘おうとした風真は、ぴたりと動きを止める。そしてじわじわと視線を下げた。

「……まぁ、そうだよな。王太子なら、忙しいよな」

 仕事もあり、国王になる為の勉強や、王族のマナーやダンスレッスンなども一日みっちり詰め込まれているはず。学校も仕事もなくブラブラしている自分が呼び出すのは申し訳ない。

「朝ご飯一緒に食べてくれてありがと。これからも朝だけはこうして話せたら嬉しいな」

 パッと太陽のような笑みを向けられ、アールは怯む。何故召喚されたばかりの頃のように怒らないのか。何故こんな対応をされて礼を言えるのか。裏のない笑顔と聞き分けの良さに、恐ろしさすら感じた。
 それに反してユアンとトキは、風真がただ純粋で素直な人間なのだともう理解している。


「フウマ様……」

 トキは健気な風真に目頭を押さえる。

「神子君、寂しい時はアールじゃなく俺を呼んで。また一緒に楽しい事をしよう」

 今日は隣に座っているユアンが、風真の手を取り意味深な笑みを浮かべた。

「ユアン様、まさかフウマ様に……」
「まさかでもないだろ?」
「あの、トキさん、ユアンさんは……んぐっ」
「駄目だよ、神子君。それは二人だけの秘密だ」
「んんーっ」

 背後に回ったユアンに口を塞がれる。片手は口に、もう片手は椅子ごと風真を抱き締め、また抵抗を塞がれてしまった。

「それとも、二人にも君の可愛い姿を見て貰いたい?」
「んっ、んんっ」

 耳元で囁かれ、顔を赤くしてビクリと跳ねる。フウマ様、と呟いたトキは止める事なくぼんやりと風真を見つめていた。

(トキさんっ、やめた方がいい理由なんとなく分かったっ)

 首筋を擽られ身を捩っていると、ほう、と息を吐く。涙目でトキを見れば、瞳を蕩けさせて恍惚とした表情を浮かべた。
 こんな事をされても、トキよりユアンの方が安全だと本能が訴える。いや、それ以上に安全なのはアールだ。


「んーっ」

 アールに視線を向けるが、こちらを見てもいない。

「こら、浮気は駄目だよ」
「んぅっ、んっ、ッ」

 浮気って、と否定しようにも口元はしっかりと覆われている。そのうちに耳にキスをされ、頬や額にも唇が触れた。
 昨日もこれ以上の事はされていないというのに、まるで自分の物になったかのように振る舞う。

 ユアンは止まらず、トキは見つめるだけ。アールは優雅にカップを傾け遠くを見つめている。メイドたちもユアン相手に何か言えるはずもなく早々に隣室に避難していた。

(止めてくれる人がいない!)

 もしこのまま抱かれるような事態になっても、助けは期待できない。どうしよう、と血の気が引く。
 だが。

(……でも、昨日もこれ以上されなかったし)

 反応を楽しんでいるだけだった。面白い反応を返すから、ユアンはやめない。そう気付くと途端に力が抜けた。

「ふ……ぅっ、ん……」

 それに、逃げようと頑張り過ぎて疲れてきた。そもそも王国の騎士相手に逃れようなど無理な話だ。


「神子君?」
「ん……」

 疲れました、と抵抗をやめて見上げる。

「からかい過ぎたね。続きは部屋に戻ってからにしようか」
「!」

 チュ、と音を立てて目元にキスが落ちた。最後の最後までからかってくれる。
 解放され深呼吸をすると、軽く噎せる。その背をユアンが優しく撫でるが、原因はあなたですけどと言いたかった。

「最初から部屋でやれ」
「彼が俺の手で可愛くなる姿を、二人に見せつけたかったんだよ」
「その貧弱な男が可愛いだと?」
「彼の魅力に気付いていないなんて、勿体ないな」
「魅力などあるか」
「だから勿体ないと言ってるんだ」

 ユアンは肩を竦めた。

(アールに同意しかない……)

 もう、常識人はアールだけに見えてきた。すっかり冷めてしまった紅茶を飲みながら、由茉ゆまがアールを勧めてきた理由をしみじみと感じた。


 その時、廊下が俄に騒がしくなる。
 力強いノックの音がして扉が開き、紺色の軍服を着た男が慌てた様子で口を開いた。

「お食事中、失礼致します! 魔物の襲撃が始まりました!」

 告げられた言葉に、ユアンが立ち上がり男を見据える。

「罠は」
「作動しております! 突破されるまで推定一時間です!」
「充分だな」

 ユアンは口の端を上げた。

「神子君。お仕事だよ」
「……はい」

 手を差し出され、一瞬だけ迷ってその手を取る。柔らかいながら有無を言わせぬ口調だが、義務だと頭ごなしに言われるよりずっと良い。

「国境の森に罠を仕掛けている。それを突破されるまでの一時間で全て片付けるんだ。そうしなければ、街が襲われてしまうからね」
「分かりました」

 街が襲われる。風真は気を引き締めた。
 神子としての力があるかも分からない。だが今は、目の前に現れた“討伐クエスト”という文字で自分が神子だと信じるしかなかった。

「私も同行する」
「っ、アール、やっぱ心配してくれて」
「役に立つか見極める為だ」
「だよな……」

 一瞬本気で期待してしまい、落胆する。アールの親密度は初期化されているのだ。今は優しさを期待してはいけない。
 それに、当然心配してくれるなど、傲慢だった。心配して貰えるような仕事をしようと、風真は神子の力が自分にあるようにと願うばかりだった。

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