比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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ユアンのイタズラ2

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「うちの料理人が肉まんを参考にして作ったものだよ。少し違うかもしれないけど、どうぞ」

 昼過ぎの食堂。
 ユアンはただ、これを食べさせる為に風真ふうまに声を掛けたのだ。
 邪推して申し訳ないと心の底から思いながら、風真は目の前の皿を見つめる。白くて丸い、肉まんそのものだった。

「何か違ったかな?」
「いえっ、肉まんだ、って感動してしまって……」

 元の世界で料理はしていたが、肉まんを作った事はない。もう二度と食べられないと思っていたのに。
 それにこれは、元の世界の肉まんを元に作られたもの。元の世界と、通話以外の糸で繋がったようでじわりと目の奥が熱くなった。


 そっと手に取ると、ほかほかと温かい。
 かぷりと噛みつくと、ほんのりした甘さと肉の味が広がった。

「美味しいですっ……」

 大きさも、生地の固さも、肉の弾力も、肉汁の溢れ方も、肉まんそのものだ。ふにふにと揉んだ時の感触も同じ。

「肉まんだぁ……」

 心がぽかぽかと暖かくなる。昔から学校帰りの買い食いは、夏以外は大体肉まんだった。
 部活で上手くいかなかった日、テストで良い点を取った日、真冬の体育の授業で凍えた日、様々な思い出が蘇り、じわりと視界が滲む。

(俺の一番好きな食べ物だったんだな……)

 今更気付き、思い出と共にじっくりと味わった。


 まさかこんなにも感動されるとは思わず、ユアンは複雑な思いで風真を見つめる。
 異世界の食べ物という奇跡の存在と同じ物を作りたくて、風真に試食を頼むつもりだった。ユアンの知る限り、同じ物はこの世界にはない。
 神子が討伐の力になりその名が広まった頃に、神子の世界の料理として、オーナーを勤める店で売り出すつもりだったのだ。

 だが……。

「そんな顔をされたら、ね……」

 自分らしくもなく、彼の為だけの物にしておきたい気持ちが芽生える。金儲けの道具に利用すれば、彼の思い出を汚してしまう気がした。
 これからは風真と自分が食べる為だけに作らせよう。アールとトキまでは許そうか。そう考えると心がスッとして、ユアンは困ったような笑みを零した。

「君の世界のものと、違うところがあれば教えて貰えないかな」

 小麦を使用した生地は、殆ど同じ味に出来た自信がある。だが、問題は中身だ。
 公爵家で使用するグレードの肉や玉ねぎではなく、街で販売されている物を選んだ。実際に肉まんを食べたユアンと料理長の二人で相談しながら材料を選び、混ぜ合わせ、試行錯誤の末に出来上がったものだが、何かが違う。


(違い……食感は同じだけど、味がちょっと違う……?)

 風真は具材をしっかりと噛みしめ、思案した。

「……タケノコと椎茸は、入ってますか?」
「タケノコとシイタケか。聞かない食材だね」

 ユアンは難しい顔をする。似ているキノコと植物の茎を使用したのだが、やはりそれが違うようだ。

「椎茸は枯れ木に生える黒っぽいキノコで、タケノコは、緑で真っ直ぐに伸びる竹という植物が成長する前のものなんですが」
「黒……トリュフとは違うね」
「それはそれで食べてみたい……じゃなくて、一般家庭で食べるもので、涼しくて湿度の高い地域で採れるんです」
「タケノコは?」
「確か……一年中、雨の多いところです」
「なるほど……」

 風真の情報から、東方の国に近い条件だと推測する。ユアンは一度訪れた事があるが、この国とは交易が盛んではなく、食材も殆ど入ってこない。盲点だった。

「神子君。絵は描けるかな」
「えっ、……苦手です」

 美術の授業で先生に、可愛い子豚さんですね、と褒められた事はあるが、あれは兎だった。だが、動物だと分かっただけでも先生は偉大だと、後に風真は感心したほどだ。

「じゃあ、絵師を呼ぶよ。特徴を教えて貰えるかな」
「えっ、し……頑張って説明します」

 上手く伝えられるかもまた心配だった。

「神子君は謙虚だね」

 ユアンはくすりと笑う。俺の絵を見たら分かります、と言いたかったが、わざわざ恥を晒すのも……とそっと視線を伏せた。


「たくさんあるから遠慮なく食べていいよ」
「ありがとうございますっ」

 追加の肉まんが二つ、風真の前に置かれて、パッと顔を輝かせる。
 今度は半分に割り、はふはふしながら食べた。しっかり味わって二つ目。どれだけ食べても美味しい。
 最後の一口まで美味しくいただき、ふう、と満足げに息を吐く。と。

「君を餌付けするのも愉しそうだ」
「っ……」

 明るく響いた不穏な言葉。そろりとユアンへと視線を向けると。

「こんなに美味しそうに食べて貰えるなら、試行錯誤した甲斐があったよ」

 嬉しそうに目を細めた。

(姉ちゃん……ユアンは優しいのか危ないのか、よく分からないよ……)

 餌付け、という単語が脳裏から消えず、管理型溺愛という単語まで思い出す。
 だが、まだユアンルートにも入っていないはず。朝の子供扱いの延長かもしれない。

(どっち……)

 見つめると見つめ返される。


「美味しく食べて欲しくなったのかな?」
「っ、違いますっ!」
「ああ、そうか、神子君は遠慮がちだったね」
「違いますからっ!」

 立ち上がろうとするユアンに、ぶんぶんと手を振って否定すると、ユアンはクスクスと笑った。

「君は本当に、良い反応をするな」

 元のように椅子に座り、愉しげに風真を見つめる。

「からかわないでくださいっ」
「何故?」
「な、何故って……」
「ああ。本当に食べられたかったのか。俺としたことが気付けなくてすまない、恥ずかしがってるだけだったんだね」
「っ! 違いますっ、俺、そんなつもりはっ……」

 申し訳ないとばかりに眉を下げるユアン。風真が本当に違うのだと訴えると、ユアンは俯いて。

「……ふ、ふふっ、……神子君は、面白いほどに純粋だね」

(またからかわれた!)

 顔を赤くする風真に、ユアンはまた愉しげに口の端を上げた。
 すぐに気付けるはずの事に気付かなかった自分も悪い。風真はそう考えるが、気持ちはそうもいかない。


「ユアンさんは、思ってたより意地悪です」

 不機嫌な顔で言い返す。だが、ユアンは一瞬動きを止め、今度こそ本当に困った顔で笑った。

「それは、他では言わない方がいいよ」
「どうしてですか?」
「男を煽っているのかと思われるから」
「……またからかって」
「今度は本当だよ。今の顔は、男は対象外の俺でも泣かせたいと思ったくらいだからね」

 言葉通りに受け取りそうな風真の為に、ベッドの上で、と付け足す。
 だがユアンが考える以上に、その方面の風真の想像力は乏しかった。

(ベッドなら……えっちする時だろうけど、どんな意地悪が出来るんだろう……)

 風真は、性行為はただ気持ち良くて幸せなものだとしか思っていない。抱き合い、朧気だが、男のあれを女のそれに入れる。
 好きな漫画がピュアだったこともあり、直接的な描写のないものばかりだった。だから、上手く想像できない。

「まさか……」

 難しい顔をして黙り込んでしまった風真に、ユアンは察する。
 彼は、行為に夢を見ているタイプだと。

 神子君の今後の為には、現実を教えてあげた方がいいのかな……。

 実践で、と思ったものの、ふわふわした顔で肉まんを食べていた幼い表情を思い出し、どうしても手を伸ばす事ができなかった。

 
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