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二度目の通話
しおりを挟む『サフィール王国の贄神子』
育成型BLゲーム。
国を守る神子として、定期的に発生する魔物討伐イベントを攻略していく。
主人公のステータスや選ぶ選択肢によっては、討伐失敗となりバッドエンドとなる。
図書室で歴史や戦術などを学び知力を鍛えると、神子のみが使用可能な魔物浄化スキル“祈り”が強化される。
レベルの高い魔物を浄化するには“体力”が必要となり、走り込みや剣術稽古で鍛える事が出来る。
魔物を一体浄化する毎に“邪気”が溜まるが、教会で“お祓い”を受ける事で減少する。
一定量溜まると視界がぼやけ行動不能となり、解除には攻略キャラの体液を摂取する必要がある。対象はその都度選択可能。
解除後は選択キャラとの親密度は上がるが、“祈り”または“体力”の経験値が少量減少する。
「って内容なんだけど」
「……うん。ありがと、良く分かった……。けど、体液って……」
「キスでも可」
「キスでもちょっと」
「だよねぇ」
「ファーストキスは花ちゃんで済ませてるけどさ」
「あー、あれ、熱烈なディープキスだったよね」
由茉はクスクスと笑う。風真の事が好きで好きでたまらなかった、昔飼っていた柴犬の花ちゃんだ。幼い風真はよく押し倒されては息も絶え絶えになるほどに熱いキスをされていた。
元々成犬だった為、風真が中学を卒業する前に亡くなってしまったが……。
(姉ちゃんがいなかったら、本当に孤独さで召喚されてたんだな……)
花が亡くなった時には、両親と由茉がいてくれた。もし両親と共に由茉まで亡くしていたら、生きている事すら選ばなかったかもしれない。
じわりと視界が滲み、慌てて目元を拭った。
「姉ちゃん、俺、出来れば女の子とハッピーエンドがいいんだけど……もしもゲームの力から逃れられなかったら、誰がオススメ?」
「アール王子ね」
「えっ、嘘っ」
「途中色々あるけど、最終的にはハッピーエンドですごいベタ甘に溺愛してくれるから一番オススメなんだけど……主人公が風真と違い過ぎるから、どうかなってところ」
「主人公って、元気な奴じゃなかった?」
「それは別のゲームよ。このゲームの主人公は、気弱で儚げな薄幸の美少年なの」
「儚げ美少年」
全くの真逆だ。
そうだ、思い出した。由茉の隣で見ていた時、煮え切らない返事ばかりしていたあの華奢で綺麗な顔の少年だ。
親に虐待されていた過去もあり、気が弱く、背の高い男性の前では怯えて泣いてしまう。
その弱さに最初は苛立っていたアールも、主人公の優しさに触れ、震えながらも魔物を討伐する健気な姿に、段々と守りたいと思えるようになるという。
「真逆だ……」
「風真は立ち向かって行く方だもんね」
「当たって砕けず突き進め」
「そうそう。名言よ」
風真は気はそこそこ強く、曲がった事が嫌いで、言いたい事は主張する。
つい最近家族絡み以外で泣いた事と言えば、ワサビがツンときた事くらい。どちらかと言うとアールに喧嘩を……いや、もうふっかけたし、守りたいと思える要素がない。
薄幸といえば両親を亡くした事だが……。両親が安心出来るようにと、二人で前を向いて生きてきた。
「悲しい過去はあるけど……」
「うん……。私も、今でも泣きそうだよ……」
「俺も……。でも、姉ちゃん、王子は無理だ」
「ごめん、私もそう思う」
二人は同時に息を吐いた。
「王子に、そのねじ曲がった根性叩き直してやるって宣言しちゃったし」
「は? 風真?」
「売り言葉に買い言葉ってやつ。あいつって俺を怒らせる天才だよ」
「あー……。そうね、でも、もしかしたら叩き直す方がハッピーエンドの近道かもだし……」
「無理だよ、姉ちゃん。王子とはさすがに何も起こらない」
「ケンカップルっているじゃない?」
「ケンカップル目指すより、ユアンの方が……無理、かなぁ」
アールとは違う意味で無理かもしれない。女好きという時点でもう駄目だ。いや、それを考えると、そもそも風真も男が好きという訳ではないのだが。
「風真って、本当に偏見ないよね」
「友達にもいたし、誰かを好きになるとキラキラしてて、俺も見てて幸せな気分になるんだよね」
「我が弟ながら、天使か」
「姉ちゃんもじゃん。よくキャラが幸せになって良かったって言ってたし」
「……ごめん、弟よ。それは邪な感情から出たものでもあるのよ」
「ごめん、俺には良く分からないけど、誰かの幸せを喜べる姉ちゃんは天使、……だと思う、よ」
「照れないで。私も照れる」
天使だと褒め合うのはさすがに恥ずかしくなってきた。由茉はわざとらしく咳払いをする。
「風真、これだけは言っておくわ。トキ様だけはやめなさい」
「トキ様って、一番優しそうだったけど」
手違いの召喚だったとしても、世話をするとまで言ってくれた。
ゲームの中でも主人公にベタ惚れだった印象しかない。
「そう見えるけど、トキ様は、……、」
そこで雑音が入る。
「姉ちゃん、ちょっと電波が悪いみたい」
「え、これ電波なの? トキ様はね、……」
「大事なとこだけザーッてなる」
「なるほど……。ネタバレ防止なのね……」
話そうとしても強制的に消されるのか。
「でも、姉ちゃんが注意してくるくらい、相当ヤバイってのは分かった」
「そうよ。主人公を……て、……たり……してくる奴だから」
「ザーがピーって規制音になっててヤバさ増した」
「規制音がネタバレしてんじゃない。とにかくそういうことよ」
そういう、と風真は想像を巡らせる。
「そういうって、例えば、えーっと、無理矢理咥えさせられたり?」
「アール様と一緒じゃない。……て、……たりよ」
「ええっと……押し倒して襲ったり?」
「もっとハードに」
「もっとっ? 姉ちゃん、俺、えっちじゃない悪役令嬢か聖女ものの知識しかないよ……」
「そうね……風真はそのままでいて」
ゲームの主人公ほど無知ではないが、風真も相当ピュアだ。だからこそキス以上のゲームスチルを見せられなかった。
「うーん……、そもそも俺、あの三人に好きになって貰える自信ないや」
「何言ってるの。風真のことを知ればすぐに好きになるよ」
「姉ちゃん、褒めすぎ」
ちょっとブラコンなんだよなぁ、と言葉にはせずにクスリと笑う。
「客観的に見てもそうよ? でも今後選び放題になっても、トキ様だけは駄目だからね」
「うん。……普通に話すのも駄目かな? トキさんが一番優しくて話しやすいんだけど……」
「そうね……。トキ様の前で弱味を見せなければ、討伐三回目までは大丈夫だと思うわ」
由茉としては出来れば近付かないで欲しいが、今はトキ以外は神子に冷たく接している時期だろう。風真が寂しさを感じずにいられるならと、三回目までという条件を出した。
「分かったっ」
風真の嬉しそうな声に、由茉も頬が緩む。夫が見ていたら「僕の前でもそんな顔して欲しいな」と拗ねられしまうほどに。
「討伐と各キャラのエンド……は、大丈夫そうね。今から言うからしっかりメモ取ってね」
「うんっ」
由茉の目の前には、メッセージウィンドウともう一つ、話してはいけない項目が列記された画面がある。先程のように話したとしても、規制音で消されてしまうようだ。
「討伐イベントは五回。討伐の後には毎回、各キャラとのイベントが発生するの」
「各キャラと……。あれ? 六回じゃないの?」
「三回終わった時点で、候補が二人に絞られるのよ。そこから比較的ハッピーエンドか、バッド寄りハッピーエンドかに分かれる」
「姉ちゃん、それ詳しく……」
アールルートは、ゆったりと愛を育む精神的溺愛エンドか、体力勝負の身体的溺愛エンド。
ユアンルートは、ほぼ軟禁の管理型執着エンドか、すぐ嫉妬してお仕置きをしたがる執着エンド。
トキルートは……規制音が入りほぼ聞こえなかったが、メリバとだけ聞こえた。
「まともなの王子だけじゃん……」
「そうなのよね……。私も今痛感してる。でも、風真ならユアン様も普通のハッピーエンドに変えられるって信じてるよ」
「うん……ありがとう、姉ちゃん」
いつでも信じてくれる姉に、心が暖かくなる。力強い声に後押しされ、明日からも前を向いて進んで行けそうだ。
「でもね、風真。無理に彼らを好きになることないからね」
「うん、無理はしないよ。バッドエンドとハードなエンドは回避したいけど、そのために好きにならなきゃって考えるのはあの人たちにも失礼だし……」
ゲームの攻略キャラでも、風真にとっては現実だ。
もしもゲームの力から逃れられないとしたら、彼らをきちんと知った上で好きになりたいし、自分の事もきちんと知ってから判断して欲しい。
真面目で純粋な風真に、由茉は「そうよね」とそっと呟いた。
「出来れば街の食堂で働いてる元気な女の子がいいなって思うけど、好きになるのって理屈じゃないよね」
「そうね、ミリアちゃんと真逆の人を好きになるかもだしねぇ」
ミリアちゃんとは、風真が好きな転生系漫画の登場人物だ。しっかりものでいつも笑顔で心優しい少女。風真が連れてくる子はこんな子がいいなと由茉も思うほどだった。
そこで通話時間が終わりに近付く。
「明日も話したいな……。風真の声、ずっと聞いていたいよ」
「うん……俺もだよ、姉ちゃん」
これが最後になるかもしれない。そう思うと二人の瞳に涙が滲む。
「風真。姉ちゃんは、離れててもいつでも風真の幸せを願ってるよ」
「姉ちゃん……。俺も、姉ちゃんが幸せなら一番嬉しいよ」
「……またね、風真」
「うん、またね。姉ちゃん」
また、話せる。
そう信じて、明るい声で別れを告げる。
通話が切れ、二人はメッセージウィンドウを見つめた。宙の画面には数字ではなく、文字が表示される。
――次の通話は、魔物討伐クエストクリア後に解放されます。
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