比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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朝食

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 翌日。
 食堂には、アールとユアン、トキが揃っていた。
 神子の使いとして神託で選ばれた三人は、神子と共に、離れで暮らす事が神殿の法で定められている。風真ふうまの部屋から長い廊下を進み、角を曲がった場所に三人の部屋はあった。

 その中間に位置する食堂は、広々として太陽の光が燦々と射し込む明るい場所だ。窓の外には庭園が広がり、小鳥たちの愛らしい鳴き声も聞こえる。


「アール、ちゃんと謝ったか?」
「……部屋は訪ねたが、寝ていた」
「あの時間に? いい子ちゃんかな」
「別の世界から来られて、きっとお疲れだったのですよ」

 長閑な雰囲気の中、アールだけは不機嫌も露わにテーブルを睨み付けていた。
 特別な事情がなければ食事は共に取るようにとまで定められている法を、王に即位したら抹消してやろうと決めた。食事をするのに誰かを待たねばならないなど時間の無駄だ。

「それより、あいつはまだか?」
「もう少し遅い時間にしてあげれば良かったかな?」
「フウマ様にとっても面倒な法律ですよね」

 ユアンとトキはのんびりと答える。
 神子の使いになり、神子最優先という法により、仕事の始業時間はないも同然になった。重要な時には適用されないが、元から自分のペースで仕事をしたかった二人にはありがたい法だ。
 困るとすれば、他人に合わせた事のないアールと、食事を出すタイミングを測っている料理人とメイドだ。

「何故私があいつに合わせねば」
「アールもこれを機にせっかちが治るといいな」
「時間を無駄にしたくないだけだ」
「どうせいつも自分のペースで仕事してるだろ? それより、神子君に会ったら謝るんだぞ?」
「……食事が終わったらな」

 二人の前で謝るなど出来るものか。顔で答えるアールに、ユアンは肩を竦めた。


 昨夜、謝罪しろとユアンにしつこく言われ、風真が落として行った物を届けるついでにそれとなく伝えるつもりだった。自分は悪くないと思っているが、ユアンが面倒で形式上伝えておこうと。
 ゲーム内では、主人公はアールに怯えるばかりで話にならず、苛立ちが募りつらく当たってしまう。そして腰が抜けて足元に蹲った主人公に、衝動的に咥えさせるという行動に出た。由茉ゆまも「なんでそこでそうなるの??」と声に出してしまったシーンだ。

 そのイベントを回避する為と知らないアールは、わざわざ届けた物を乱暴に奪われ、拒絶するように扉を閉められて、激しい怒りが湧き上がった。
 だがそれは、わざわざ届けてくれたのに……と中から聞こえた声で少しは収まり、悪いと思っているなら謝罪させてやろうとしたのだが……。

『帰りたいよ……』

 微かに聞こえた声と、啜り泣く声。
 帰りたい、と何度も呟いた声は、嗚咽に変わった。
 そんな事は知った事ではない。そう思いながらも、何故かアールの脚は踵を返し、その場を離れていた。

「理解出来ない」

 神に選ばれ、神子としての役目を与えられたというのに、何が不満だというのか。元の世界に何の未練があるというのか。


 その時、扉が開き風真が姿を見せた。

「遅くなってすみませんっ」

 慌てた様子の風真は、泣き腫らした目をしていた。
 侍女と名乗る二人に服や髪を整えて貰う間に冷やしていたのだが、遠目に見なければ分かってしまう程度にしか治らなかった。
 それならと風真は開き直り、態度で元気だと示そうと、明るい声で「おはようございます」と告げる。
 アールがいる事に気付くと、側まで近付いて迷いなく頭を下げた。

「昨日は、ごめんなさい。わざわざ届けに来てくれたのに、失礼な態度取って」
「……いや」

 素直に謝罪され、アールは目を丸くする。
 悪かったと呟いていた事は知っている。だが、昨日の今日だ。少しくらいは拒絶されるか嫌な顔をされるものと思っていた。

「召喚されてすぐの時のは、やっぱり間違ったことを言ったつもりはないけど……、喧嘩腰で言い過ぎたし、粗探しして悪口言ったことも反省してる。ごめんなさい」

 頭を下げたままの風真を、唖然として見つめる。何故こうも素直に非を認め、頭を下げる事が出来るのかと。
 ユアンとトキも、呆然としていた。主張は曲げず、悪かった事を謝罪している。出会った事のないタイプだった。


「俺、知らない世界に来て、大切な家族に二度と会えないんだって思ったら悲しくなって……それなのに頭ごなしに討伐しろとか言われて頭にきたんだ」
「……家族、だと?」
「両親はいないけど、姉が俺の家族だよ。世界で一番大切な人なんだ」

 思い出してまた目の奥が痛んでしまう。泣くまいと笑ってみせると、三人の表情が明らかに変わった。

「トキ、どういう事だ?」
「いえ、私にも……。召喚される神子は、貧しく身寄りのない……親族や恋人もない、孤独な者が選ばれるはずですが……」

 だからこそ、トキも笑顔で迎えた。この国で神子として生きれば、飢える事も凍える事もない。皆も暖かく接してくれる。こちらも魔物討伐が捗り、互いに得る物が大きい。

「貧しかったにしては、髪も肌も艶があるね」
「いえ、あの、両親の残してくれたお金で充分食べていけましたので」

 大学の学費はアルバイトや由茉の給料で補っていたが、元から贅沢をする二人ではなかった為、家賃や生活費は風真が卒業してしばらく経つ頃までは充分足りていた。
 ユアンもトキを見る。貧しくもない。何故だ、と。

「考えられるのは、フウマ様の神子としての才が条件を上回ったのではと……」

 トキにも原因は分からない。この場を収める為にひとまず推測を告げた。

「神子としての才能とかいらないから、元の世界に帰りたい……」

 ぽつりと呟く。風真自身も驚くほどに自然に口から零れ落ちた。


「戻る術はない。諦めろ」
「殿下、そのような言い方は……」
「無駄な期待をしないよう、はっきりと言ってやった方が親切だろう? 神子の才能があるなら、討伐も捗るな」
「アール。俺も騎士としては助かるけど、全部終わった時に帰してあげる方法を探すくらいは」
「そんなものはない」
「だから、探すくらいはしようよ」

(供物扱いだって知ってたけど……でも、これは……)

 ぼろ、と涙が零れる。

「フウマ様っ」
「何だ? 泣けば帰れるとでも?」
「アール、言っていい事と悪い事があるぞ」
「泣いたからといって、そいつの肩を持つのか? お前たちも、神子は討伐の道具としか思っていないくせに」

 言い合う声が遠くに聞こえる。

(帰れない……。俺は、この世界で生きていくしかないんだ……)

 分かっていた事だ。だが、実感も、覚悟も、本当は出来ていなかったのだ。
 そして、今まで優しくて暖かい人たちに囲まれて生きてきたのだと、今更気付かされる。
 両親も、姉も、義兄も、彼の家族も皆優しかった。友人たちも、近所の人たちも、皆、早川 風真という一人の人間として接してくれた。
 だが、魔物を討伐する為に召喚された神子には、人格など必要ないのだろう。ただ黙って従う道具になる事を望まれている。


「私が高貴な血を流してまで召喚した神子だ。私の役に立つのは当然だろう?」
「っ……、そんな風に言うことないだろっ……俺、もう帰れないのに……世界一大事な人にもう二度と会えないのに……」

 ぼろぼろと泣きながら、子供のように泣きじゃくる。由茉の前で堪えた分、人の前でももう我慢が利かなかった。

「フウマ様……」

 トキが唖然として風真を見つめる。……僅かに頬を染めながら。
 ユアンは立ち上がり、風真を胸元に抱きしめた。

「ユアン、お前、その男が気に入ったのか?」
「正直好みじゃないけど、男でも泣いてる子は放っておけないだろ?」

 宥めるように髪や背を撫でる。
 突然の事に固まっていた風真の手が、ぎゅっとユアンの服を掴んだ。

「神子は神の子だから何も感じないと思ってたけど……普通の少年なんだね」

 別世界から現れて国を救う神子。貧しさから解放され、喜んで神子の役目を受け入れるものだと思っていた。それが運命だと何の疑いもなく受け入れて。
 だが、この子は、大切な家族から無理矢理引き離された子供だ。帰りたいと、人目も憚らずに泣きじゃくるただの子供。


「この子が神子というのは何かの手違いじゃないか?」
「その判断は、魔物を浄化する力があるかによりますが……」
「手違いだったら、帰れる……?」

 ぐしぐしと泣きながら、トキへと視線を向ける。

「心苦しいですが……帰る術はありません。ですが、万が一手違いだったとしても、私が責任を持ってフウマ様のお世話をいたします」

 トキは胸元に手を当て、蕩けるような笑みを浮かべた。

「トキ?」
「ユアン様。フウマ様は私が」
「あ、ああ」

 様子がおかしい。気付いていながら、風真をトキへと渡す。すると風真の泣き顔を見つめ、うっとりとした顔をした。

「……トキ」
「待て。これは私の物だ」

 風真を取り返そうとユアンが伸ばした手は、空を掴む。いつの間にか立ち上がっていたアールが、風真の腕を掴み引き寄せていた。

「痛っ……」
「私の血を媒介に召喚したのだからな」
「っ……、そっちが勝手に流したんだろっ……俺は召喚なんてされたくなかったっ」
「されたからには大人しく従え」

 痛がっても緩める事なく、力づくで引きずって椅子に座らせる。


「食事を」

 厨房との扉の陰で震えていた使用人に声を掛けると、使用人は慌てて隣室に消えて行った。

「お前のせいで食事すら待たされる。いい迷惑だ」
「それは悪かったけどっ、でもそんな言い方っ……」
「喚くな。黙って従え」
「嫌だっ、あんたにだけは従いたくないっ! こんな性悪で甘えた坊ちゃんになんて絶対従わないからな!」
「何だと?」

 泣き腫らした目で睨んでも、アールは気にもせずに睨み返す。泣けば許されると思っている弱者が何を、とばかりに。
 風真は、許されたくて泣いているのではない。帰れない事が、人間扱いされない事が悲しくて。そして、平民は当然従うものだと思い込んでいるアールに苛立ち過ぎて、だ。

「決めたっ、お前のそのねじ曲がった根性、俺が叩き直してやるよっ!!」

 風真が宣言すると、アールの額に青筋が立つ。
 トキは今度はオロオロとし、ユアンは愉しげに拍手をした。

「神子君、応援するよ」
「ユアンっ」

 怒鳴るアールの事も愉しげに見つめ、どうなるかな、とクスクスと笑った。

(姉ちゃん、これ、違うゲームになるかもしれない!)

 グッと拳を握り、後には引けない風真はアールを睨み続けた。

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