比較的救いのあるBLゲームの世界に転移してしまった

雪 いつき

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神子の私室2

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「嘘……」

 由茉ゆまが震える声で呟く。嘘だと思いたくとも、宙に浮いた物体が現実なのだと突き付けてきた。

「ごめん、風真ふうまっ……、私があのゲームをしたせいでっ……」
「姉ちゃんのせいじゃないよ。多分ゲームのせいでもないし、よくある転移ものの通りなら神様のせいだって」
「風真っ……」

 由茉の声が震える。泣かないで、と風真は涙を堪え、明るい声を出した。
 これ以上心配を掛けたくない。笑顔が一番可愛い人だから、大切な人だから、泣かせたくない。


「姉ちゃん。さっき攻略対象の三人に会ったけど、ちょっと思ってたのと違ったよ。なんか、この世界のために戦うのが当然で、俺が無理矢理連れて来られたとか考えてない感じがして」
「あ……、うん……最初は三人とも、神子のことを神からの供物くらいにしか思ってないの……」

 由茉は涙声のまま、バツが悪そうに答える。

「だからタイトルが贄神子なんだと思うけど、別に生贄になるわけじゃないから安心してねっ」
「う、うん、姉ちゃんが言うなら……。でも、供物かぁ」
「行動次第で早めに人間として見てくれるようになるよっ」
「そっか、安心したよ」

 ホッと胸を撫で下ろす。出来れば早く人間になりたい。

「神子の部屋も広くて綺麗だし、机の上にはお菓子とか果物たくさん置いてあるし、結構厚待遇なんだね」
「救国の神子様だからね。ご飯も美味しいらしいよ?」
「そうなんだ? 異世界っぽいのとかあるかな。楽しみ~」

 美味しそうにもりもり食べる風真の顔を思い出し、由茉はそっと涙を拭った。


「神子の部屋ってことは、プロローグ後ね」
「あ。そうみたい。この通話もプロローグクリア報酬って書いてあるよ」
「ゲームには通話機能なかったから、特殊仕様かな? ……っ! 風真、アンタ無事っ!?」
「え? 生きてるよ?」
「そうじゃなくて! 王子に何かされなかった!?」
「何かって? ちょっと言い合いはしたけど……」

 何かされた訳ではない。だが風真はハッとした。

「姉ちゃんがそんなに慌てるって……、相当ヤバいやつ……?」
「そうよ。アール王子が訪ねて来ても、絶っ対にドアを開けちゃ駄目よ」

 神妙な顔をしている姉が想像出来る。

「本来の選択肢は、呼ばれて王子の部屋に行くか、訪ねて来た王子に入室を許可するかの二つなんだけど、どちらを選んでも……無理矢理アレを咥えさせられるの」
「…………は?」
「アレよ、男のアレ。このゲーム、序盤から定期的にそんなイベントが発生するから……」
「いやいや、その会社なんてゲーム作ってんだよ……姉ちゃんなんでそれ買ったの……」
「だって絵が綺麗でキャラの顔が好みだったんだもの……。それに、ハッピーエンドはものすごくハッピーなんだよ?」
「ヤンデレと爽やかヤンデレしかいないって嘆いてたじゃん」
「それは……嘆いてたっていうか、何ていうか……」

 BLを摂取し続けているうちに、とんでもないヤンデレも大変美味しくいただける体質になってしまった。

「あっ、でも俺、選択肢以外の行動取れたし、他のフラグも回避出来るかも?」
「そうよねっ! ……ただ、序盤に絶対発生するイベントで貰えるスチルだから、今後も警戒はしてて欲しい……」
「マジか……」

 希望だけを与えず、危険だとはっきり教えてくれる姉には感謝しかない。アールだけは絶対部屋に入れないと決めた。

「ちなみに、どんな絵が」
「主人公視点で床に跪いてアール様を見上げてる絵と、風真には言うのも憚られるR18絵」
「………………まあ、万が一そんな状況になっても、俺ならアレ蹴って逃げられるから大丈夫かなっ?」
「そ、そうよねっ」

 二人は努めて明るく笑う。もはや乾いた笑いだったが。


 しばし笑い、風真はそっと息を吐く。

「姉ちゃんの結婚式見れた後で良かったよ。心配なのも心残りも姉ちゃんのことだけだったし……。あの人になら姉ちゃんのことを任せられるから、俺も安心してこっちで頑張れるよ」
「風真……」
「姉ちゃんの花嫁姿、世界一綺麗だったよ」
「っ……、ありがとう、風真っ」

 通話の向こうで由茉が声を震わせる。すぐに嗚咽も聞こえ始め、風真も堪えていた涙がぼろぼろと零れ落ちた。


 そこでピピッと電子音が鳴る。残り三分だ。

「ふうまっ……、部屋には誰も入れないでっ、その世界のこといっぱい勉強して体力付けて、魔物討伐に備えるのよっ、討伐後は少しでも怠さを感じたら教会で清めて貰ってっ……」

 グッと涙を堪え、由茉がしっかりとした口調で伝える。

「イベント開始時と討伐中に逃げるを選んだら、二回でバッドエンドになるからねっ。どうしても駄目だったら三人に助けを求める選択肢を選んでっ」

 バッドエンドにだけはさせない。由茉の気持ちを受け止め、風真は全て頭に叩き込んだ。

「あの三人のことも風真ならきっと歪まない関係が作れるからねっ……風真らしくいれば大丈夫だって、姉ちゃん信じてるよっ」
「うんっ……俺、頑張るから応援してて! 最後に話せて嬉しかった……姉ちゃん、今までありがとうっ! 義兄にいさんと幸せにね、姉ちゃんが幸せなら、俺も幸せだよっ」

 震える唇に力を込め、必死に紡ぐ。

「ふうまっ……もし誰かを選べたらっ、……、トキ、……、」
「姉ちゃんっ? 聞こえないよっ……」
「……、た、……風真のこと、大好きよ!」
「っ……姉ちゃん、俺もっ」

 そこでプツリと通話が途切れた。

「姉ちゃん、俺も大好きだよ……」

 力なく俯き、ギュッとシーツを掴む。幾つも落ちる雫が、ジーンズの上に濃い色を落とした。

(姉ちゃん、……会いたいよ)

 言えなかった言葉。言えばきっと、もっと姉を苦しめた。この先も、ずっと。
 会いたい、けれど、これ以上姉を泣かせる原因になりたくない。信じてくれたように、この世界で、自分らしく生きよう。



「ん……?」

 ピッ、と電子音が鳴る。
 顔を上げると、メッセージウィンドウに砂時計の絵が現れ、クルクルと回った。
 砂時計が左にずれると同時に、中央に“24:00:00”の文字が表示される。カウントは一秒毎に減っていく。

(……まさか、一日経てばまた話せる、とか……?)

 そんなまさかと思いながら見つめていると、数字の下に“通話待機中”と表示された。

「ええっ……」

 あれだけ感動的な別れをしておいて、また話せるとは。愕然としてウィンドウを見据える。
 元の世界では気恥ずかしくて言えなかった事もたくさん言ってしまった。明日、どんな顔、いや、声で話し始めれば良いのか。

「……でも、姉ちゃんとまた話せるんだ」

 頬が緩み、笑いながらも涙が零れる。
 こんな救いのある異世界転移、あって良いのだろうか。
 絶望から一気に光が射し、姉から引き離した神様だというのに、心の底から感謝してしまった

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