3 / 270
神子の私室
しおりを挟むあの後すぐにトキに声を掛け、疲れたから休みたいと告げた。
そうして案内された部屋。神子の私室は、王宮の離れにあった。
召喚の儀式が行われた場所も同じ建物の端にあり、そこから何度も角を曲がった先が神子の私室だった。まるで迷路のようで、神子を逃がさない為かと邪推する。
杞憂であって欲しいが、廊下の窓には真珠のように艶めく格子が嵌められ、美しい鳥籠を彷彿とさせた。
「では、また明日お会いしましょう。おやすみなさいませ、フウマ様」
部屋の前まで案内したトキは、室内には入らずにあっさりと廊下を引き返して行った。
二十畳ほどの部屋の奥には、大きなベッドが置かれている。風真は一直線に向かい、パタリと倒れ込んだ。
スプリングがしっかりと体を受けとめ、ふかふかの羽毛布団が暖かく包み込む。どの世界でも布団は無条件に迎え入れて癒してくれる。
ふう、と息を吐き、ごろりと仰向けに転がった。
さっきは言い過ぎた。
そう思っても、言った事に後悔はない。ただ従わされるだけは嫌だ。自分の主張はしっかりと伝えておきたかった。
(あれが第一王子様か)
横暴で偉そうで、異世界の者ながら国の未来を憂いてしまう。あのまま国王に即位した日にはクーデターが起こりそうだ。
(……これからは、俺の国にもなるのか)
小説でよく見る異世界転移なら、このままここで暮らす事になる。
(姉ちゃんの結婚式が終わった後で良かった……)
先週の式で、夫になる人と幸せそうに笑っていた。大切な姉の、世界一綺麗な姿を見届けられて良かった。
夫になった人は、由茉とは高校の同級生だ。五年前に事故で両親を亡くした由茉と風真に寄り添い、時に励まし、時に見守ってくれた。彼になら姉を任せられる。
「姉ちゃん……」
異世界に召喚されたなら、きっともう会えない。最後の別れも言えないままだ。
じわりと視界が滲み、頬を暖かな雫が伝った。
その時――。
「え……? 何、これ……?」
宙に、長方形をした半透明の白い物体が現れる。グッと涙を拭い体を起こすと、その物体もついて来た。
「通話?」
物体の中央に、電話のマークと“通話”の文字が現れる。風真は戸惑いながらも、電話のマークを押した。
「……もしもし?」
「その声っ、風真!?」
「えっ!? 姉ちゃん!?」
頭の中に声が響く。間違えようもない、由茉の声だった。
「空中にいきなりメッセージウィンドウみたいなのが出て来たんだけどっ……」
「そっちもそうなんだ……」
戸惑う由茉の声。その元気な声に、また目の奥が痛んだ。
「風真、今どこにいるの? 電話も繋がらないし心配してたんだよ?」
スマホをパーカーの前ポケットに入れていた事を思い出し、慌てて取り出す。だが、電源を押しても画面は暗いままだ。
「……姉ちゃん、落ち着いて聞いて欲しいんだけど」
白いメッセージウィンドウに表示された文字は“7:33”。そこから二、一と減っていく。どうやら通話時間は中途半端に八分のようだ。
風真は出来る限り端的に、自分の身に起こった事を説明し始めた。
79
お気に入りに追加
840
あなたにおすすめの小説

異世界転移して出会っためちゃくちゃ好きな男が全く手を出してこない
春野ひより
BL
前触れもなく異世界転移したトップアイドル、アオイ。
路頭に迷いかけたアオイを拾ったのは娼館のガメツイ女主人で、アオイは半ば強制的に男娼としてデビューすることに。しかし、絶対に抱かれたくないアオイは初めての客である美しい男に交渉する。
「――僕を見てほしいんです」
奇跡的に男に気に入られたアオイ。足繁く通う男。男はアオイに惜しみなく金を注ぎ、アオイは美しい男に恋をするが、男は「私は貴方のファンです」と言うばかりで頑としてアオイを抱かなくて――。
愛されるには理由が必要だと思っているし、理由が無くなれば捨てられて当然だと思っている受けが「それでも愛して欲しい」と手を伸ばせるようになるまでの話です。
金を使うことでしか愛を伝えられない不器用な人外×自分に付けられた値段でしか愛を実感できない不器用な青年

異世界で王子様な先輩に溺愛されちゃってます
野良猫のらん
BL
手違いで異世界に召喚されてしまったマコトは、元の世界に戻ることもできず異世界で就職した。
得た職は冒険者ギルドの職員だった。
金髪翠眼でチャラい先輩フェリックスに苦手意識を抱くが、元の世界でマコトを散々に扱ったブラック企業の上司とは違い、彼は優しく接してくれた。
マコトはフェリックスを先輩と呼び慕うようになり、お昼を食べるにも何をするにも一緒に行動するようになった。
夜はオススメの飲食店を紹介してもらって一緒に食べにいき、お祭りにも一緒にいき、秋になったらハイキングを……ってあれ、これデートじゃない!? しかもしかも先輩は、実は王子様で……。
以前投稿した『冒険者ギルドで働いてたら親切な先輩に恋しちゃいました』の長編バージョンです。

女神の間違いで落とされた、乙女ゲームの世界でオレは愛を手に入れる。
にのまえ
BL
バイト帰り、事故現場の近くを通ったオレは見知らぬ場所と女神に出会った。その女神は間違いだと気付かずオレを異世界へと落とす。
オレが落ちた異世界は、改変された獣人の世界が主体の乙女ゲーム。
獣人?
ウサギ族?
性別がオメガ?
訳のわからない異世界。
いきなり森に落とされ、さまよった。
はじめは、こんな世界に落としやがって! と女神を恨んでいたが。
この異世界でオレは。
熊クマ食堂のシンギとマヤ。
調合屋のサロンナばあさん。
公爵令嬢で、この世界に転生したロッサお嬢。
運命の番、フォルテに出会えた。
お読みいただきありがとうございます。
タイトル変更いたしまして。
改稿した物語に変更いたしました。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

オッサン、エルフの森の歌姫【ディーバ】になる
クロタ
BL
召喚儀式の失敗で、現代日本から異世界に飛ばされて捨てられたオッサン(39歳)と、彼を拾って過保護に庇護するエルフ(300歳、外見年齢20代)のお話です。
完結|ひそかに片想いしていた公爵がテンセイとやらで突然甘くなった上、私が12回死んでいる隠しきゃらとは初耳ですが?
七角@中華BL発売中
BL
第12回BL大賞奨励賞をいただきました♡第二王子のユーリィは、美しい兄と違って国を統べる使命もなく、兄の婚約者・エドゥアルド公爵に十年間叶わぬ片想いをしている。
その公爵が今日、亡くなった。と思いきや、禁忌の蘇生魔法で悪魔的な美貌を復活させた上、ユーリィを抱き締め、「君は一年以内に死ぬが、私が守る」と囁いてー?
十二個もあるユーリィの「死亡ふらぐ」を壊していく中で、この世界が「びいえるげえむ」の舞台であり、公爵は「テンセイシャ」だと判明していく。
転生者と登場人物ゆえのすれ違い、ゲームで割り振られた役割と人格のギャップ、世界の強制力に知らず翻弄されるうち、ユーリィは知る。自分が最悪の「カクシきゃら」だと。そして公爵の中の"創真"が、ユーリィを救うため十二回死んでまでやり直していることを。
どんでん返しからの甘々ハピエンです。

転生したら魔王の息子だった。しかも出来損ないの方の…
月乃
BL
あぁ、やっとあの地獄から抜け出せた…
転生したと気づいてそう思った。
今世は周りの人も優しく友達もできた。
それもこれも弟があの日動いてくれたからだ。
前世と違ってとても優しく、俺のことを大切にしてくれる弟。
前世と違って…?いいや、前世はひとりぼっちだった。仲良くなれたと思ったらいつの間にかいなくなってしまった。俺に近づいたら消える、そんな噂がたって近づいてくる人は誰もいなかった。
しかも、両親は高校生の頃に亡くなっていた。
俺はこの幸せをなくならせたくない。
そう思っていた…
平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます
ふくやまぴーす
BL
旧題:平凡な俺が双子美形御曹司に溺愛されてます〜利害一致の契約結婚じゃなかったの?〜
名前も見た目もザ・平凡な19歳佐藤翔はある日突然初対面の美形双子御曹司に「自分たちを助けると思って結婚して欲しい」と頼まれる。
愛のない形だけの結婚だと高を括ってOKしたら思ってたのと違う展開に…
「二人は別に俺のこと好きじゃないですよねっ?なんでいきなりこんなこと……!」
美形双子御曹司×健気、お人好し、ちょっぴり貧乏な愛され主人公のラブコメBLです。
🐶2024.2.15 アンダルシュノベルズ様より書籍発売🐶
応援していただいたみなさまのおかげです。
本当にありがとうございました!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる