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理由3
しおりを挟む長い沈黙の後、深い溜め息が室内に響いた。
「あいつが現れた時から、そんな気はしてた」
「え……」
「最初は、男に捨てられて自暴自棄になって拾われたんだと思ってたけどな」
それから、行くところがなく、その男から連絡があるまでは置いて貰おうとして顔色を窺っているのだと思っていた。
頑なに声を出さなかったのも、その男から受けた仕打ちが関係しているのだろうと、男の声は萎えるだとか何とか言われたのだろうと思っていた。
「あいつに会って確信したよ。俺はあの男のために利用されてるんだってな」
シロが寝言で航の名前を呼んだ時、代わりにされていると気付いていた。
航の言葉で、これは全て航の為にしている事かと確信したのだ。
「知っててお前を傍に置いた」
「……どう、して……」
「可愛かったからな。俺に嫌われないように振る舞うところも、慣れないくせに誘おうとするところも」
時々理由を忘れて無邪気な顔を見せるところも、照れ隠しをして、後から思い出して怯えるところも。
「放っておけなかったんだよ」
可愛くて、……いつの間にか、守りたいと思うようになっていた。
それなのに、面倒事は避けたいだとか、シロは子供だからだとか、好きな男が居るからだとか理由を付けて、ただ保護しているだけだと言い聞かせた。
八つも年下の子供の人生を縛りたくない。そんな大人ぶった理由を付けて。
本当は、いつか出て行くなら、執着したくなかったのだ。
どうせ失うなら、最初から本気になどならない方が良い。本気で好きになっても無駄なだけ。だから、自分の気持ちから目を背け続けた。
……だが、もう、認めざるを得なかった。
振り返れば、泣き出しそうに潤んだ瞳。それだけで、その涙を止めたくて、抱き締めてしまうのだから。
「っ……ひろや、さん……」
「困ったな。これからも俺は、お前を手放すつもりはないんだ」
「だめ、です……。俺は、寛哉さんの傍にいる資格はないです……」
「またそれか」
いつもそう言って振られる。
大体、その資格とやらは、他人が決める事ではない。寛哉が選んだ相手ならば既にその資格があるというのに。
「なあ、お前、あいつのどこが良かったんだ?」
苦々しく問う声に、シロは視線を伏せた。
「……俺が男の人が好きだって知っても、変わらずに友達でいてくれたところ……」
航とは、高校二年の時に出逢った。
最初はただのクラスメイトで、その頃は航ではなくひとつ年上の先輩の事が気になっていた。まだ恋とは呼べない、憧れだったけれど。
その事が航に知られて、それでも航の態度は変わらなかった。それと友達でいる事とは何の関係もないだろ、と笑ってくれた。
「航のことを好きになった、って言ったら、じゃあ付き合うかって……受け入れてくれて……。ご飯も、美味しいって……。航、本当はとっても優しくて、俺のこと見捨てずに、ずっと一緒にいてくれたんです……」
思い出すのは、優しい記憶。
全てがおかしくなってしまう前の、優しい時間。
いってらっしゃい、おかえり、おはよう、おやすみ。そう言い合える日々が、宝物のようで……。
「そんなの、俺も同じだろ?」
返ったのは、不機嫌な声だった。
「俺じゃ駄目なのか?」
拗ねたような顔で、真っ直ぐに見つめてくる、灰色の瞳。
「俺はあなたに、相応しくありませんから……」
「お前がどうとかじゃなく、お前から見て俺は、あいつ以上にはなれないか?」
「……どちらが上とか、……決められないです」
決める資格はない。
そんな事を言って貰える資格も。
愛される資格も、ない。
本当は、拾われる資格すらなかった。
出逢う事すら間違えていた。
出逢ってはいけなかったのに……。
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