39 / 50
理由2
しおりを挟む「今度こそ、って……思ってたのに……」
いつの間にか、ここに居る理由を忘れていた。
大切に扱われて、甘やかされて、飼い猫のように愛されて。
それが、あまりにも心地よくなってしまった。
本当に愛されているのかもしれないと、錯覚してしまった。
愛されるって、こういうことなんだ、と……。
「っ……、わたる……」
好き。
好き、だ。
好き、……だった。
「本当に、本気で……好き、だったんです……」
優しくしてくれた。好きだと言ってくれた。一緒に居たいと言ってくれた。
その想いを、信じている。
たったひと時でも、本当に好きでいてくれた時があったのだと……信じている。
落とした視線の先。手のひらを見つめる。
「……俺、航の手を、取れなかったんです」
その手をそっと閉じた。
「あんなに待ってたのに……、航以外、いらなかったのに……」
差し出された手を、取れなかった。
俯いていると、航に腕を掴まれ、公園の奥へと連れて行かれた。
そんなにあの男がいいのか。俺の事が好きなんだろ。そう怒鳴られて。
今までも、無理にされる事は何度もあった。それでも、手を上げられる事だけは一度もなかった。そんな航だから、好きだった。
責められているのに、縋られているような気がして。
航はやっぱり、俺が居ないと駄目なんだ。
そう思えたから……。航の手を取らなくて良かったと……そう思えたのだ。
「全部、俺のせいなんです……」
あんなに好きで、求められる事をずっと待っていた。
それなのに、受け入れきれずに、航を突き飛ばして逃げてきてしまった。
俺が居ると、航はだめになる。俺が、そうしてしまった。
一緒に居たら、だめなんだ。
航も、俺も……。
以前なら、そんなふうには考えられなかった。きっと、迎えに来てくれたとただ歓喜して、その手を取っていただろう。また同じ事になっても、航と一緒に居たくて、ただ、それだけで……。
それが、出来なかった。
離れているうちに、気付いてしまった。
もう、一緒にはいられない。
それに……。
「寛哉さんと一緒に過ごすうちに、誰かを大切にするって、こういうことなのかなと思うようになったんです」
シロと呼んで、飼い猫のように可愛がってくれた。守ってくれた。
シロが白猫なら、この人は大きな黒猫だと思った。子猫を守る、親猫のような。
白猫と黒猫のストラップを思い出し、そっと笑った。
お揃いなんて、初めてだった。航はそういうのを嫌がったから。でもずっと、憧れていた。恋人の印のような、それを。
ここへ来てからずっと、好きな事、嫌な事、したい事、されたくない事。それをきちんと訊いてくれた。気持ちを大切にしようとしてくれた。
それなのに自分は、航のためと言いながら、一方的に愛情を押し付けていただけだ。それが全てを壊してしまった。
……そして、自分が幸せになる為に、優しいこの人を利用してしまった。
彼の背を見つめ、そっと視線を伏せる。
「……俺はあなたに、大切にされていたんですよね」
例えそれが、小さな子供に向けるものだったとしても。
例え、飼い猫に向けるものだったとしても。
一緒に過ごした時間の中で、愛されていると、信じていたかった。
「……ああ」
低く、呟いた。
「ありがとうございます。……今まで騙してて、ごめんなさい」
許されるとは思っていない。身勝手な理由で騙して、利用した。
自分だけ暖かな想い出を貰って、何も言わずに姿を消そうとした。彼が起きていなかったら、そうするつもりだった。
……最低な事を、したのだ。
怒鳴られる覚悟も、殴られる覚悟も出来ている。償えるなら何でもする。……あげられるものなんて、この身ひとつしかないけれど……。
応援ありがとうございます!
0
お気に入りに追加
368
1 / 5
この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる