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失踪
しおりを挟む今日は打ち合わせだけで、二十時には帰路についた。
帰宅すると、リビングは真っ暗だった。シロはいつでも帰る時間には玄関に居て、昨日も少しぎこちなかったが「おかえりなさい」と言って出迎えてくれた。
今日は体調でも悪いのだろうか。寝室を覗くが、ベッドの上には何の膨らみもなかった。
「シロ?」
バスルームにも、何処にも居ない。
携帯もテーブルの上に置きっぱなしになっている。
争った形跡はない。服を確認すると、外出用の服も、元から着て来た服も残っている。
幾らおかしくないといっても、部屋着のまま出たとは……。それほど慌てて……?
仕事に出る前も、様子がおかしかった。
あの、航とかいう男と会ってから。
シロとは恋人でも何でもない。シロが帰りたいと願えば、それを止める理由はない。それが自分とシロの関係だ。
――……だから、何だ。
もう、黙って帰す訳にはいかないと決めた。
それに、独りで出掛けたとなると……。嫌な予感がした。
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マンション下のコンビニにも居なかった。
シロと出逢った公園にも。良く行くスーパーは閉店時間だ。
普段から、郵便物を受け取りに行く時にも携帯は持って出ろと言ってある。それを置いている時点で、寛哉の知る場所に居るはずはない。
慌てて出たなら、あの男に会う為か、もしくはあの男が何らかの手段で所在を知り、連れて行ったかだが……。
思えば、シロの事を何も知らない。
元の家も、良く行く場所も。
アルバイトをしていたかも、学校に通っていたかすら知らない。
金を持たずに出たとなると、徒歩圏内に居るはず。
だが、それだけの情報で……。
「あれ? 寛哉?」
背後から声を掛けられ振り向けば、憲剛が立っていた。
「っ……、シロを見なかったかっ?」
「シロ、って、例の猫くん?」
寛哉の剣幕に、憲剛は顔色を変えた。きっとただ出て行ったのではない。
「彼の特徴は? 俺も探すよ!」
「悪い、助かる」
「そうだ、羽鳥さんにも連絡を……」
「っ……、頼む」
力を借りるのは癪だが、そんな事は言っていられない。彼はシロの顔を知っている。職業柄、何らかの手段も持っているだろう。
憲剛に今ある情報を伝え、その場を離れた。
航と会った公園。ここから少し離れてはいるが、徒歩圏内だ。あの場所があの男の行動範囲なら、きっとその周辺がシロが元住んでいた場所。
シロが自分の意思で戻りたくて出て行ったのならいい。
……良くはないが、無事なら、それで。
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憲剛は陸橋の上から辺りを見渡した。背も高く、視力も良い。何より勘の良い憲剛は、見渡せる範囲に居れば見つけられるかもしれないと思った。
教えられた特徴は何人か見当たるのだが、どれも違う。寛哉が本気になるような、そんな人物は……。
「もしかして、あれか……?」
急いで寛哉の番号をタップする。ワンコールで繋がり、慌てて捲し立てた。
「寛哉っ? フラフラしててシロくんっぽい子がいるんだけど、遠くて見失いそうでっ」
『何処だ?』
「駅南口の……、あっ、高架下に入ってった!」
『高架下、って……』
「ああ、一番ヤバいとこだよっ」
『なんでいっつも危ないとこばっか近寄るんだよっ』
焦った声が聞こえ、背後で電車の音がする。寛哉も近くに来ているのだろう。
通話を切り、憲剛も陸橋から降りる。だが信号とみっしりと詰まった車に遮られてしまった。それでも回り道をするよりは待った方が早い。
あの高架下はこの時間帯が一番不味い。
それに、遠目だったが彼の周囲を見る限り……。
「くそっ、このタイミングでっ……」
彼は、危ない輩に目を付けられていた可能性がある。今までもこういった勘が外れた事はない。今回ばかりは外れてくれと願いながら、いつまでも変わらない信号を睨んだ。
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