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仕事仲間

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 寛哉ひろやの仕事先は、自宅マンションの徒歩圏内にあった。
 シロを拾った公園は少し離れているが、昨日は酔い覚ましがてら少しブラついて帰ろうと、たまたま寄ったのだ。
 様々な偶然が重なって、シロを拾った。やはり拾ったのが自分で良かったと思う。あのままだと確実に危険な相手に連れて行かれていただろう。
 昨日臨時収入だとかで大量にシャンパンを入れてくれた客にも感謝だ。


 向かった先は、この界隈では有名なホストクラブ。常連客に著名人の名が並ぶ人気店であり、高級店だ。
 その店で寛哉は指名率、売上共にナンバーワンの座をここ数年明け渡していない。

 グレーのスーツにベスト、柄物のネクタイ。黒髪を片側だけ上げて、パッと見にはその筋の人間に見える。
 そんな外見で煙草をくゆらせるものだから、入ったばかりの新人は皆、寛哉の前では縮み上がってしまう。内面を知れば面倒見の良い頼れる先輩なのだが、そこに至るまでの道程が長い。まずまともに目を合わせてくれなかった。

 細く煙を吐き出したところで、喫煙所のドアが開いた。
 寛哉よりがっしりとした体格で、短髪。顎髭のある男らしい風貌。同僚であり友人でもある、青柳憲剛あおやぎ けんごという男だった。
 彼は熊のような外見に似合わず、くしゃりとした人好きのする笑顔を見せ、隣に並び煙草に火をつけた。


「猫を拾った」

 寛哉が突然切り出すと、憲剛はまたかと肩を竦めた。

「それは喋る方のやつか?」
「喋る方の、喋らないやつ」
「何だそれ」
「喋らねぇんだよ。ほとんど」

 そう言って溜め息をつく。
 この様子、今回はどうやら喋る方の“猫”らしい。たまに本物の猫を拾うから、いつもどちらか分からない。

「少しは喋るんだろ?」
「まあ。いや。にゃあしか聞いてない」
「……猫か?」
「毛並みが綺麗な白猫」
「いや、マジでどっちだよ」
「そういや、あんだけ酔ってたのに勃ったな」
「ああ、そっちな」

 相変わらず手の早いことで、と肩を竦める。

「でも鳴かねぇんだよ。自信失くしかけた」

 昨夜は多少手加減をしていたとはいえ、シロはかたくなに声を出そうとしなかった。
 今までどんな相手も理性を飛ばして悦がる様しか見て来なかったというのに、シロは枕に顔を埋めた程度で我慢出来てしまった。そんなには経験は無さそうだったのに、だ。さすがに自信が揺らいでしまう。

「へぇ? 自信家のお前がねぇ。どんな百戦錬磨の美女か見てみたいわ」
「男で、ガキだ」
「……は? いや、お前……」
「成人はしてる」
「成人って、…………そうか。趣味、変わったな」

 今まで火遊び好きな派手な女か、甘え上手で色気と華のある男しか連れ込まなかったというのに。
 憲剛は綺麗に揃えた顎髭をいじる。そして、はたと気付いた。

「ああ、そうか。お前の好きなタイプって、慣れてなくて恥じらいがあって家庭的な子だっけ? 似合わねーなー」
「本命に逃げられまくってる理由、それだよ」

 寛哉は不機嫌に煙を吐き出した。
 そんな風に周りから思われるから、という理由だ。
 寛哉好みの子は総じて信じてくれないか、私なんかじゃ釣り合わないと言って断られてしまう。

「家でまで派手な女は見たくない」
「それはまあ、分かるけど、仕事的には問題発言だな」
「遊ぶには派手なのがいいから問題ねぇだろ」
「んー、なんつーか、女泣かせだよな、お前って」
「男も鳴かせてるが?」
「はいはい。何の張り合いだよ」

 煙草を灰皿に押し付け、また肩を竦めた。

「で、何の話だっけ?」

 本題をすっかり忘れてしまった。

「猫を拾った」
「で?」
「可愛い」
「はぁ。そりゃ良かったな」
「大人しい猫は、どうやって鳴かせたらいい?」
「俺に訊くか? まあ、お前ってそういうタイプの経験値低いか」

 悪気はなく笑うと、傷口に塩を塗るな、と寛哉は眉間に皺を寄せた。

「一つ言えるとしたら、すぐヤるな。乱暴にするな。信頼関係は大事だぞ?」
「……手遅れ」
「そうだろうよ。まあ、これから挽回すりゃいいだろ。ってか、まだ家に置いてるとか珍しいな?」
「まあ、たまにはな。行くとこないみたいだし」

 今のところは。だがきっと、待っている相手から連絡が来れば出て行くのだろう。

「帰ったら居ないかも」

 何気なく呟いたつもりだが、憲剛は何故か驚いた顔をする。何だ、と視線で問うと。

「お前、もしかして……ついに本命が……?」
「アホか。ガキだって言ったろ」
「成人してるなら大人だろ~?」
「気持ち悪い絡み方してくんな。俺はただ、あいつを鳴かせてみたいだけだよ」

 どんな声で鳴くのか、どんな声で笑うのか、ただ聞いてみたいだけ。
 家に置いているのは、放っておけずに保護しただけ。素性も知れない相手に運命を感じる程ロマンチストではない。

「まあ、そういう事にしといてやるよ。くれぐれも、大事にしてやれよ?」
「善処する」

 苦笑して、煙草を消した。
 憲剛は肩を竦めてから、今日も頑張りますか、と寛哉の背を遠慮なしに叩いた。

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