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真冬の夜空

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「うわあ、星がキラキラしてる」

 隼音しゅんのお気に入りの場所は、山の上の開けたところにあった。車外に出て空を見上げれば、宝石箱をひっくり返したように星がキラキラと輝いている。

「綺麗だね」
「はい。でも花楓かえでさんの方が綺麗です」
「っ……ぅあ、そんなことは……えっと、……ありがとう」

 また恥ずかしい事をサラッと、と言う顔をしながらも恥ずかしそうに笑う。
 おや?、と隼音は思った。以前はわりとあっさりしていたのに、今の反応はなかなか意識して貰えているのでは?
 ここは、そっと手を繋いでも……。

「うーん、オリオン座しか分からないなあ」

 あっさり元の反応に戻り空を見上げる花楓に、隼音は伸ばし掛けた手を引っ込めた。危ない危ない。

「せっかく綺麗に見えるのに、もっと勉強しておけば良かったな」

 学生時代の記憶を呼び起こそうとしてみたが、基本料理の知識ばかり詰め込んでいた花楓にはそれが精一杯だった。

「花楓さん。オリオン座の、向かって左肩の辺りの星と、その左の方に少し大きな星があるんですが、見えますか?」

 花楓の傍へと顔を寄せ、スッと空を指差す。隼音の指の先に視線を向け、花楓も指を伸ばした。

「えっと、……あれ、かな?」
「はい、それです。その二つを結んで、逆三角を描いた辺りにシリウスという明るい星があるですが、その三角形が冬の大三角です」
「あっ、聞いたことある。あれが大三角なんだ」

 実際に見つけられた事でテンションが上がる。目を輝かせる花楓に、隼音はそっと目を細めた。

「シリウスはおおいぬ座の一部なんです。シリウスが口と思って、ジッと見てると何となく犬っぽく見えてくる気がしません?」
「犬っぽく……、うーん、何となく見える……かも?」
「はっきり見えなくても、そうなんだーと思うと楽しいですよね」
「ふふ、そうだね。ワクワクするよ。隼音君は物知りだね」
「星が良く見える場所で育ちましたから」

 北海道の中でも都会ではなく、部屋からでも星が綺麗に見える場所だった。せっかく北海道に来たのだからと自然に興味を持ち、気付けば様々な知識が増えていた。

「一度行ってみたいなあ」
「ぜひ。俺のお気に入りの場所いっぱいあるので、案内しますね」

 一緒に行く事が当たり前だと言わんばかりに隼音は笑う。
 そうだ。これは少し前まで当たり前ではなかった事。
 その変化が擽ったくて、嬉しくて、少しだけ、怖くなった。




 そのまま暫く星を眺めたものの、新年の山頂の寒さにさすがに耐えきれなくなった。
 近くに山小屋もあるのだが、ひとまずと車内に戻ればそこまで凍える事はなかった。

 隼音は慣れた手付きでシートを倒しフラットにして、毛足の長い毛布を敷く。その上に座ってくださいと促され花楓が座れば、身体をすっぽりと包み込むように別の毛布を掛けられた。

 ――甲斐甲斐しくお世話をされてしまった……。

 今日は普段の緩くて可愛い年下ではなく、可愛いのに頼もしくて格好良くて意外と世話好きな面をたくさん見ている。何だかくすぐったい気持ちになった。
 ちょっと、時々、知らない人みたいでドキリとしてしまったり……。

 更にカイロ入りのふかふかのクッションを渡された。
 隼音がしているようにぎゅっと抱き締めてみる。これは、思いの外落ち着く。

 クッションが羨ましいやら花楓が可愛いやら、隼音はクッションに口元を埋めて静かに悶えた。可愛い。抱き締めたい。
 花楓はそんな隼音を見て、クッションに埋もれてる隼音君、猫みたいで可愛い。撫でたい。
 お互いに言葉には出さない相思相愛を見せていた。


 そこでふと隼音は思い出し、サンルーフのバイザーを外す。
 先に満天の星を見てしまっては物足りないかもしれないが、これはこれで魅力があるのだ。

 隼音が仰向けに横になると、花楓もその隣に並ぶ。大きめのサンルーフだと思っていた通り、ガラス越しに綺麗な星空が広がっていた。

「わあ……、星空を閉じ込めたみたいだ」

 ガラスのキューブに星空が閉じ込められたような光景。このまま持ち帰って家で楽しめればいいのに。そんな事を言う花楓に、隼音は嬉しそうに目を細めた。

「花楓さんの感性って、素敵ですよね」
「え?そう、かな?」
「はい。叙情的というか、綺麗な人は綺麗な物の見方をするんだなと思いました」
「え、……っと、ありが、とう……」

 ここまで手放しに褒められては照れてしまう。普段なら“隼音君の方が”、と返せるのに今日は上手くいかない。

「照れてる花楓さんも可愛いです」
「……俺の方が年上なんだよ?」
「照れ隠しする花楓さんも可愛いですね」
「今日の隼音君、ちょっといじわるだ」
「それは……浮かれてますから。花楓さんと初めてのデートですし」

 蕩けそうな笑顔を向けられ、あう、と謎の声が漏れてしまった。
 すると隼音はクスリと笑い花楓の髪にそっと触れる。

「花楓さん、ドキドキしてくれました?」
「…………しました。今のはみんな同じ反応すると思うよ?」
「そうです?」
「そうです。隼音君って、可愛い時とのギャップが大きいし突然くるから」

 ふう、と鼓動を落ち着かせようと息を吐く。
 ファンの子には格好良い、綺麗、としか言われない事を知らず可愛いと思っている花楓には、余計にギャップを感じるのだろう。

「ちょっといじわるし過ぎましたね。すみません。ゆっくり星空鑑賞しましょう」

 髪から手を離し、明るい声を出してクッションを抱き締め空へと視線を向ける。
 もうこれ以上サプライズはないようだ。花楓もクッションを抱えなおした。

「真冬に寝転がって星が見られるなんて、何だか贅沢だね」

 冷たい風に吹かれる事もない。街中では見られない綺麗な星空は、隼音の言う通り見つめているだけで悩みも吹き飛ぶようだった。

 思わずぼんやりしてしまい、うっかり寝過ごしてはいけない、と花楓は日の出前の時間にスマホのアラームをセットした。
 隼音もそれを見て自分のスマホを開き、寝過ごしたらまた明日来ましょうね、と笑った。


 そこでふと、花楓は思い出す。
 コロリと寝返りを打ち、隼音の方へと身体を向けた。

「隼音君に、聞いて欲しい話があるんだ。……あっ、こんなに素敵な場所で話すことじゃないんだけど……」

 タイミングを見誤ったかもしれない。花楓はハッとする。だが、休憩室ではいつ呼び出されるか分からない。本当の二人きりは今しかなかった。

「花楓さんのことなら何でも聞きたいです。それに、時間はたっぷりありますから」

 その優しさに、花楓は眉を下げそっと笑った。


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