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新年

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花楓かえでさん、四日に初日の出を見に行きませんか?』

 年末のある日、隼音しゅんからそんな連絡が来た。

 大晦日から三が日までは、年末年始の生放送に引っ張りだこらしい。
 花楓も元日から二日までは、鷹尾たかおと共に数年ぶりに実家へ帰省する事にしていた。店休日は五日までだ。

 初日の出、と言うことは、必然的に早朝から出掛ける事になる。
 万が一の渋滞を考えていると、隼音も同じ事を思ったのか、大分早い時間に決まった。

 鷹尾に伺いを立てた時は最初は静かに怒っていたようだが、いや、とか、まあ、とか唸り、最終的には許可してくれた。
 この歳で許可がいるのも恥ずかしい話だが、花楓を大事に思ってくれる鷹尾に心配は掛けたくない。きっと相手が隼音でなければ許可されていないだろう。

 鷹尾からも許可が出た事を伝えれば、メッセージアプリに可愛いパンダが大喜びをしているスタンプが送られてきた。
 パンダや猫や兎。隼音のスタンプは緩く可愛い物ばかりでほっこりとする。まだ二十歳だからなあと微笑ましくなった。

『近くにパーキングがあったので、そこに車停めて迎えに行きますね』

 車。
 花楓は目を瞬かせた。




「隼音君、明けましておめでとう!」
「花楓さん、明けましておめでとうございます!」

 パッと顔を輝かせる隼音に頬が緩む。
 白い息を吐きながら微笑む花楓に、隼音は改めて“天使かな?”と思った。山に行くため、オフホワイトのダウンコートに同色のマフラーをしている。手袋と帽子もふわふわの白。天使じゃなければ兎さんだ。ぎゅうって抱き締めたい。
 下は薄いブルーのスキニーで、初めて見る私服の特別感に思わず目頭を押さえた。

 一方の隼音は、黒のダウンジャケットに紺のスキニー。マフラーはバイオレットだ。手袋と帽子は車に置いているが、これは見ようによっては、色違いのお揃い。
 コートの長さも違うが、お揃い。
 お揃い。ペアルック。

 そう考えているうちにすぐにパーキングに着いてしまった。

「隼音君、免許持ってるんだね」
「はい。地元は車が必須な感じなので、十八になってすぐ取りましたー」
「すごいねぇ」
「ありがとうございます」

 花楓に褒められ、隼音は嬉しそうに笑う。

 隼音の出身は東京だが、鳥類学者の両親が北海道の大学講師に呼ばれた事で中学から北海道で暮らしていた。
 そのまま北海道で暮らすつもりで、誕生日を迎えた高三の四月から教習所に通い免許を取ったのだ。
 だが、夏休みに友人と東京旅行に来た際に街でスカウトされ、結局北海道を出て東京の大学へと進んだ。
 せっかく取ったのだからと車も買って、たまに独りでふらりと遠出したりする。

 隼音の名前の由来は、両親がはやぶさの鳴き声が可愛くて好きと言うところから来ているらしい。“隼声”ではあんまりだと“隼音”になったそうだ。


 コートを脱ぎシートベルトをすると、車が発進する。
 運転する隼音の姿は普段より大人びて見えた。向かい合わせではなく隣同士。不思議な感覚だった。

「偏見で申し訳ないんだけど、隼音君って有名アイドルだから、真っ赤なスポーツカーかもって思っちゃった」
「あ、ガッカリさせました?」
「ううん、ホッとしたかな。隼音君は堅実な人なんだなって。ハイブリッドカーだよね」
「ですです。地球に優しく燃費もいいし、目立たないし、席を倒したらフラットになるので突然のキャンプもオッケーで、いいことばかりですよ」
「キャンプって突然するものなの?」
「気付いたらもうしている、それがキャンプです」

 キリッとする隼音にクスクスと笑う。普段計画性があるのに勢いもあるんだなあと、さすが若さだなと納得した。

「天井も開くようにオプション付けたんです。寝転んで星空を見ると、悩みも吹き飛びますよ」

 天井を見ると、今はカバーされているが大きめのサンルーフが付いている。カバーを外せばガラス越しでも綺麗に夜空が見えるらしい。

「わあ、素敵だね」
「ありがとうございます。着いたら外しますので、お楽しみにです」
「うん。楽しみにしてるね」

 目的地は隼音がお気に入りの秘密の場所だと言っていた。それも楽しみだった。

「真っ赤なスポーツカーもいつかは買いたいとは思ってるんですよね。もっと似合う大人になってからですけど」
「目標があるのはいいことだよね」
「はい。でも本音を言うと、最初の車が高級車だとぶつけるのが怖くて乗り回せないからと言うのもありつつ」
「ふふ、確かにそうだね」

 高級車は修理費も高い。それに、美しい外面に小さな傷を付ける事すら申し訳なく感じる。さすがに最初の車には向いていないだろう。

 その後も話は弾んだ。
 クリスマス後も一度だけ、数分話す程度しか会えなかった。久しぶりにたくさん話せると思うと花楓も楽しみでずっとワクワクしていたのだ。

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