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駄目な理由

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「そういえば、はるは自分がえっちじゃないって言ってたよね」
「すみませんでした……」

 散らばる栄養剤の空き瓶と、事後のあれこれ。一体何時間経っただろう。

「あのオスカーの理性を壊すくらいだからね。もう無自覚に煽ったら駄目だよ?」
「肝に銘じます……」

 オスカーもだが、ウィリアムも同時に理性の糸が切れていた。

「……ふとした思い付きだった」
「思い付きで何てものを……天才か、君は」
「ウィリアムさん、褒めたら調子に乗りますよ。まあ天才でしたけど」

 今回ばかりは涼佑りょうすけもオスカーを褒める。

「純粋無垢なハルトに、最も縁遠い物を添えるとはね」
「はるの台詞も天才でした」
「天才だね。欲しいとねだられるより効いたよ」
「ウィリアムさんはわりといつも理性ぷっつりしてますけど、今回はあの人もですから」
「そうだね」
「……俺にも限界はある」

 笑顔で視線を向けられ、オスカーは溜め息をついた。

(オスカーさんの理性を崩せたのは、嬉しい……)

 もそ、と上に掛けて貰った布団に顔を埋める。
 今までも何度か崩せたことはあっても、半分以上は理性が残っていた。でも今日は、完全に崩れて全身で求めてくれた。


(体はしんどいけど、心は満たされてる……)

 何度も意識を飛ばしては引き戻され、栄養剤を口移しで与えられた。飲むかと問われず、強制的に飲まされて。三人共が、気遣いも遠慮もなく感情をぶつけてくれた。
 これでやっと……対等な恋人に、なれた気がする。
 対等な、大人に。

(中に出してくれても良かったのに……)

 などと言えば、また抱かれるのだろうか。それは……純粋に、嬉しい。ただ、先に下に傷薬を塗ってからになるけれど。
 栄養剤でも回復しきれない脚の震えと、あらぬところの熱感。

「……いっぱい、抱いて貰えた」

 三人の視線が一斉にこちらを向き、暖人はるとは首を傾げる。

「…………あっ、また声に出てましたっ!?」
「ハルト……」
「ウィル、正気に戻れ」
「日に日に理性脆くなってません?」

 ふらりと暖人に覆い被さるウィリアムをオスカーが引き離し、涼佑は暖人とウィリアムの間に入った。

「否定は出来ないけれど、今のハルトは……」
「分かりますけど、僕は我慢しました」
「分かるが、俺も堪えた」
「……そうだな」

 ウィリアムは下を向き、気持ちを抑えようと深く息を吐く。


(俺の理性が駄目になってるんじゃ……)

 今までなら黙っていられた。それを、無意識に声に出している。そのうち、外でも三人を好きだと感じたら「抱かれたい」と言ってしまうのでは。

「すみません……俺が気持ちを我慢出来なくて……」
「ハルト……」
「はるは何も悪くないよ」

 また理性の揺らいだウィリアムをオスカーが押さえ、涼佑が暖人を抱き上げる。

「お風呂入ろうか」
「えっ、うん」

 爽やかな笑顔に反射的に頷くと、涼佑はすたすたとバスルームへと向かう。閉まる扉を名残惜しげに見つめるウィリアムと、溜め息をつくオスカー。

「アイツの色気が増しているのは認める」
「そうだろう?」
「……大人になったな」
「子供扱いはハルトに拗ねられるよ」
「それはそれで可愛い」

 ふっと笑みを浮かべ、服を着ると、暖人たちが戻る前にベッドメイクするべくオスカーはクローゼットを開けた。







 体を洗い、湯船に浸かった涼佑は、暖人を背後から抱きしめて髪に顔を埋める。

「……はるは、下舐められるの、そんなに嫌だったんだ」

 舐めればそこで終わりだと言い切るほどに。

「もしかして、僕のせい?」

 元の世界で何度かしたことがある。暖人は恥ずかしがったけれど、拒絶はされなかった。でも本当は、トラウマになるほど嫌だったのだろうか。恐怖を植え付ける行為だったのだろうか。

「違うっ」

 暖人は慌てて振り返り、涼佑を見上げる。

「嫌じゃないっ……嫌じゃないけど、駄目でっ……。だって、綺麗な顔で俺のアレを舐めるなんて、いたたまれないからっ」

 理由はただ恥ずかしくていたたまれないからだと、涼佑のせいじゃないと、必死に訴える。それが言い訳ではない事はきちんと涼佑には伝わった。

「そんなに恥ずかしいのに、僕にはさせてくれたんだね。ありがとう、はる」
「うん……」

 向かい合い、ぎゅっと抱きつく。


「あの世界では……あの時間だけは、涼佑にされること全部を、受け入れたかったんだ」

 次はいつ恋人として過ごせるか分からなかった。もしかしたら、引き離されて二度と次の機会は訪れないかもしれなかった。

「でもこの世界では、ずっと恋人でいられる。誰も俺たちを引き離せない。そう思ったら、また今度、もう少し慣れてから、って……」

 ……それでも、この世界は、いつ命を落とすか分からない世界。
 涼佑も、ウィリアムもオスカーも、戦いの中で生きている。
 俯く暖人の額に、涼佑はそっとキスをした。

「この国はまあ平和だし、日野さんの薬もあるし、あの二人は僕とまともに戦えたくらいだから、そうそう死なないと思うよ」

 特にウィリアムの方は、この世界にはない大砲くらい持ち出さないと仕留められないだろう。

「僕はかなり頑丈になったから、怪我をする事自体ないし」

 剣で腕を貫かれた時もすぐに治癒した。きっと、首を落とされでもしない限り、死なない。


「……心配なのは、はるだよ」

 与えられた力では、攻撃も防御も出来ない。護身術を習っていようとも、細身の暖人が対抗出来るかどうか。それに暖人は、敵相手でもきっと命を奪う事を躊躇ってしまう。

「はるの護衛を、増やしたいと思ってる」
「えっ?」
「赤の副団長さん」
「ラスさん?」

 暖人はきょとんとして首を傾げた。この反応。二人の間には本当に何もないようだ。

「はるのこと弟みたいに大事に思ってるみたいだし、執着も感じるし、騎士の約束もしたならそれを義務にしたい」

 ウィリアムやオスカーには劣るが、ラスも暖人の為に命を懸けられる人間だと涼佑は判断した。その根底にあるものは、恋心だとは感じない。ただ……同等の執着や想いの強さを感じた。

「本当はウィリアムさんたちが仕事の時間も護衛して欲しいけど……せめて、二人がいない日にはるが出掛ける時は、絶対にあの人を連れて行って」
「……うん。実は……今も、そうして貰ってるんだ」
「そっか。それなら僕も安心だよ」

 心から安堵した笑顔。涼佑がこんなにも心配してくれることが、申し訳ないけれど、嬉しい。

「ああ、でも、変なことされたら教えてね。腕の二本くらいは折らせて貰うから」
「腕は二本しかないから駄目っ!」

 言ってから、おかしな返しだったと気付く。

「三本あればいいのにね」
「三本あっても駄目だよっ?」

 また反射的に返すと、涼佑は暖人の肩に頭を乗せてくすくすと笑った。


「まあ、あの人は理性がしっかりしてるみたいだし、変な気は起こさないかな?」
「うん、ラスさんはしっかりしたお兄さんだし、……前も言ったけど、ウィルさんが上司だから」
「それ、説得力あるよね」

 騎士としても男としても生きられなくされるなら、と改めて涼佑は爽やかな笑顔を浮かべた。

「話を戻すけど、そのうちさせてね。フェラ」
「ふぇっ……!」
「はる、可愛い」
「う、ううっ……」

 単語だけで動揺して顔を真っ赤にしているうちは無理かな、と今も初々しくて可愛い暖人を抱きしめ、逆上せてしまう前に抱き上げてバスルームを出た。

 その後は、ウィリアムとオスカーの手で綺麗に整えられたベッドで、先日のように交代制で暖人を挟んで添い寝をした。
 すよすよと安らかな寝顔を、三人はまるで赤子を前にしたように穏やかな気持ちで見守る。
 そこには情欲も我慢もなく、ただただ三人にとって幸せな時間でしかなかった。


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