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第一王子2

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「兄上っ、失礼致しますっ!」

 返事を待たずに第二王子が扉を開ける。その後ろからウィリアムとオスカーが入ってきた。怪訝な顔をする王太子の前で、ツカツカと歩み寄ったウィリアムが暖人はるとを抱きしめる。


「ハルト、髪色を……」
「っ、この髪は、俺は怪しい者じゃありませんという証明を……」
「殿下は、ハルトを疑っておられたのですね?」

 低く凍えるような声。だが王太子は平然としてウィリアムを見据えた。

「当然だ。国王まで骨抜きにされているなら、この国は彼の手中に落ちたという事だからな」

 今までとは違う不敵な顔で、ふっと笑う。わざとウィリアムを怒らせるように。

(あ……殿下は、俺が怒られないように……)

「あの、ウィルさん。王太子殿下はこの国を心配していらしたんです。なので俺は別世界の人間です、とご挨拶もかねて染め粉を落としました」

 強制ではないと訴える。それにいくら血縁とはいえ、王太子相手の不敬はただでは済まないのでは。不安になり、ちらりと王太子へ視線を向ける。

「俺、と言うのか……」


 可愛いな。


 そう呟いた途端、ウィリアムと、もう一方からも怒気が。

「ウィルさんオスカーさんっ。どうして未来の王様なのに、俺のことを知らされてなかったんでしょうっ……」

 必死で話題を逸らそうとすると、オスカーの怒気はすぐに収まる。ジッと見上げて訴える瞳が小動物のようで可愛かったからだ。

「殿下は、お前と歳が近い。恋仲になる心配と嫉妬をしてたんだろ」
「えっ……」
「父上……、なんと大人げない……」
「ハルトにはそれだけの魅力があるという事です」
「魅力、か」

 王太子は暖人を見て、ふっと微笑んだ。


「ハルト。ブローチは着けているね?」
「えっ、はい……」

 習慣とは恐ろしい。マリアやメアリが気付く前に、自ら着けていた。

「ハルト。君は救世主だ。王太子殿下からの呼び出しだろうと無視していいんだよ。それに、知らない男と二人きりになるのは感心しないな」
「すみません……」
「今回は相手が殿下で、これの効果も比較的あったものの……」
「すみませんっ……」
「少しは自覚が出てきたかと思ったのだけれどね」
「次からは気を付けますっ」
「……次?」
「!!」

 ひんやりとした笑顔に、びくりと跳ねた。


「ハルト、帰ろうか」
「ぁ……、でもっ……、……っ」

 グッと腰を抱かれ、震えながら小さく頷く。このままではこの場でちょっとした分からせをされかねない。

「呼び出したのは私だ。そう責めるな」
「ご心配には及びません。優しく言い聞かせるだけですので」

(はい……身体に、ですけど……)

「……待て。ウィリアム、お前、まさか……」
「ハルトは私の婚約者ですが?」
「ついに子供にも手を出したか」
「ハルトは今年十九です」
「そんなわけがあるか。言い逃れにしてももっとマシな」
「申し訳ありませんっ、本当ですっ。この世界では若く見えるようでっ」

 割って入った暖人をまじまじと見つめる。

「……骨格から違う、のか」
「はいっ」

 身体の骨も、顔の骨も、作りが華奢だ。だがこれで成人。また見つめた。


「……なるほど。誑かしたのはウィリアムの方だったか」
「誑かす? ハルトに、そのような言葉を?」
「あっ、あのっ……ウィルさん、早く帰りましょう?」
「ハルト。少しだけ待っていてくれるかな。俺は殿下と話が」
「ウィルさんっ」

 駄目です、とばかりにぎゅうっと抱きつく。可愛い止め方に、ウィリアムはふっと頬を緩めた。

「殿下。このように純粋で愛らしいハルトを誑かしたのは、私の方です」
「そのようだな」

 慌てて、顔を真っ赤にして、ウィリアムを止めようとけなげに頑張る。庇護欲を擽るところが彼らを夢中にさせたのだろう。


「そういう事か」

 見たことのない緩んだ顔で暖人を見つめるウィリアムに、王太子は苦笑した。

「先日の夜会で噂になっていたな。ウィリアムに、将来を誓った相手が出来たと。とある国の尊い人か。物は言い様だな」

 まさか別世界から来た救世主だとは思わない。真実を知り、王太子はくすくすと笑った。

「相手はヴェスティの公女が有力だと噂されていたが」

(ヴェスティの、公女様……)

「類稀れなる美貌と情熱的な性格は、あのウィリアムすら落としたのかと」

(俺とは真逆だ……)

「だが真実は面白い。謙虚でけなげで聡明で、美しくも愛らしい容姿の……男だとはな」

 ふっと微笑み、暖人へと視線を向ける。


「ウィリアムが好きか?」
「はい、好きです」

 突然の問いにも、春の陽のような暖かな笑顔を見せた。揺るぎなく彼の愛情を信じている瞳。

「大切にされているのだったな」
「はい。俺には勿体ないくらいです」

 先程までとは違う、幼さすら感じる柔らかな笑顔。これが本当の暖人かと、王太子は目元を緩めた。


「救世主、……いえ、ハルト殿。数々の非礼をお詫び致します」
「っ、いえ、こちらこそ誤解を招くようなことを多々してしまい、申し訳ありませんでした」

 深々と頭を下げる。何の躊躇もなく謝罪する暖人に、王太子は目を瞬かせた。

「ふ……、どうりで父上が私に伏せるわけだ」
「殿下?」
「ハルト殿。私が誰より先に出会っていたなら、あなたに求婚したかった」
「っ……」
「ウィリアム、そう睨むな。例え話だ」

 王太子はゆったりと言い、ウィリアムを見据えた。

「ハルト殿には、王族と対話する度胸も話術も、人の上に立つ才能も威厳も、人を惹き付けるカリスマもある。あなたが王位に興味を示さず、心から安堵しているよ」

 ウィリアムに隠されながらも背後から顔を覗かせる暖人に、柔らかく微笑む。

「いずれティア嬢という共通の義妹を持つ身として、仲良くして貰えたら嬉しい」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」

 救世主としてではなく、義兄弟として。その言葉にパッと笑顔を浮かべる。


「恐れながら、殿下。私もハルトの婚約者です」
「っ……」

 暖人の頭をぽんと撫でるオスカーを、目が落ちそうなほどに驚いて凝視する。

「何度か長期休暇を申請したのはハルトと過ごす為です」
「何、だと……? 休暇は建前で、仕事をしていたのでは……?」
「休暇の間中ハルトと過ごしておりました」

 王太子は驚愕のあまり震えた。まさか青の騎士団長に仕事を手放させるとは。

「まさか……、傾国の……」
「国が傾こうものなら、ハルトが真っ先に支えようとします」
「ですので、私たちはハルトが無茶をする前に気付いて支える必要があります」
「……そうか。そのようだな」

 暖人を慈しむように見つめた。


「ハルト殿。王太子として、あなたとは親睦を深めたい。今度食事でも」
「殿下。ハルトを口説かないでいただきたい」
「私は弟の義兄の婚約者に手を出す趣味はない。あくまで救世主と王太子という立場での食事会だ」

(なんか、ウィルさんに似てるな)

 きらきらと輝く笑顔で主張を通そうとする。美しい顔には有無を言わさぬ迫力があるものの、ウィリアムには通じないようだ。

 今までの遣り取りを静かに見つめていた第二王子は、あの兄の信頼をあっという間に得た暖人に改めて尊敬の眼差しを向けた。……ただ、救世主だという事は、今の今まで知らなかったが。


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