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ある日の話:小規模の鉱山?

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 オスカーの屋敷に十日間滞在していた、とある日の出来事。

「光鉱石の採掘場なら見せてやれるが」
「!」
「行くか」
「はい!」

 図書室で小さな疑問を投げかけたところ、採掘場見学が実現してしまった。







 採掘場の前に、まずひとつ驚いた。

「揺れない……」

 この世界にはコンクリートの舗装道路はない。石畳を走ると、豪華な馬車でも多少はガタガタと揺れていた。だがこの馬車は舗装道路のように揺れない。

「蒸気機関車の構造からこんな快適な車輪を作れるなんて……さてはオスカーさん、天才ですね?」

 つい真顔になる。発明家にもなれるのでは。

「元はお前の世界の技術だが、褒められるのはいいな」

 暖人はるとの肩を抱き寄せ、額に口付けた。

「最初にお前を乗せたかった」
「っ……、ありがとうございます……」

 不意打ちで優しい声を出されては心臓がびっくりしてしまう。じわじわと顔も熱くなり、隠すつもりでオスカーに擦り寄ると優しく髪を撫でられた。

(気持ちよさと快適さで寝そう……)

 適度な揺れとオスカーの手で、眠気を誘われる。せっかく最初にこの馬車に乗せて貰えたのに。体を起こそうとすると抱き寄せられ、眠れとばかりに優しく撫でられた。







「小規模だが、俺が所有してる鉱山だ」
「所有……?」
「事業の一つだ」
「事業……」

 幾つか事業をしているとは聞いたが、まさか鉱山まで所有していたとは。

「オスカーさん……やっぱり、俺が毎月十日も泊まったらお仕事大変になるんじゃないですか?」

 前も同じ問いをした。そして大丈夫だと理由を教えてくれた。でも……。

「他が二十日もあるだろ」
「でも他のお仕事も、騎士のお仕事もありますし」

 ゆっくり休める時間が取れないのでは。そんな顔をする暖人に、ふっと目元を緩める。


「お前が来るようになってから、今までより人間らしい生活をしてる」

 仕事の合間に仕事をしていた頃にはもう戻れないほどに。

「どれも手を抜くつもりはないが、以前より効率が良くなった。お前が休む事を教えてくれたおかげだ」
「っ……、それなら、良かったです……」

 甘い瞳で見つめられて、じわじわと視線を伏せる。この短い時間で何度赤面すればいいのか。

(休めてるなら良かった)

 やはり体力的に頑張る事も少し控えよう。密かにそう決めて、そっと鉱山を見上げた。

(小規模、とは……)

 ウィリアムに硝子の温室を贈られた時と同じ感想だ。だがオスカーは謙遜でもなく本気で言っている。
 大きいな、と思っているうちにオスカーに手を引かれて鉱山の中へと入った。



「綺麗……」

 採掘場の全体がほんのりと光っている。場所によって寒色や暖色が入り交じり幻想的な光景だ。壁から幾つも突き出ている宝石のようなものが光鉱石だろう。

「採掘前はずっと光ってるんですね」
「地脈から常に力が供給されてるからな」

 オスカーが視線を送ると、作業員がカンッと器具で岩を叩いた。

「わっ、岩盤から離れると光が収まるんですね。俺の知ってる鉱石だ」

 鉱石を受け取ったオスカーが暖人に渡す。それをじっくりと観察した。採れたての鉱石は初めてだ。


「……石同士をぶつけると光りますよね。もしかして、ここでうっかり落としてしまったら」
「使い物にならなくなるな」
「使っ……、この地面も全部ですかっ?」
「可愛いな」
「えっ、何がですかっ?」
「お前だ」

 真顔で言うものだから、作業員たちは聞き間違いかと互いに視線を送る。大事な客人が見学に来ると聞いていたがそれ以上は聞かされていない。暖人の青い髪を見て、親戚の子かと思っていたのだが。

「衝撃で光るのは切り離された石だけだ。それを投げ付けても鉱山には何の影響もない」
「ですか……。安心しました」

 柔らかい笑顔。丁寧に説明するオスカー。鉱山の、見学。


 もしかして、ご子息……?


 全員の意見が声なく一致した瞬間、ピリッと緊張が走る。

「すごく慎重な作業なんですね……。皆様、いつもありがとうございます」

 暖人は感謝を込めて作業員たちにぺこりと頭を下げた。すると皆、ビシッと姿勢を正して深く頭を下げる。
 威圧感と貫禄の化身のオスカー様に、これほど穏やかで愛らしいご子息が。頭を下げながらそんな事を考える。

「皆、顔を上げてくれ。あまり丁重にされるのを妻は好まない」

 オスカーの言葉に、皆顔を上げて。

「「お……奥様ですかっ!?」」

 綺麗に揃った驚愕の声が深い坑道内にこだました。
 うわんうわんと跳ね返る声。妻と紹介された愛らしい少年は、慌てたようにオスカーの袖を引っ張る。

 浮いた話がないと思ったら、オスカー様はまさか……。

「未来の妻は、成人済みだ」

 成人済み。また驚いた。

「まだ公式発表前だ。他言は控えて貰いたい」
「「承知致しました!」」

 皆良い返事をして頭を下げる。暖人に出逢って口調も言葉選びも柔らかくなったオスカーだが、威圧感だけは変わらず健在だった。


 それから酷く緊張していた作業員たちは、暖人の穏やかさと暖かい笑顔に徐々に緊張が解れていった。さすがあのオスカー様の妻になられるお方。誰もが敬意を示す。二人の仲睦まじい様子に、真実の愛か、と誰かが呟いた。

 採れた鉱石は、仕切りの付いた木箱にひとつずつ丁寧に並べられていく。石同士がぶつかれば光ってしまう為、運び出す時も慎重を要した。
 暖人は木箱に鉱石を並べる作業を体験し、大きさや形ごとの仕分け、洗浄、検品、出荷までの作業場を見学してから馬車へと戻った。







「とても勉強になりました」

 社会科見学みたいでわくわくした。まさか出荷までの作業を全て見られるなんて。
 作業員たちにお礼を言った際に貰った、会社のロゴが入ったふわふわの布袋。ひとつは手のひらサイズの、アメジストみたいに澄んだ綺麗な光鉱石が入っていた。もうひとつは、見学の最初に採掘された光鉱石。

「オスカーさん。貴重な体験をありがとうございました。今日の思い出に大事にします」

 ふたつの袋をそっと撫で、嬉しそうに微笑んだ。

「喜んで貰えたなら良かった。恋人と行くには色気のない場所で心配もしたが」
「っ……、楽しかったですよ、とっても。ただ、いきなり妻って言うからみなさんびっくりしてたじゃないですか……」
「切り札はここぞという時に出すものだろ」
「何の勝負してるんですか」

 思わずくすりと笑う。

「オスカーさんって結構いたずら好きですよね」
「……そうか?」
「執事さんにも最初俺のこと自分の子だって言って驚かせてたじゃないですか」
「そういう事もあったな」

 もう随分と昔の事のように思える。

「お前に出逢ってから、俺が人間らしいことが証明され続けるな」

 暖人の髪を撫で、頬を撫で、自然な仕草で唇を塞いだ。
 舌を触れさせると、受け入れる為に開く唇。ゆったりと互いの体温を感じる穏やかなキスをして、暖人の唇を唇で喰んでからそっと離した。


「作業員が話していた事だが」

 とろりとした黒の瞳を見つめる。

「真実の愛、だと」

 暖人も思い出す。作業員たちが、オスカー様は真実の愛を見つけられた、と囁いていた。

「真実も何も、お前しか愛した事はない」
「っ……」
「俺が愛したのは、ハルト、お前だけだ」
「です、か……」

 顔が一気に熱くなる。
 色気のない返しをしてしまった。ここは、ありがとうと言うのが正解だっただろうか。それとも、キスをして、嬉しいと言うべきだっただろうか。
 どきどきと煩い鼓動。照れずに上に乗れる関係でも、不意打ちの甘い雰囲気は心臓に悪い。

「今がここぞという時だったか」
「ぅ……何の勝負してるんですか」
「お前を惚れさせる勝負だな」

 そう言って暖人の唇を塞ぐ。

(甘い言葉より、キスの方が恥ずかしくないとか……)

 きっと真っ赤になった自分の為にキスをしてくれた。そんなオスカーに惚れるなという方が無理だ。勝負はもう、こちらの完敗だった。




 後日、馬車は暖人の許可を得て商品化された。
 裕福層向けには馬車ごと売り出され、暖人を乗せたものと同じ衝撃吸収機能が全体に施されている。
 庶民向けには車輪が。こちらは多少機能は落ちるものの、従来の馬車より遙かに快適に走行出来た。
 眠りを誘う乗り心地と書かれたポスターを見た暖人は、確かに、と自信を持って頷いたのだった。


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