後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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ある日の話:硝子の温室

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 ウィリアムから硝子の温室を贈られた日の、翌日。

 仕事へ向かうウィリアムを見送り、朝食を終えた暖人はるとは、いそいそと温室へと向かった。


「ここ全部、俺の……」

 ぐるりと見渡して、小規模とは、と改めて震える。
 この広い温室内、設計も植物もベンチも何もかも、ウィリアムが暖人の為に選び抜いたものだと聞いた。

(ここには、ウィルさんの愛が詰まってるんだな……)

 そう考えて、顔が熱くなる。愛していると囁く声や蕩けるような笑顔まで思い出してしまい、パタパタと手で顔を扇ぎながら背の高い木々を見上げた。

「……しばらくは、独り占めしたいな」

 天候に関わらずティアたちとティータイムが出来るようにと気遣ってくれたのに、この場所を、彼の愛を、独り占めしたい。そう考えて、また顔が熱くなってしまった。


 火照りが収まると歩き出し、色とりどりの花をひとつひとつ眺める。元の世界では見た事のない花もたくさん植えられていた。
 中央に向かうと、水路が現れる。さらさらと流れる水の音。そばのベンチへ座り、キラキラと光を散らす水面をぼんやりと眺めた。


(気が抜けちゃったな……)

 昨日は公爵夫人に認めて貰えて、夜会のデザートまで任された。
 夫人から参加人数の連絡が届いてから、料理人たちと当日の相談をする。それまでやる事はない。

(お父様とも仲良く出来たら、嬉しいけど……)

 ウィリアムには、父と呼ばないでいいとはっきりと言われた。
 赤の騎士団団長という肩書きだけは認めても、ウィリアム本人には関心すら向けないと聞いた。

 皆が皆、仲良くなれるわけではない。息子の幸せの為に厳しくしていた夫人とは違う。当人同士が望まないものを押し付けるのは、暖人にも良い事だとは思えなかった。

(本当にウィルさんに関心がないのかな……)

 それを知ろうとする事も、ウィリアムの過去の傷を暴く事だ。無理に踏み込んではいけない。夫人のように、いつか時が来るまでは考えないようにしよう。
 そっと息を吐き、空を見上げた。


 燦々と降り注ぐ太陽。硝子には、しっかりと紫外線対策がされているらしい。この世界でもそういう概念があるのかと驚いたものだ。

(少しくらい焼けてもいいのに)

 元の世界にいた頃より白くなった腕を見つめる。健康的な生活で、もちもちすべすべだ。

『ハルトの美しい髪や肌が痛んでは大変だからね』

 ウィリアムはそう言って、愛しげに撫でてくれた。

『シミやシワは十年後、二十年後に出てくるのですよ』

 マリアとメアリは、そう力説した。
 オスカーはもちもちと頬を揉み、髪を梳く。涼佑は頬を寄せる。皆、気持ちがいいと言ってくれる。

(大事にしよう)

 好きだと思って貰える要素なら、気を付けて大事にしよう。十年後、二十年後も、好きでいて貰えるように。



 昼食も温室で食べ、ぼんやりとして一日を過ごした。今日は本も殆ど読んでいない。ところどころに置かれたベンチやソファに座ってうつらうつらしたり、横になったり。

 夕方になり、温室の奥に進む。そこには広いベッドが置かれている。ぽふりと仰向けに寝転がり、ふわふわの羽毛布団を掛けた。

(ここはもふもふで、あっちはぽよぽよ……)

 温室内のベッドは二ヶ所。こちらは周囲が緑の木々に囲まれ落ち着く。
 もう一つは花に囲まれた場所で、ウォーターベッドが置かれていた。初めての感覚に、こちらのベッドへ来るまでに長い時間ぽよぽよしていた。


「空……、綺麗……」

 緑に縁取られた空は、まるで絵画のよう。夕陽が空を染め、硝子越しの艶やかさに感嘆の溜め息が零れた。

(赤……騎士の、ウィルさんの色)

 目を閉じると、団服のウィリアムを思い出す。凛々しくて格好良くて綺麗なその姿に、また溜め息が零れる。
 あんなにすごい人が、自分のためにこの温室を贈ってくれた。その中で過ごしていると、愛情に包まれているように暖かな気持ちになる。


「ウィルさん……、……すき」

 想いが溢れ、そっと言葉にする。
 空を見たくて目を開けると、朱と……揺れる、金色。



 ……金色?



「わっ! ウィルさんっ?」
「すまない、眠っているかと……」

 飛び起きた暖人にウィリアムも驚いた。気配を消して近付いたところに、暖人からの愛の言葉を聞いてしまった。不意打ちに、口元を手で覆ったウィリアムの目元もほんのりと染まっている。

「っ、えっとっ…………おかりなさい、ウィルさん」
「ただいま、ハルト」

 互いにぎこちなく挨拶をする。ウィリアムは少しだけ迷って、ベッドの縁に座った。乱れた黒髪をそっと直すと、それだけでじわじわと朱に染まる暖人の頬。

「ハルト。ベッドからの景色は特にこだわったのだけれど、気に入って貰えたかな」
「はい。落ち着きますし、空が緑の額に縁取られた絵画みたいで綺麗です」

 心から嬉しそうに微笑む暖人を、たまらずに抱きしめた。

「ハルトは、考え方まで綺麗だ」
「そんな……、わっ」

 愛しさが抑えきれず、そのまま押し倒してしまう。抱きしめる腕を緩め、暖人の顔の両側に手をついた。


(この体勢……)

 さらりと揺れる白金の髪。見下ろす空色の瞳。その向こうに、緑と……紫の混ざり始めた朱い空。
 空の色は、違うけれど。

(この景色……)

「森でした時を、思い出してしまう?」
「! ウィルさん、いじわるです……」

 心を読まれて、ぷいっと顔を横向けた。その頬を指先が撫で、するりと首筋へと下りる。

「んっ……だめ、です。ここでしたら、思い出しちゃう……」

 このベッドで空を見上げる度に、綺麗な金色を、熱っぽい瞳を、甘い声を……触れる、指先を。

「思い出して、ハルト」

 胸元へと下りた指が、ひとつ、ふたつとボタンを外していく。

「ここにいる時は、俺の事だけを思い出して欲しい」
「ぁ……」

 肌に触れる唇が、紅い痕をひとつ残した。下を向けば見える場所。心臓の近くに。

「……ここじゃなくても、思い出しちゃうじゃないですか」

 着替える度に、思い出してしまう。そっと痕に触れ、視線を伏せた。


「俺、朝からずっとここにいて……ずっと、ウィルさんのことを考えてました」
「っ……」
「ウィルさんの……愛が詰まったこの場所を、……ごめんなさい、しばらくは、独り占めしたいです」

 それを暖人は、わがままだと言う。こんなにも熱烈な愛の告白だというのに。

「俺の愛は全て、ハルトのものだよ」

 愛していると言葉にしても、喜びを滲ませる黒の瞳が、受け入れる為に伸ばされた手が、言葉以上に想いを伝えてくれる。

「愛している、ハルト」

 何度も言葉で、行動で、愛を伝える。それでもやはり、暖人が与えてくれる幸福には到底敵わない。







「このまま閉じ込められたら……」

 意識を飛ばしてしまった暖人の髪を、そっと指先で撫でる。
 怖いものも悲しいものもない、暖人の為に造った、暖人の為の綺麗な鳥籠。
 ここにいる間は、自分だけの……。


「ん……」

 小さな声と共に、とろりとした瞳がウィリアムを映した。

「空……」

 ゆるゆると動いた視線の先を、ウィリアムも追う。

「また一緒に、星を見れましたね」

 それは、森の中での何気ない会話。小さな約束を、覚えていてくれた。こんなにも穏やかで幸せに溢れた微笑みをたたえて……。

「星に願うよりも、暖人に願った方が叶えて貰えるね」

 願いは全て、暖人に繋がる事だから。

「俺で叶えられることなら、何でもしますよ?」
「ありがとう、ハルト。でももう叶えて貰ったよ」

 不思議そうにする暖人の頬を撫で、空を見上げる。その先を暖人も見つめ、触れる暖かな手のひらに頬を擦り寄せた。



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