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もしもの話:暖人と入れ替わったら(ウィリアム編)
しおりを挟む「俺がハルトで、ハルトが……」
「入れ替わっちゃいましたね……」
満月の日は気を付けようと思っていたはずが、時間が経って失念していた。
「……何だろう、眩しいな」
「ウィルさんです。ウィルさんがキラキラしてるんです」
「そうか、ハルトからは、俺はこう見えるのか……」
朝日を浴びて眩しい。寝起きの目には痛いほどに。暖人が何度も王子様だと言う気持ちが理解出来てしまった。
「ウィルさんからは、俺はこう見えるんですね」
今回は早々に、体と意識が馴染んだらしい。可愛い、愛しい、守りたいとウィリアムが言う気持ちが良く分かった。
それから。
「なんでしょう……俺を見てると、ご飯いっぱい食べさせたくなります……」
「そうだろう?」
「オスカーさんと入れ替わった時は、怪我しないか心配だって思ってたんですけど、ウィルさんは……ウィルさんは、俺にすくすく育って欲しいんですね……」
子供扱いどころか幼児、いや、赤ん坊扱いだった。
その事にあまりショックを受けないのは、ウィリアムの体だから。ウィリアムの庇護欲は暖人が思っている以上だった。
「これからは少し控える事にするよ。ハルトが、子供扱いより恋人扱いして欲しいと拗ねているのが分かったからね」
「気持ちが伝わるのは恥ずかしいですけど、それは分かっていただけて良かったです」
そう言うと、ウィリアムは「控えるように努力するよ」と頼りない言葉を付け足した。
「ハルトの体、か……」
ウィリアムは視線を落とし、布団の中に手を入れる。
「あの、ウィルさん、今なにしてます?」
「昨夜は無理をさせたからね。痛みが残っていないか確認を」
「してませんからっ、うわっ!」
腕を掴み布団から出そうとすると、勢い余ってウィリアムを押し倒してしまう。……暖人の体、を。
「……これは、心臓が痛いな」
押し倒され、腕をベッドに押し付けられる体勢。見下ろされ、心臓がドクドクと速度を速める。それだけでなく胸がぎゅうっとなり、叫び出したいような、逃げ出したいような。
「でもハルトは、こういうのも嫌いじゃ……」
「普通にして貰える方が好きですよっ?」
「……強引なのもたまには」
「気のせいですっ」
暖人は自分の体をそっと抱き起こし、乱れた黒髪を整える。
「あっ、無意識にっ」
「俺の体だからね」
「ウィルさん、俺に過保護すぎます……」
涼佑とオスカーと入れ替わった時もここまでではなかった。過保護のレベル、というより、種類が微妙に違う。ウィリアムのは子育てと紙一重だ。
「ハルト。君の体になったこの貴重な機会に、どうしても一つやりたい事があるのだけれど」
「何ですか?」
「自慰を、しても良いかい?」
至極真面目な顔で告げられ、暖人も真顔になる。どうしてもやりたい事が、自慰。
「最も敏感な部分だからね。普段から強く触れ過ぎていないか心配で……。触れられて嫌な部分がないかも気になっていたんだ。ハルトは、嫌な事も我慢してしまうからね」
邪な理由ではなく、ただの過保護の延長だった。申し訳ない気持ちで頷きかけて、暖人はハッとした。
「すみません、駄目です。ウィルさんにされて嫌なこともないですし……あっ、いま俺の体でするのは駄目ですけど」
「そうか……。ハルトも俺の体を好きにしてくれて構わないのだけれど」
「好き、に……」
ごくりと喉を鳴らす。
オスカーとは違うタイプの筋肉。美の部分が強いウィリアムの体を、じっくりと見てみたい。
「…………布団、取ってもいいですか」
「ああ。俺も良いかい?」
「はい。でも自慰はしないでください」
「ハルトもして良いよ」
「しないので、ウィルさんもしないでください」
駄目、絶対、と念を押してからそっと布団を捲った。
「肉体美……」
腹筋と脚の筋肉を目にした途端、ぽそりと言葉が零れる。明るい陽に照らされ陰影の出来た体は、薄暗い中で見るよりも更に彫刻のように映る。
その体の中にいるからだろうか。普段は視線を向ける事もはばかられる場所も、じっくりと鑑賞出来た。
「ウィルさんの体、憧れます」
どこを見ても美しい。男性の象徴すらも芸術作品のようだ。ベッドの上で甘い色気を溢れさせていた体と同じとは思えないほど、今はもはや神々しい。
感嘆の溜め息をつく暖人の隣で、ウィリアムもじっくりと暖人の体を鑑賞していた。
昨夜も余すところなく愛し尽くした体が、明るい中では違うもののように見える。太陽の光を弾く、健康的で艶と張りのある肌。その美しさにウィリアムも溜め息をついた。
脚の間で控えめに主張するソコも美しい。日々愛されているというのに、未だに初々しいままだ。
「わっ、駄目ですっ」
吸い寄せられるように手を伸ばすと、暖人に止められた。
「あまりの美しさに、つい……」
「美しいのはウィルさんですっ、でも俺は我慢してますっ」
「我慢? する必要はないよ」
「駄目です、触ったら最後というか、何より今は朝なので」
「そうだね。夜に、しようか」
「しませんっ」
慌てて、照れて。自分の顔だというのに、恥ずかしがる暖人が透けて見えるようだ。体に触れられないならと、腕いっぱいに暖人を抱きしめた。
「自分の体なら、遠慮なく抱きしめられるよ」
涼佑と入れ替わった時は、涼佑からの借り物の体だったから触れられなかった。だが今は、自分の体だ。思う存分抱きしめられる。
「……何だろう、抱き締め返されないのは落ち着かない……いや、寂しい気がするな」
「それは、ウィルさんがいつも先に抱きしめてくれてるからです」
暖人はウィリアムの体で、己の体を抱き返した。
「……なんでしょう、小さくて……壊れそうです」
「怖いよね。力加減を間違えたら本当に壊れてしまいそうだよ」
「そんな大袈裟なって思ってましたけど、本当だったんですね……」
壊れ物のように大切に扱われる理由を、文字通り身を持って知る。
「ウィルさんが俺をいっぱい抱きしめてくれる理由も、よく分かりました」
体温を感じるだけで、腕の中に収まっているだけで、この世の全てを手に入れたような多幸感に包まれる。出来ることならこうして一日中抱きしめていたい。
「俺も、ハルトから抱きついてくれない理由が分かったよ」
ウィリアムは目を閉じて身体の声を感じる。
「これが理由なら、嬉しいな」
背に腕を回しているだけでこんなにも幸せなのに、同時に落ち着かない。胸が痛いほどにドキドキするのだから、自ら抱きつくなど出来そうになかった。
可愛いな、とウィリアムは呟き、体が自然と逞しい胸元に擦り寄る。
暖人の体から、好きだと連呼しながら擦り寄りたい気持ちが込み上げる。でもそれは、出来るはずもなくて。
好きだから、恥ずかしい。
甘えたら、困らせるかも。
この遠慮がちな気持ちは、暖人の育った国の文化で育まれたもの。入れ替わらなければ一生知ることのなかった気持ちに、そっと目元を緩めた。
「ハルトは、胸が苦しくなるほど一生懸命に、俺の事を好きでいてくれたんだね」
「う……バレ、……はい、すごく……、好きです。大好きです」
ふと恥ずかしさが薄らぎ、「大好きですウィルさん」と素直に言葉が零れ落ちた。
「わ……ウィルさんの体だと、言わないでいる方が難しいです」
「育った国の文化の影響は、大きいものだね」
ここまでとは思わなかった。二人はしみじみと体の声を感じた。
「ウィルさん。俺、ウィルさんに抱きしめられるのも撫でられるのも、気持ちよくて大好きです。えっちの時にいっぱい触って貰えるのも好きですけど、時々は挿れてる時間ばかりの日も欲しいです。体の中からもウィルさんをたくさん感じたいので」
普段なら絶対に言えない事も、スラスラと口から出てくる。代わりに暖人の体を持つウィリアムの頬が赤く染まった。
「ハルト……。俺はこの上なく歓喜しているけれど、ハルトの体が、恥ずかしくて死にそうだと言っているよ……」
「そうなんです。俺は言えないだけで、言葉にしてる何倍もウィルさんのことが大好きなんです」
「ありがとう、ハルト。体が戻ったら、改めて君に愛を伝えるよ」
暖人の体では、言えない。ウィリアムは苦笑して、逞しい胸元に頬を擦り寄せた。
しばし抱き合ってから、シャワーを浴びようと二人は離れる。
暖人がベッドを下り、続くウィリアムはハッとしてあまりにも慎重にベッドを下りた。
「ウィルさん?」
「……恐ろしいな」
慎重にスリッパを履き、一歩踏み出す。
「床に落ちているもので怪我をしたら、足を滑らせて転んだら、家具にぶつかったら……ハルトの体を傷付けそうで、恐ろしい」
まるで全てが凶器とでも言うように慎重に動く。オスカーもやけに家具から離れて動くと思っていたら、そういう事か。
「あの、そのくらいは全然平気で……すぐ治る傷薬もありますし、怪我しても平気です」
「…………そうだったね」
そう答えながらも、絶対に傷付けまいとする強い意志は健在のようだ。
「あっ、じゃあ俺が運びますね」
「っ……」
「わっ……」
普段ウィリアムがするように横抱きにして抱えると、心配なほどに軽かった。
(体感、中型犬……)
成人した人間の男を抱えているとは思えない。暖人は自尊心を守るためにそれは口にしなかった。
ウィリアムも暖人の体でうっすらと何かを感じ、羽のように軽いだろう? とは言えずに口を噤んだ。
二人は無言でバスルームに入り、互いに背を向けてもくもくとシャワーを浴びる。シャワーを終えるとウィリアムの体が自然と暖人の体をバスタオルで包み、自分はバスローブを羽織って暖人用の服を取りに行く。
(ウィルさんが俺のお世話してくれるの、無意識だったんだな)
クローゼットを開けると体が勝手に服を吟味して手に取り、ウィリアム用に置いている服は目に付いたものをパッと取った。
(……着せたい)
脱衣所で待っている自分の体を見ると、うず、とお世話したい気持ちが込み上げる。ふわふわの子猫の毛並みを整えてあげたい気持ちと似ていた。
「ありがとう、ハルト」
「えっ、あっ、はい、どうぞ」
サッと服を渡し、暖人も手早く服を着た。
「……なんだか、涼佑の時よりウィルさんの気持ちに行動が引っ張られます」
「俺もだよ。俺とハルトは、体の相性が良いのかな」
「ウィルさん、引っ張られてないじゃないですか」
「引っ張られているよ。ハルトの体が恥ずかしいと言っているから、背を向けて着替えてしまうくらいにね」
苦笑するウィリアムの耳がほんのり赤い。暖人は自分の体だというのに、抱きしめたい気持ちが込み上げてふるふると頭を振った。
(あれは俺の体、あれは俺……)
己を取り戻そうと顔を覆って息を吐く。
三人と入れ替わり、お世話したい系過保護レベルは、ウィリアムが格段に上だと知った。
暖人は己を取り戻し、顔を上げる。
「あの、ウィルさん、お願いがあるんですけど……」
「何だい?」
「駄目だったらきちんと断ってください」
「ハルトのお願いを断る理由がないよ」
「ありがとうございます。でも、その…………騎士団の、団服を……着てみたいというお願いで……」
おず、と暖人はお願いを口にした。
「構わないよ……?」
そのくらいのお願いに、何故そこまで恐縮するのかとウィリアムは目を瞬かせる。
「ありがとうございますっ。選ばれた人しか着られない大事な服ですけど、本当にいいんでしょうか……」
「勿論だよ」
騎士に対する敬意を払う暖人に、ウィリアムはふわりと笑みを浮かべた。
暖人は、国王の王冠を被ってみたいと言っても許される地位だ。だがその地位を全く利用しようとしない暖人だからこそ、何でも叶えてあげたいと思う。
「今までも、言ってくれれば着せてあげたのに」
「俺が着ても見苦しいことにしかならないですから。ウィルさんの体で、かっこよく着てみたいんです」
「ハルトは俺を、格好良いと思ってくれているんだね」
「はいっ」
格好良くて、憧れる。ウィリアムの体の向こうに、目をキラキラとさせる暖人が透けて見えるようだった。
・
・
・
「ウィリアム様? 本日はお休みでは?」
朝食を運んできたマリアは、ぴたりと動きを止める。隣のメアリもジッと団服のウィリアムを見据えた。
「……………………ハルト様?」
「えっ、分かるんですかっ?」
「雰囲気がハルト様ですもの」
「また入れ替わられたのですね」
ふふ、と二人は微笑む。
この落ち着き。マリアとメアリは大物だ、知っていたけれど、と暖人の後ろでウィリアムはその遣り取りを見つめた。
「それに、そちらのハルト様のお顔が、大変にやけていらしたので」
「えっ」
「ああ、いけないな。ハルトは何処もかしこも素直だったね」
「ウィリアム様。ハルト様のお体でそのような発言をなさいませんよう」
笑顔で咎められ、ウィリアムは肩を竦めた。
「紛らわしいことしてすみません。騎士団の団服を着てみたくて、わがままを言いまして」
「あら可愛らし、……コホン」
「ウィリアム様の幼い頃を思い出しますね」
「体は今のウィルさんなんですけど……」
「雰囲気がハルト様ですもの」
ね、とマリアとメアリは微笑み合う。
(俺の雰囲気が子供という……)
分かっていた。マリアとメアリには、息子のようだと思われているふしがある。
拗ねた顔をしたのはウィリアムの体だが、三人にはしっかりと暖人に見えて頬を緩めた。
「入れ替わられたのですから、朝食の後は剣のお稽古をされてはいかがでしょう?」
「!」
「貴重な機会ですもの。ハルト様のお身体では出来ない事をなさるのもよろしいかと」
「お一人で馬に乗られるのも楽しいかもしれませんね」
「っ、したいですっ……」
「そうしようか。俺の体なら何をしても構わないからね」
ウィリアムは即了承した。剣も馬もその他も、大切な暖人の体だから禁止していたのだ。
「ありがとうございますっ、慎重に動きますねっ」
「ハルトは良い子だね。大丈夫だよ、剣も馬もきっと体が覚えているから。俺とハルトは他の誰よりも、体の相性が良いからね」
「ウィリアム様。ハルト様のお体で意味深な発言はおやめください」
また笑顔で咎められ、本当の事だが、と言ってマリアとメアリの冷たい視線を受けた。
朝食後に剣を握った暖人は、感動のあまり子供のように目を輝かせた。剣を構えると、ウィリアムの言う通りに体が勝手に剣を振る。
「すごい……本物の騎士団長様の団服で、本物の剣を振ってる……」
体験施設でもコスプレでもなく、博物館に展示された本物を借りているのでもない。実際に今、生活の中で使用している本物だ。
そして本物だからこそ、重みが違う。
この服で戦場を駆け、この剣で敵と戦う。命を懸けて国を守る騎士の、ウィリアムの覚悟が体から伝わってきた。
(ウィルさん……俺のことも、命懸けで……)
そっと目を閉じる。
命を賭しても守りたい。その気持ちを感じられて、良かった。
(俺も、必ずウィルさんのことを守ります)
自分のために、命を投げ出させはしない。例えどうしようもない状況になろうと、一緒に生き抜くのだと、そう言って引き留める事が出来る。想いを知る事が出来て、本当に良かった。
今感じた気持ちは、ウィリアムが言葉にしなかったもの。訪れないようにと願うその日まで、心の底にしまっていよう。
今はただ、この時間を心に刻み付けたい。頼もしいウィリアムの腕を、体を、感じながら。
(……この頼もしい腕で、俺はいつも抱きしめられてるんだ……)
腕を見つめていると、ドキドキしてくる。国を、自分を守ってくれる、頼もしくて優しい腕。
(元に戻ったら、いっぱいぎゅーってしてほしいな……)
体を包み込むほど、しっかりと。
そう考えてから、煩悩を振り払うように剣を振った。
「剣筋に迷いがあるようだが、ハルトは俺の事を考えてくれているのかな」
「剣に夢中なのかもしれませんよ」
暖人の体を心配して少し離れた位置に座るウィリアムの前、小さなテーブルの上に、マリアがケーキの乗った皿を置いた。
「それはそれで、可愛いな」
肯定しかしないウィリアムは、緩んだ顔でケーキを口に運んだ。
「っ……、ハルトの味覚だと、こんなにも美味しいのか……」
衝撃だ。
普段から食べている、ただのショートケーキだというのに。
「ハルトは生クリームが……いや、チョコレートも……」
三種類のケーキを食べ、ぶつぶつと呟く。暖人の好みを知りたいのに、何を食べても美味しい。
(あ、クリーム付いてる)
口の端に、と言葉にしたはずが。気付けばウィリアムの座る椅子の背に、手を掛けていた。
「あ……あれ……?」
間近に、自分の顔が。
口の中には、甘いクリームの……。
「っ、ハル、ト……」
ウィリアムはじわじわと口元を押さえ、ぶわっと赤くなった。
「わっ、すみませんっ」
「いや、……俺こそ、すまない……」
真っ赤になり俯く暖人の顔。慌てながらそっと己の唇に触れるウィリアムの体。
入れ替わらなければ見られなかった初々しい光景。そして、暖人からウィリアムにキスをした事実。
マリアとメアリは空気になりながら、菩薩のような微笑みでそっと二人を見守った。
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