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夜会の終わり2

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 暖人はるとが顔を上げると、すぐにウィリアムとオスカーが戻ってきた。ラスと、何故かメルヴィルまで連れて。

「お久しぶりです、ハルト殿」
「メルヴィルさん? お久しぶりです」

 ぺこりと頭を下げる。するとメルヴィルはそっと目を細め、暖人へと歩み寄った。


「ネクタイという素晴らしい文化をこの世界にお授けいただいた事への感謝を述べたく、参上致しました。このシンプルであり洗練されたデザインに、私はいたく感銘を受けたのです」

 自らの胸元に下がるネクタイを愛しげに撫で、今まで見た事のないキラキラとした笑顔を見せた。

「私はスカーフという物が心底嫌いでして。このネクタイという品は、女性物のフリルのように無駄に布を使用せず、広がらず、ゴテゴテと宝石や金銀の装飾を使用せず、かつ、首元を簡素な印象にせずにむしろ大人の優雅さを醸し出しているではありませんか……!」

 突然ヒートアップするメルヴィルに、暖人と涼佑りょうすけは揃って目を瞬かせる。オスカー相手の時だけじゃないんだ、と。

「特にこのピンという、機能的であり控えめでありつつも、纏う者のセンスと品格を如実に表す、諸刃の剣にもなりうる装飾っ……」

 宝石もなく繊細な模様が掘られただけの銀色のネクタイピンに、そっと触れる。
 確かにメルヴィルの言う通りかもしれない。雪のように静かな輝きを放つそれは、ネクタイの色にもメルヴィルの印象にも良く合っているが、身に着ける者によっては物足りない印象になりそうだ。


「こういった物を待っておりました……既に私の親族、知人、投資先の者には営業をかけ、ウィリアム団長との商談の場を設ける約束を取り付けております」
「す、すごいです……」
「来週は当家の夜会が催されますので、を連れて全身全霊で契約を勝ち取って参ります」

 あれ、と視線で示されたのはラスだ。

「俺も頑張ったんですけど、頭の堅いご年配方にはメルの方が受けが良くて」
「お前は若年層に働きかけろ」
「はいはい。適材適所で頑張りますよ」

 肩を竦めるラスと、眉間に皺を寄せるメルヴィル。二人が揃うと、他には見せない姿が見られて新鮮だ。
 仲が良いと言えばメルヴィルが激怒しそうで、暖人は心の中で頬を緩めた。

 言葉にせずとも、暖人の視線と口元だけで気付いてしまう。
 だが暖人には怒れないメルヴィルは、次は涼佑に視線を向けた。


「救世主殿」
「私の事は、どうぞリョウとお呼びください」

 涼佑は社交用のにっこりとした笑みを見せる。
 失礼しました、とメルヴィルは一つ礼をした。

「決闘の際は団長の無様な姿をお見せいただき、誠に感謝しております。あの日の事を思い出しますと、……今も万感胸に迫る思いでっ……」

 その本人後ろにいますけど、とその場の誰もが思う。ちらりと視線を向けられたオスカーは、ただ肩を竦めただけだった。

 敗北だけでなく剣を粉々に砕かれ、地に膝をつくオスカーの姿を思い出したメルヴィルは、高揚感に頬を染める。……膝を付いた部分はメルヴィルの妄想だが。

 上機嫌のメルヴィルに、その場で涼佑だけはある疑問を抱いた。ここまで執着しているという事は、もしかして。

「不躾ながら……メルヴィル殿は、団長殿に恋愛感情があられるので?」
「は?」
「失礼。思い違いでしたね」

 何を馬鹿な事を、とはっきりと書いた顔をされ、涼佑は苦笑する。


「いえ、こちらこそ失礼しました。私は恋愛という物に一切興味がなく、それも団長に懸想しているなどと思われるのは大層心外であり激しく遺憾であり憤りが……ああ、リョウ殿にではなく、そう思われた原因であろう私自身の言動に対しての憤りですので」

 つらつらと述べるその表情は、全くの無だ。

「嫌いなのですか?」
「嫌いではありませんが、憎くはあります」
「憎い、ですか」

 さらりと返る言葉に、やはり涼佑だけが首を傾げる。

「あのように常に不遜で何にも動じない様で全てを完璧にこなされると、無様を晒せと願ってしまうのですよ」
「……そうですね、少し分かります」

 涼佑はにっこりと笑った。
 ツンデレだ。その単語一つで納得してしまう。
 いや、これはデレツンだろうか。とにかくその属性の人だ、と理解するともう笑顔しか出なかった。


 その笑顔をメルヴィルは理解出来ず、誤解する。

「もしや、ハルト殿にご不安を与えていたのですか?」
「え? いえ、俺は別に何も」

 突然視線を向けられ、暖人はふるふると首を横に振った。

「どうぞご安心ください。例え救世主殿のお力で恋に落ちる奇跡を与えられたとて、団長相手だけは決して何も起こり得ませんので」

 キリッと副団長らしい頼もしい顔でそう言い切る。

「団長とラスだけは決してありません」

 ハッとして追加した。

「えー、俺はメルの事好きだけど?」
「やめろ」
「安心していいですよ、ハルト君。メルのは恋愛感情じゃなく、尊敬と憧憬ですから」
「違うっ」
「わー、怖いですね。近付いちゃ駄目ですよ、ハルト君」

 暖人の肩を抱き寄せると、素早く涼佑が取り返した。
 するといつの間にか隣にいたオスカーが、当然のように暖人の腰を抱く。

「そんな心配をしてたのか。可愛いな、お前は」
「いえ、俺は別に」
「嫉妬はいいな」
「そうだね、俺も嫉妬されたいよ。ハルトを傷付けない嫉妬ならね」

 小さな子供のように二人に撫で回され、頬をつつかれる。これは、会話を利用して撫で回したいだけだ。


 暖人はするりと抜け出し、メルヴィルの後ろに逃げ込んだ。

「ハルト殿?」
「大人扱いしてくれるのはメルヴィルさんだけです」

 拗ねた顔をする暖人に、メルヴィルは戸惑う。

「申し訳ありません……私も今、ハルト殿に年相応の対応をした方が良いのだろうかと迷っていたところで」

 ん? と暖人は目を瞬かせる。
 年相応?

「……あの、メルヴィルさん。俺と涼佑は、一応同い年なんですけど……」

 この世界では年上になっている事は、説明が長くなる為省略した。
 メルヴィルは動きを止め、暖人と涼佑を交互に見る。何度も見遣り、最後はまじまじと暖人を見つめて。

「……………………同じ、で……?」
「はい」
「リョウ殿と……」
「同じです」

 きっぱりと言い切ると、メルヴィルはそっと視線を遠くに向けた。


「ああ……そうでした……ハルト殿は成人済みで……いえ、忘れていた訳ではありませんよ。少々失念しておりましたが」

(それを忘れてたって言うんじゃ……)

「もうすぐ十九歳です」
「十九、ええ、存じております。……うちの団室を訪れた時に仰っていたような……?」

 最後は小さな小さな呟き。
 オスカーの執務室で膝の上に乗せられていた暖人を見た時から、小さな子供のイメージが脳裏に染み着いてしまっていた。
 何せ成人済みの男は、あれほど愛らしく他人の膝には乗らない。

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