156 / 180
夜会の終わり
しおりを挟む「一通り学べたかしら?」
「お母様っ」
夜会が終わりウィリアムたちを待っていると、公爵夫人が部屋を訪れた。
「ラスさんが色々と説明してくださって、これから何をどう勉強すればいいかも学べました。貴重な場を用意していただき、ありがとうございました」
深々と頭を下げると、夫人は満足げに口の端を上げる。
「次の夜会も同じ場を用意するわ。しっかり学ぶのよ」
「ありがとうございます」
また本物の夜会を見られる。暖人はパッと顔を輝かせた。
そこで、夫人の視線は、暖人の背後で様子を窺っている人物へと向けられる。
「ところで、そちらの方は?」
招待した覚えのない人物だが、ウィリアムのところの使用人にしてはやけに雰囲気がある。
その彼は夫人に微笑みを向け、口を開いた。
「暖人と同じ世界から来ました、涼佑と申します」
ゆったりとした口調で紡ぎ、上位貴族顔負けの優雅な仕草で一礼する。
「同じ、世界……? 救世主様が、お二人……?」
「公爵夫人。僕も暖人と同じ平民ですので、どうぞ同じように接していただければと」
「平民……? 貴族ではないのですか?」
「はい」
にっこりと笑みを浮かべると、夫人はまだ信じられない顔をした。
(涼佑がますます王侯貴族に……)
先程会場の様子を見ただけで、更にレベルを上げてきた。日本でも生まれる家が家なら、演技派のハリウッドスターになっていたかもしれない。本気でそう思ってしまう。
「髪も瞳も漆黒ではないのですね……」
「元の世界では、こういった色の人間も大勢いますので。もしかしたら気付かれなかっただけで、救世主はもっとたくさん訪れているのかもしれませんね」
爽やかに笑う涼佑に、夫人は徐々に納得する。
その様子を、暖人は複雑な思いで見つめていた。
(どうしてマリアさんもメアリさんもお母様も、涼佑だけ大人扱い……)
何なら自分は子供どころか、愛嬌のある犬だ。
拗ねた顔をする暖人に気付き、涼佑はくすりと笑った。
「はる。そんな顔しないで」
「分かってるけど……分かってるけどね……」
ぽそぽそと拗ねた声を出す暖人に、夫人は目を丸くする。ウィリアム相手にも見せた事のない顔だからだ。
「失礼ですが、どういったご関係で?」
「暖人とは元の世界にいた頃から……生まれた頃から、恋人です」
腰を抱き寄せると、夫人は息を呑んだ。
「っ……、ハルトさんっ」
「はっ、はいっ」
「あなた、なんてこと……」
「あのっ、すみません、涼佑のことを隠していたわけでは」
「そんな事はいいのよっ」
そんな事、と今度は暖人が目を丸くした。
だがそんな事で済まないほど、夫人の肩は震えている。何が悪かったのだろうと不安に思っていると。
「あなたっ……いずれ子を産む事になるのよっ? それなのに男性三人だなんて、正気なのっ?」
夫人らしからぬ荒げた声に、暖人はびくりと震えた。声に驚いただけで、頭の中は疑問符が大量に浮かんでいる。
「こういった俗物的な話はしたくないけれど、男性同士で子を成す方法を知らないのかしら?」
「いえ、……知ってます」
「分かっていて三人ですって!?」
「公爵夫人、ご心配いただき恐縮ですが」
涼佑がそっと夫人を宥める。その冷静な笑顔に、夫人もスッ……と落ち着きを取り戻した。
「男性同士はまず体の変化に七日と記憶しておりますが、僕も団長方も、三日で成せると確信しております」
「っ……、三日、ですって……?」
「ですので、逆に成さずにいる事に細心の注意を払って過ごしているのです」
(涼佑、詐欺師にもなれる……)
失礼だが、本気でそう思ってしまう。
少し困ったように笑う表情も、声のトーンも、全ての説得力が有りすぎる。
(……言ってることは本当だった)
うっかり詐欺と思ってしまったが、ただ事実を話していた。事実なのにどうして詐欺師に見えるのだろう。
そんな心中は涼佑に伝わってしまい、帰ったらお仕置きだよ、と言わんばかりにグッと腰を引き寄せられてしまった。
しばし唖然としていた夫人は、ゆっくりと暖人へと視線を向ける。
「…………ハルトさん」
「はい……」
「若さ、かしら……」
崩れ落ちるように口元を押さえ項垂れた。
「…………体力作り、頑張ってますので……」
特効薬の栄養剤があるとは言えず、暖人は視線を落とし、小さく小さく呟いた。
「あなたも大変なのね……」
「いえ、その……」
「救世主様ですもの……その気になれば一日でも成せる奇跡が……」
そう言ったところで、思い直す。
「大変なのはその時ではなく、今だったわね……」
三日で、と確信する程の三人相手に、細心の注意をしなければならない程に愛されているということ。それは相当だ。
暖人の様子を見る限り、全面的に乗り気には見えなかった。
「本当に嫌な時ははっきり断るのよ? 自分を大事になさい」
「ありがとうございます……。……でも俺も、愛されてるなと思うと、嬉しいので……」
「流されては駄目よ。主導権は常にあなたが握りなさい。体格と体力の違いもあるでしょう? 負担を強いられるのは受け入れる側なのだから、愛の言葉より自分の体を一番に考えなさい」
ガシッと肩を掴まれ、力説される。
恥ずかしいやら申し訳ないやらではっきりしない声になってしまったのが悪かった。これでは三人が悪者になってしまう。
「お母様。俺のことを心配していただいて、ありがとうございます」
暖人は柔らかな笑顔を浮かべた。
「でも、大丈夫です。みなさん俺のことを一番に考えて大事にしてくださいますし、俺が本当に嫌がってないかを何度も確かめてくださるので」
「……それは、本当かしら?」
「はい。俺からお願いしないと先に進んでくれない時もあるくらいで」
それは焦らされてる時だけど、とは言えない。
涼佑は気付いて、今後は少し控えようと考えた。
夫人は勿論気付くはずもなく、少しだけ安堵した。
「それなら良いのだけれど……。つらい時は我慢せずに私を訪ねていらっしゃいね。この屋敷なら安全よ」
「お気遣いありがとうございます」
これ以上は何も言わず、ただ笑顔で礼を述べる。
無理強いはされていないが体力的につらい時はあるのだろうと、夫人がそう解釈したところで、話を終わらせた。
「こんな話を聞かれたらウィリアムの機嫌を損ねてしまうわね」
夫人はくすりと笑う。
「ああ、そうだわ。コハクトウ、とても評判が良かったわ。ありがとうハルトさん。またお会いしましょうね」
「はい。今日はありがとうございました」
深々と頭を下げる暖人に、夫人は笑みを零し、部屋を後にした。
「はる、度胸がついたね」
「ありがとう。涼佑の真似してたら強くなれたみたい」
「それは光栄だけど、僕の真似って?」
「悪い意味じゃないよ?」
「そっか。詐欺師っぽい真似かと思ったよ」
「……やっぱりバレてた」
「はるが考えてる事は大体分かるからね」
にっこりとした笑顔を向けられ、涼佑に向かっても深々と頭を下げたのだった
15
お気に入りに追加
939
あなたにおすすめの小説
ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない
月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。
人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。
2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事)
。
誰も俺に気付いてはくれない。そう。
2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。
もう、全部どうでもよく感じた。
ある日、人気俳優の弟になりました。2
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。
平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
迷子の僕の異世界生活
クローナ
BL
高校を卒業と同時に長年暮らした養護施設を出て働き始めて半年。18歳の桜木冬夜は休日に買い物に出たはずなのに突然異世界へ迷い込んでしまった。
通りかかった子供に助けられついていった先は人手不足の宿屋で、衣食住を求め臨時で働く事になった。
その宿屋で出逢ったのは冒険者のクラウス。
冒険者を辞めて騎士に復帰すると言うクラウスに誘われ仕事を求め一緒に王都へ向かい今度は馴染み深い孤児院で働く事に。
神様からの啓示もなく、なぜ自分が迷い込んだのか理由もわからないまま周りの人に助けられながら異世界で幸せになるお話です。
2022,04,02 第二部を始めることに加え読みやすくなればと第一部に章を追加しました。
宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている
飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話
アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。
無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。
ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。
朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。
連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。
※6/20追記。
少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。
今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。
1話目はちょっと暗めですが………。
宜しかったらお付き合い下さいませ。
多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。
ストックが切れるまで、毎日更新予定です。
美少年に転生したらヤンデレ婚約者が出来ました
SEKISUI
BL
ブラック企業に勤めていたOLが寝てそのまま永眠したら美少年に転生していた
見た目は勝ち組
中身は社畜
斜めな思考の持ち主
なのでもう働くのは嫌なので怠惰に生きようと思う
そんな主人公はやばい公爵令息に目を付けられて翻弄される
【完結】最強公爵様に拾われた孤児、俺
福の島
BL
ゴリゴリに前世の記憶がある少年シオンは戸惑う。
目の前にいる男が、この世界最強の公爵様であり、ましてやシオンを養子にしたいとまで言ったのだから。
でも…まぁ…いっか…ご飯美味しいし、風呂は暖かい…
……あれ…?
…やばい…俺めちゃくちゃ公爵様が好きだ…
前置きが長いですがすぐくっつくのでシリアスのシの字もありません。
1万2000字前後です。
攻めのキャラがブレるし若干変態です。
無表情系クール最強公爵様×のんき転生主人公(無自覚美形)
おまけ完結済み
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる