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夜会2

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「ウィル。ハルトは……」

 扉を開けたオスカーは、同じように暖人はるとを見て固まった。
 二人が今にもキスしそうだったから、というのもあるが。

「……似合うな」

 ぽつりと呟く。

「そうか、お前は裸が一番……」
「それ、ウィルさんにも言われました……」

 ウィリアムの時同様、黒の燕尾服姿のオスカーに見惚れていた暖人は、今回ばかりは先に我に返った。
 二人して裸が一番良いなど、これは次にするプレイのフラグでは。

「裸の次に似合うな」
「色々と台無しですけど」
「これでも褒めているが?」
「褒められてる気がしないので駄目ですね」
「オスカー。突然現れてハルトを奪わないでくれ」

 ウィリアムは暖人を腕の中に隠した。だがオスカーはニヤリと笑う。


「ハルト。を呼んでくれ」
「オスカーさん?」
「そうじゃないだろ?」
「…………あっ、今は駄目ですっ」

 気付いた暖人は慌てる。だが、その反応が良くなかった。

「ハルト……まさか、オスカーのミドルネームを……?」

 ウィリアムの声が震える。抱き締める腕も震え、傷付けてしまったかと暖人は顔を青くする。……が。

「俺のミドルネームは、フィグだよ。君の世界の果物の名だ。さあ、呼んでくれ」

 くるりと暖人の体を反転させると、肩をしっかりと掴み、真っ直ぐに黒の瞳を見つめた。

「あ、あの……」
「ハルト」

 期待に満ちた瞳。傷付いた様子はなく、暖人は安堵した。
 ウィリアムとしては、最初に呼んで貰えなかった事はショックだが、呼んで欲しいと言い続けなかった自分が悪いと思っている。
 それなら、オスカーよりもっとたくさん呼んで貰う方に期待したい。


 揺るぎない空色の瞳に、暖人は唇を震わせる。

(ウィルさんが嬉しいなら、俺だって呼びたい、けど……)

「…………大事な名前なので、二人きりの時に呼びたい、です……」

 そっと視線を伏せ、ウィリアムの腕をぎゅっと握った。

「…………ハルト、今すぐ君を抱きたい」
「わっ! 駄目ですよっ」

 抱き上げられ、暖人は慌てる。

「夜会はっ」
「そんなものより、今は君を愛し尽くしたい」
「っ……でもっ」
「俺の名を大切にしてくれたハルトを、今から大切にしたいんだ」

 甘く蕩けるような笑みを向けられ、口を噤んだ。
 いつもなら、この笑顔に絆されてしまう。だが今日は……。


「おい、ウィル。この夜会はハルトにとって、貴族社会を学ぶ初めての場だと聞いたが?」

 淡々とした声に、ウィリアムはぴたりと脚を止めた。

「お前の母親がハルトの為に用意した場だろ。姿をくらまして謝罪をするのも信用を失くすのもこいつだ」

 事情は既に聞いている。あのフィオーレ公爵夫人の信頼を得られたというのに、何を血迷っているのか。オスカーはわざと深く溜め息をついた。

「……オスカー」
「ああ」
「……君がいてくれて良かった」

 そっと暖人を下ろし、少し乱れてしまった柔らかな髪や服を整える。

「最近ますます自制が利かなくなってきているんだ……」
「今のに関しては俺より利いてる。俺だったらここで脱がせてるところだ」
「そうか……。部屋まで待とうとした俺の方がまだ……」

「しっかり止められなかった俺も悪かったですけど、先に煽ったのはオスカーさんですよ。ウィルさんは理性頑張ってください」
「何故俺は怒られてウィルは励まされる」
「え、いえ、一応どっちも怒ったつもりですけど」
「俺も怒られていたのか。ハルトは怒り方まで愛らしいね」

 不服、という顔をするオスカーと、キラキラと輝く笑顔のウィリアム。
 ふと気付けば、もう夜会は始まっている時間だ。


「……お二人とも、かっこよくて見惚れてたのに……」

 残念です、と言わんばかりに視線を逸らした。ついでに小さく溜め息もつく。
 すると二人はピンと背筋を伸ばし、今までの緩んだ顔が嘘のように引き締まった。

「さあ、ハルト。行こうか」

 ウィリアムは暖人の手を取り、全てを魅了する美しい笑みを見せる。

「何かあれば俺を呼べ。すぐに駆け付ける」

 オスカーも暖人の手を取り、指先に口付けた。

(これはこれで、心臓に悪い……)

 二人の本気を一身に受けとめ、心臓がぎゅうっとなるのを感じる。顔も熱い。絶対真っ赤になっている。
 人払いされた廊下の灯りが薄暗いのが、救いだった。


「オスカー。ネクタイの事、しっかり宣伝してくれよ」
「ああ、分かってる」
「頼んだよ」

 二人はそんな会話を交わす。

 元々スカーフは上流階級の文化だ。スカーフの代わりにネクタイが根付けば、販売業者が収益を落とさずそちらへ移行出来るよう、上質な品に仕上げている。

 元の世界で言う特許も既に取っているが、それは暖人の世界の文化を大切にしたいから。
 粗悪な模倣品が出ないよう、しっかり取り締まり、販売権を求める者には製作方法から結び方まで職人にきっちりと教え込む。合格するまで販売は許さない予定だ。

 ただ、販売権は比較的低めに設定する。何より根付いて欲しいからだ。そしてその収益の一部は、デザイン料として暖人に渡すつもりだ。
 だからこそオスカーも、苦手な夜会に出る事を決めた。
 ウィリアムの店のものだと宣伝して、粗悪品を許さず、暖人の為にもなる。それなら完璧にやり遂げようと気合いは充分だった。


 全てはハルトの為に――。


 そんな事を思っているとは知らない暖人は、俺の世界のこと大事にしてくれて嬉しいな、と素直に感動する。
 ……後に暖人の私財が大幅に増えるとも知らずに。


「……今のかっこいいお二人も大好きですし、緩んだ顔のお二人のことも、大好きですよ」

 二人の手をぎゅっと握ると、両サイドから同時にキスをされた。ウィリアムは頬に、オスカーは髪に。
 個性だな、と思いながらも絆されそうな暖人は、二人の手を引き廊下を足早に進んだ。

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