後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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母上、再々来3

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「母上とは、これからも一生和解する事はないと思っておりました。ですが……ハルトのおかげで、向き合う覚悟が出来ました」

 ウィリアムはそっと微笑む。

「母上。幼い頃よりの叱咤激励は、私の為だったのでしょうか」

 もし否定されたとしても、それを受け入れよう。
 ずっと訊けなかった事。ずっと、怯えてきた事。それを今、きちんと受け止めたい。


 夫人は口を開き、一度閉ざした。
 そして。

「……兄上に比べ、私の産んだ子は情けないと思っていた事は本心よ。それでも、私の子だもの。あなたが嫌いで当たっていた訳ではないわ」

 そう言って、視線を落とす。

「貴族として立派な人間になり、それ相応の家の令嬢を娶って、子を成す事があなたの幸せだと……その道へと導くのが母である私の役目だと思っていたの。それが貴族としての幸せだと、今でもその考えは変わらないわ」

 そっと視線を上げた夫人は、今まで見た事のない、困った顔をしていた。

「でも、何故かしらね。私の求めていた結婚相手とは全く違うのに、私の望んでいた公爵令息としての平穏な日々は訪れそうにないのに、……その子なら、……いえ、その子でなければ、あなたは幸せになれないと思ってしまったわ」
「母上……」

 死ぬ事と別れる事以外なら何でも出来ると、躊躇いなくそう言った目の前の子供が、一瞬恐ろしいとすら思えた。
 それ程までに想ってくれる相手が、自分の望む貴族の家門にいるだろうか。
 屋敷に戻りそう考えた時にはもう、答えは出ていたのだ。

 この部屋を見せたのは、未だ諦めきれなかった自分を納得させる為。それには充分過ぎる程の答えを返してくれた。
 見た目の幼さに反して、大きな器を持つ子。夫人は扇子で口元を隠し、そっと笑みを零した。


「ハルトさん。あなたの拙い口では呼び辛そうですし、母と呼ぶ事を許します」
「! ありがとうございます、お母様っ」
「本当に、犬みたいね」
「犬」
「私、愛嬌のある犬は好きなの。もね」

 暖人はるとはぴくりと反応する。
 犬と呼ばれた事ではなく、まさか……、と。

「……それは」
「前回訪れた時、帰りの馬車で気付いたのよ。あなたが、別世界の料理の話をした時の、ね」

 まさか、と暖人はダラダラと冷や汗を流す。
 まさかではない。気付かれていた。
 肝が据わっているとは、夫人を騙した時の事だ。

「察しも良いのね。それに、度胸もあるじゃない」
「あの……」
「まあ、そのくらいでないと、ウィリアムの隣に立つには相応しくないわ」
「! お母様っ」
「……あなたのそれは、狙ってやっているのではなかったのね」

 犬のようにブンブンと尻尾を振る幻覚が見える。この子供らしい無邪気なところは、計算ではなかったらしい。
 本当に愛嬌のある子、と声には出さず小さく笑った。


「ハルトと母上が仲良く……母上が……私たちの事をお認めにっ……」
「泣かないの。まったく、昔から変わらないわね」

 うっ、と目頭を押さえるウィリアムに、呆れたように息を吐く。口元だけは、弧を描いたまま。

 めそめそとするウィリアムの背を、暖人が優しく撫でる。
 ふと……あの頃からこの子供が傍にいたなら、ウィリアムも自信を持てたのだろうか、と想像する。傷ついて泣く事もなく、今のように笑って。

「……私も年を取ったのかしら」

 目の前の光景に、目の奥が痛むなど。夫人は一度視線を伏せてから、真っ直ぐに二人を見つめた。

「二つの公爵家と、赤と青の騎士団を率いる者。それに、救世主様。この縁を繋ぐに当たって、承認を得るのは難しいでしょうけど……フィオーレ家も、家門としてあなた達の味方になるわ」
「母上……」
「お母様……」
「そんな顔をされたら、こちらも頑張らない訳にはいかないわね」

 二人しておねだりをする犬のように見つめてくる。夫人はくすりと笑った。

「……と言っても、申請は数年後でしょうけど」

 まだ恋人の時間を楽しみたい、と二人の顔にも書いてある。賢いくせに分かりやすく訴えてくる子たちだ。


「では、私は帰るわ。ハルトさん」
「はい」
「ウィリアムの事、お願いね」
「っ……、はいっ」

 じわっと瞳を潤ませる暖人の髪をそっと撫で、驚いて瞬く漆黒の瞳を見つめる。
 見た目より随分と柔らかい髪。様々な表情を見せる瞳。奇跡を起こす伝説の救世主も、その中身は、どこにでもいる普通の子供と同じだ。

「ウィリアム」
「はい」
「大事にしてあげるのよ。……私に言われるまでもないでしょうけれど」

 夫人が手を離すと、ウィリアムは取り返すように暖人の肩をしっかりと抱く。その様子に、夫人はくすりと笑った。

 ウィリアムとこんなにも穏やかに話せる日が来るとは、想像もしていなかった。

 もし救世主でなくとも、彼が彼ならば、いつかはこうして認めていたのだろう。
 そう考えた自分に、清々しいような、暖かいような、不思議な気持ちになった。

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