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ミドルネーム
しおりを挟む執務室でお茶でもと誘いたかったが、今はオスカーの番だ。
暖人をオスカーの執務室へと送り届け、一通り説明すると、ウィリアムはそのまま部屋を出た。
本当は馬車まで送りたかった。だが、赤と青が揃って暖人を囲めば、高貴な身分の者だろうか罪人だろうかと噂になる。
後ろ髪を引かれながら部屋を出る前に、暖人を抱き締めて大概長いキスはした。それくらいは許して欲しい。
と、ウィリアムが思っているだろう事はオスカーには分かっている。肩を竦めただけで、特に何も言わなかった。屋敷に戻ったら三倍は長いキスをしようと決めはしたが。
そんな事とは知らない暖人は、馬車に乗り込みオスカーの向かいに座る。そして、両手で顔を覆って項垂れた。
「どうした?」
「……う」
「う?」
「う、うぅ~~……」
暖人は唸る。
緊張の糸が、ぷつりと切れた。
王子と初めて顔を合わせた時も、ウィリアムを待っている間も、敵意を浴びながら、平然とした顔を作り続けた。
王子を刺激しないように、動じない奴だと思われるように、顔を上げて背筋を伸ばして。
最終的には、この男なら嘘は言わないかもしれないと思わせたかった。本当にウィリアムの婚約者なのだと。
……そのウィリアムが来てくれなければ、正直、説得出来たか分からない。
結局自分一人では何も出来なかった。浄化の力がなければ、こんなにも無力だ。
唸る暖人の隣にオスカーは腰を下ろし、肩を抱く。
「頑張ったな」
「っ……」
ポンと頭を撫でられ、暖人はじわじわと手を膝の上に下ろした。
「でも俺、ウィルさんが来てくれなかったら、説得出来てなかったかもしれません……」
「ウィルは、お前が王族並みの優雅な笑みと凛とした雰囲気を崩さず、それが王子の信頼を得たと言っていた」
「……ウィルさんは、優しいから」
「ウィルがどうでも、殿下はお前の人柄を認めて、ティアとは何もないと信じたんだ。それは確実にお前の手柄だ」
「っ……」
「よくやったな。偉いぞ」
優しく髪を撫でる手。その手に引き寄せられるように、オスカーに抱きつく。
背に腕を回し、胸に頬を寄せて、トクトクと力強く脈打つ鼓動を感じた。
(好きだな……)
頑張ったと、良くやったと褒めてくれる。
その声も、心地の良い手のひらも、この暖かさも、全てが好きだ。
「…………ロータス、さん……」
込み上げる気持ちを声にしたら、するりと言葉は零れ落ちた。
「っ……、……今か」
「すみません……、呼びたいなと思って……」
「そうか」
思いの外、素っ気ない声。
オスカーは暖人を抱き締め、あー、だとか、その、だとか、オスカーらしくなく躊躇う様子を見せた。
そして。
「……嬉しくて、舞い上がりそうだ」
ぽつりと呟き、暖人の髪に頬を擦り寄せた。
(か、可愛い……)
今までで一番、可愛い。
その顔を見たくて、でも、ぐりぐりと頬擦りするままにもさせたくて、結局暖人はそのままぬくもりを堪能する事にした。
(昨日は絶対言えないと思ってたのに……)
「ロータスさん、好きですよ」
今は心の内側から溢れ出す。
「……何故お前にはミドルネームがないんだ」
痛いくらいに抱き締められながら、そんな不服を零すオスカーにくすりと笑った。
「いつでもいっぱい呼んで貰えるように、でしょうか」
二人きりじゃなくても、いつでも呼んで貰えるように。
「でも、あまり呼んでくれないから、俺もミドルネームみたいにドキドキしますよ?」
そう言うと、オスカーはぴたりと動きを止める。
「……ハルト」
「はい」
「ハルト。……愛している」
「俺も、愛…………好きですよ」
「そこは言わないのか」
「まだ無理でした……」
ぎゅっとオスカーの服を掴むと、そっと体が離された。
「ハルト。顔を見て、呼んでくれ」
「っ……」
「ハルト」
優しく髪を撫でる手のひら。穏やかに弧を描く唇。真っ直ぐに見つめる金の瞳は、吸い込まれる程に美しい。
「……ロータスさん。好き、です」
言葉はすぐに零れた。
もう一度呼んだ声は、重ねられた唇の先へ。
このまま心まで届くのかな、と思うと嬉しくて、少しくすぐったい。
(好きだな……)
甘く触れる唇も、力強い腕も、……この人に、全てを委ねてしまいたくなる。
熱い舌が触れ、甘く痺れる思考。
「ここでは、……駄目か」
「駄目ですね……お屋敷まで、んぅっ」
「着くまで触れさせてくれ」
「んっ、ぁ……はい」
着くまで触れていたい。それは暖人も同じ。
揺れる馬車の中で抱き合い、唇を重ね続ける。
屋敷に戻ってからは、今までにないくらい甘く蕩けるように抱かれ、とろとろになった思考で何度も名を呼び朝が来るまで求めあった。
そして滞在中、やはりほぼ毎日致してしまい、お互いに次は健全に過ごそうと思ったのだった。
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