後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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ミドルネーム

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 執務室でお茶でもと誘いたかったが、今はオスカーの番だ。
 暖人はるとをオスカーの執務室へと送り届け、一通り説明すると、ウィリアムはそのまま部屋を出た。

 本当は馬車まで送りたかった。だが、赤と青が揃って暖人を囲めば、高貴な身分の者だろうか罪人だろうかと噂になる。
 後ろ髪を引かれながら部屋を出る前に、暖人を抱き締めて大概長いキスはした。それくらいは許して欲しい。

 と、ウィリアムが思っているだろう事はオスカーには分かっている。肩を竦めただけで、特に何も言わなかった。屋敷に戻ったら三倍は長いキスをしようと決めはしたが。


 そんな事とは知らない暖人は、馬車に乗り込みオスカーの向かいに座る。そして、両手で顔を覆って項垂れた。

「どうした?」
「……う」
「う?」
「う、うぅ~~……」

 暖人は唸る。
 緊張の糸が、ぷつりと切れた。

 王子と初めて顔を合わせた時も、ウィリアムを待っている間も、敵意を浴びながら、平然とした顔を作り続けた。
 王子を刺激しないように、動じない奴だと思われるように、顔を上げて背筋を伸ばして。

 最終的には、この男なら嘘は言わないかもしれないと思わせたかった。本当にウィリアムの婚約者なのだと。
 ……そのウィリアムが来てくれなければ、正直、説得出来たか分からない。
 結局自分一人では何も出来なかった。浄化の力がなければ、こんなにも無力だ。

 唸る暖人の隣にオスカーは腰を下ろし、肩を抱く。


「頑張ったな」
「っ……」

 ポンと頭を撫でられ、暖人はじわじわと手を膝の上に下ろした。

「でも俺、ウィルさんが来てくれなかったら、説得出来てなかったかもしれません……」
「ウィルは、お前が王族並みの優雅な笑みと凛とした雰囲気を崩さず、それが王子の信頼を得たと言っていた」
「……ウィルさんは、優しいから」
「ウィルがどうでも、殿下はお前の人柄を認めて、ティアとは何もないと信じたんだ。それは確実にお前の手柄だ」
「っ……」
「よくやったな。偉いぞ」

 優しく髪を撫でる手。その手に引き寄せられるように、オスカーに抱きつく。
 背に腕を回し、胸に頬を寄せて、トクトクと力強く脈打つ鼓動を感じた。


(好きだな……)

 頑張ったと、良くやったと褒めてくれる。
 その声も、心地の良い手のひらも、この暖かさも、全てが好きだ。

「…………ロータス、さん……」

 込み上げる気持ちを声にしたら、するりと言葉は零れ落ちた。

「っ……、……今か」
「すみません……、呼びたいなと思って……」
「そうか」

 思いの外、素っ気ない声。
 オスカーは暖人を抱き締め、あー、だとか、その、だとか、オスカーらしくなく躊躇う様子を見せた。
 そして。

「……嬉しくて、舞い上がりそうだ」

 ぽつりと呟き、暖人の髪に頬を擦り寄せた。

(か、可愛い……)

 今までで一番、可愛い。
 その顔を見たくて、でも、ぐりぐりと頬擦りするままにもさせたくて、結局暖人はそのままぬくもりを堪能する事にした。


(昨日は絶対言えないと思ってたのに……)

「ロータスさん、好きですよ」

 今は心の内側から溢れ出す。

「……何故お前にはミドルネームがないんだ」

 痛いくらいに抱き締められながら、そんな不服を零すオスカーにくすりと笑った。

「いつでもいっぱい呼んで貰えるように、でしょうか」

 二人きりじゃなくても、いつでも呼んで貰えるように。

「でも、あまり呼んでくれないから、俺もミドルネームみたいにドキドキしますよ?」

 そう言うと、オスカーはぴたりと動きを止める。

「……ハルト」
「はい」
「ハルト。……愛している」
「俺も、愛…………好きですよ」
「そこは言わないのか」
「まだ無理でした……」

 ぎゅっとオスカーの服を掴むと、そっと体が離された。


「ハルト。顔を見て、呼んでくれ」
「っ……」
「ハルト」

 優しく髪を撫でる手のひら。穏やかに弧を描く唇。真っ直ぐに見つめる金の瞳は、吸い込まれる程に美しい。

「……ロータスさん。好き、です」

 言葉はすぐに零れた。
 もう一度呼んだ声は、重ねられた唇の先へ。
 このまま心まで届くのかな、と思うと嬉しくて、少しくすぐったい。

(好きだな……)

 甘く触れる唇も、力強い腕も、……この人に、全てを委ねてしまいたくなる。
 熱い舌が触れ、甘く痺れる思考。

「ここでは、……駄目か」
「駄目ですね……お屋敷まで、んぅっ」
「着くまで触れさせてくれ」
「んっ、ぁ……はい」

 着くまで触れていたい。それは暖人も同じ。
 揺れる馬車の中で抱き合い、唇を重ね続ける。


 屋敷に戻ってからは、今までにないくらい甘く蕩けるように抱かれ、とろとろになった思考で何度も名を呼び朝が来るまで求めあった。
 そして滞在中、やはりほぼ毎日致してしまい、お互いに次は健全に過ごそうと思ったのだった。

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