142 / 180
第二王子2
しおりを挟む「お会いしない間に、殿下は随分と王族らしくなられましたね?」
「っ……、そ、そう、か……?」
ウィリアムのゆったりとした声に、王子は視線を逸らし、ダラダラと冷や汗を流し始めた。
「フィオーレ家の別宅にご滞在されていた頃とは、まるで別人のようにご立派になられて」
「そう、だろう……か?」
「あの頃は私の事を避けておいででしたので、こうしてゆっくりお話が出来て、大変光栄です」
「っ……」
「今回の事は多少誤解があったようで……。ですが、幼い頃から婚約者として妹と過ごされた殿下でしたら、妹は私と違い一途で献身的な性格だとご存じでいらっしゃるので、私は心配などしておりませんでしたよ」
「っ……!」
つまり、こう言っている。
配慮が足りなかったのは妹の落ち度とはいえ、妹を疑い、婚約破棄などという冗談では済まない発言をして妹を傷付けた落とし前はどう付けてくださるので?
簡単に言えば、大事な妹を泣かせやがって、だ。
「ティア、少し目が赤いね」
「あ……お兄さま、これは違うのです」
「だが……」
そっとティアの目元に触れる。
冷やしたとはいえ、うっすらと腫れの残る目元。過保護な兄が見逃す訳がない。
王子はようやく気付き、顔を青くしてガバッと頭を下げた。
「ティアっ、すまなかった! 僕が悪かった!」
「殿下……」
「子供じみた嫉妬などして、婚約破棄など、決して言ってはならない事を……」
グッと握った拳が震える。
「ごめんっ……ティア、本当にっ……」
ぽた、と床に雫が零れた。
それは二つ、三つと落ち、次々に増えていく。
「わたくしこそ、殿下のお気持ちも考えず、ハルトさんのお話ばかりして……。悪いのはわたくしですわ。ですから、どうか泣かないでくださいませ」
「ティア……」
ボロボロと泣く王子の頬を、ティアは優しくハンカチで拭った。
「……これからは、僕以外とは、あまり仲良く……いや、僕のいるところでは、僕だけを……、その……」
もごもごと言い、しきりに視線を彷徨わせる。
これが本来の王子。甘い言葉を囁く事も恥ずかしがる、純粋な性格だった。
「わたくしは、生まれた時からずっと殿下だけを見ておりますわ」
「ティア……」
ティアがそっと手を握ると、王子も握り返す。安堵のあまりますます涙は止まらなくなってしまった。
(純愛だなあ……)
見ているこちらも暖かな気持ちになる。誤解が解けて、仲直り出来て本当に良かった。
二人きりにしようとウィリアムと共にそっと部屋を出ようとすると、王子はハッとして二人を引き留める。
そしてグッと涙を拭い、真っ直ぐに顔を上げた。
「ハルト殿。私が至らぬばかりに、不快な思いをさせてすまなかった」
王子は深く頭を下げる。暖人が慌てて顔を上げるよう言うと、不思議なものを見るようにまじまじと暖人を見つめた。
「ウィリアムの婚約者がそなたのように謙虚で心優しい者だとは……。……今後悩む事があれば、私も力に……っ、まあ何もないだろうがなっ」
突然視線を逸らし、ははっ、と笑う。
どうしたのだろうと、王子が向けていた視線の先……暖人が隣を見ると、ウィリアムがにっこりとした威圧感のある笑みを浮かべていた。
「ウィルさん……」
「殿下、ご心配には及びません。私はもうハルト以外愛せませんので」
「そうかっ、それなら心配ないなっ」
視線は下へ逸らしたまま、口元を震わせて笑った。
「いずれ殿下はハルトと親族になるのですから、親族として目を掛けていただければ光栄です」
「そっ、そうだなっ……」
(親族!)
今度は暖人が震えた。
少々遠くはあるが、王族の親族になる。いや、公爵家の時点で王族の親類だ。
今頃実感して、暖人も視線を落とし彷徨わせた。
(俺、恐れ多いけど王子様と気が合うかもしれない……)
原因は違うが、ぷるぷると震える二人。
先程まで凛としていた暖人が酷く動揺する様子に、実は気が合うのではないか、と王子もふと思う。
そしてパチリと視線の合った二人は、何か通じるものを感じた。
・
・
・
「ウィルさん。王子様は、どうしてあんなにウィルさんを怖がってるんですか?」
人通りの殆どない裏庭に面した通路を歩きながら、暖人は疑問を口にした。
「それは……。俺の屋敷は、昔は別荘で、フィオーレ家と王族の交流の場として使用されていたのだが……」
どう説明したものかとウィリアムは頭を悩ませる。
「……その頃の俺は、女性の頼みを断らないのが良い男だと思っていてね。訪ねてきた女性を帰す事もせず、……隠れて致しているところを、殿下に見られてしまったんだよ」
暖人ならきっと嫌悪しないでくれる、と包み隠さず理由を伝えた。
勿論嫌悪などしない。ウィリアムの女性関係も、その理由ももう知っている。だが、一つだけ気になるとすれば。
「……その頃の王子様は、まだ小さかったんですよね……」
「ああ。後で説明をしようとしたけれど、女の人を串刺しにする悪魔だったのか、と怯えて泣かれてしまって……。それ以来目も合わせてくださらなくなったんだ」
ウィリアムは遠い目をした。
「数年後に理由が分かられてからは、近付いてはならない遊び人だと認識されて……。ただ、トラウマになってしまったのか、未だに俺を前にすると震えが出る時があるとティアから聞いたよ」
今度は溜め息をつく。可愛い妹の未来の夫だ。出来れば仲良くしたいのだが。
「……会う回数を増やせば、慣れていただけるでしょうか?」
だから我に返ってからは震えていたのか。暖人は納得した。
「聞いていたよりずっとしっかりされてましたし、今の王子様なら、ウィルさんは優しくて頼り甲斐のあるお兄さんだと分かっていただけると思うんですけど……」
「……そう上手くいくだろうか」
「トラウマは、別の記憶で塗り替えてしまうのも手だと思うんです」
今回のような場合は、ショック療法よりも長期戦だ。
「えっちなことをしてるウィルさんがトラウマになったなら、純愛してるウィルさんを見せて、短時間から徐々に慣らしていくのはどうでしょう?」
「純愛……」
「……心は純愛ですよね」
ジッと暖人の下半身へと視線を向けるウィリアムに、確かにいやらしく激しいあれこれをしているけれど、と視線を逸らした。
「ああ、すまない。ハルト不足でつい想像したものが、純愛とは程遠くて……」
「どんな想像したんですか」
「とても言えないよ。今度はハルトに怯えられてしまう」
「……聞かないことにします」
想像の中の自分はどんな事になってしまっているのか。危機感を覚え、そっと距離を取った。
「でも王子様、嫉妬してあんなにハキハキ話されるなんて、本当にティアさんのことが好きなんですね」
「そうだね。お気に入りの玩具を取られて駄々を捏ねる子供のようでもあったけれどね」
「もう、ウィルさんってば」
王子様相手に、とクスリと笑う。
ウィリアムの方は、王子に好感を持っている。それならやはり、王子のトラウマを塗り替えれば二人は上手くいくのだろう。
気が弱くてはっきり物を言わない、とティアが困っていた頃から、きっと随分と変わったのだ。
最近は声も大きくなって、きちんと話せるようになったと、ティアは嬉しそうに話していた。
先程もボロボロと泣いていたのに、暖人に謝罪する為にグッと涙を堪えて前を向いた。
下の者だからと軽く扱わず、迷惑を掛けたからと頭まで下げて。
(やっぱりテオ様の息子さんだな……)
真っ直ぐに向き合う強い瞳は、どこかテオドールに似ていた。
第二王子とはいえ彼がこの国の王子なら、これからも国は豊かに栄えるだろう。その妻が聡明なティアなら、何も心配はいらない。
20
お気に入りに追加
940
あなたにおすすめの小説
総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?
寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。
ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。
ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。
その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。
そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。
それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。
女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。
BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。
このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう!
男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!?
溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。
異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)
藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!?
手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!
転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!
めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。
ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。
兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。
義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!?
このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。
※タイトル変更(2024/11/27)
社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈
めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。
しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈
記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。
しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。
異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆!
推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!
君のことなんてもう知らない
ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。
告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。
だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。
今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが…
「お前なんて知らないから」
腐男子(攻め)主人公の息子に転生した様なので夢の推しカプをサポートしたいと思います
たむたむみったむ
BL
前世腐男子だった記憶を持つライル(5歳)前世でハマっていた漫画の(攻め)主人公の息子に転生したのをいい事に、自分の推しカプ (攻め)主人公レイナード×悪役令息リュシアンを実現させるべく奔走する毎日。リュシアンの美しさに自分を見失ない(受け)主人公リヒトの優しさに胸を痛めながらもポンコツライルの脳筋レイナード誘導作戦は成功するのだろうか?
そしてライルの知らないところでばかり起こる熱い展開を、いつか目にする事が……できればいいな。
ほのぼのまったり進行です。
他サイトにも投稿しておりますが、こちら改めて書き直した物になります。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる