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第二王子2

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「お会いしない間に、殿下はなられましたね?」
「っ……、そ、そう、か……?」

 ウィリアムのゆったりとした声に、王子は視線を逸らし、ダラダラと冷や汗を流し始めた。

「フィオーレ家の別宅にご滞在されていた頃とは、まるで別人のようにご立派になられて」
「そう、だろう……か?」
「あの頃は私の事を避けておいででしたので、こうしてゆっくりお話が出来て、大変光栄です」
「っ……」
「今回の事は多少誤解があったようで……。ですが、幼い頃から婚約者として妹と過ごされた殿下でしたら、妹は私と違い一途で献身的な性格だとご存じでいらっしゃるので、私は心配などしておりませんでしたよ」
「っ……!」

 つまり、こう言っている。

 配慮が足りなかったのは妹の落ち度とはいえ、妹を疑い、婚約破棄などという冗談では済まない発言をして妹を傷付けた落とし前はどう付けてくださるので?

 簡単に言えば、大事な妹を泣かせやがって、だ。


「ティア、少し目が赤いね」
「あ……お兄さま、これは違うのです」
「だが……」

 そっとティアの目元に触れる。
 冷やしたとはいえ、うっすらと腫れの残る目元。過保護な兄が見逃す訳がない。

 王子はようやく気付き、顔を青くしてガバッと頭を下げた。

「ティアっ、すまなかった! 僕が悪かった!」
「殿下……」
「子供じみた嫉妬などして、婚約破棄など、決して言ってはならない事を……」

 グッと握った拳が震える。

「ごめんっ……ティア、本当にっ……」

 ぽた、と床に雫が零れた。
 それは二つ、三つと落ち、次々に増えていく。

「わたくしこそ、殿下のお気持ちも考えず、ハルトさんのお話ばかりして……。悪いのはわたくしですわ。ですから、どうか泣かないでくださいませ」
「ティア……」

 ボロボロと泣く王子の頬を、ティアは優しくハンカチで拭った。

「……これからは、僕以外とは、あまり仲良く……いや、僕のいるところでは、僕だけを……、その……」

 もごもごと言い、しきりに視線を彷徨わせる。
 これが本来の王子。甘い言葉を囁く事も恥ずかしがる、純粋な性格だった。

「わたくしは、生まれた時からずっと殿下だけを見ておりますわ」
「ティア……」

 ティアがそっと手を握ると、王子も握り返す。安堵のあまりますます涙は止まらなくなってしまった。

(純愛だなあ……)

 見ているこちらも暖かな気持ちになる。誤解が解けて、仲直り出来て本当に良かった。


 二人きりにしようとウィリアムと共にそっと部屋を出ようとすると、王子はハッとして二人を引き留める。
 そしてグッと涙を拭い、真っ直ぐに顔を上げた。

「ハルト殿。私が至らぬばかりに、不快な思いをさせてすまなかった」

 王子は深く頭を下げる。暖人が慌てて顔を上げるよう言うと、不思議なものを見るようにまじまじと暖人を見つめた。

「ウィリアムの婚約者がそなたのように謙虚で心優しい者だとは……。……今後悩む事があれば、私も力に……っ、まあ何もないだろうがなっ」

 突然視線を逸らし、ははっ、と笑う。
 どうしたのだろうと、王子が向けていた視線の先……暖人が隣を見ると、ウィリアムがにっこりとした威圧感のある笑みを浮かべていた。

「ウィルさん……」
「殿下、ご心配には及びません。私はもうハルト以外愛せませんので」
「そうかっ、それなら心配ないなっ」

 視線は下へ逸らしたまま、口元を震わせて笑った。


「いずれ殿下はハルトと親族になるのですから、目を掛けていただければ光栄です」
「そっ、そうだなっ……」

(親族!)

 今度は暖人が震えた。
 少々遠くはあるが、王族の親族になる。いや、公爵家の時点で王族の親類だ。
 今頃実感して、暖人も視線を落とし彷徨わせた。

(俺、恐れ多いけど王子様と気が合うかもしれない……)

 原因は違うが、ぷるぷると震える二人。
 先程まで凛としていた暖人が酷く動揺する様子に、実は気が合うのではないか、と王子もふと思う。

 そしてパチリと視線の合った二人は、何か通じるものを感じた。





「ウィルさん。王子様は、どうしてあんなにウィルさんを怖がってるんですか?」

 人通りの殆どない裏庭に面した通路を歩きながら、暖人は疑問を口にした。

「それは……。俺の屋敷は、昔は別荘で、フィオーレ家と王族の交流の場として使用されていたのだが……」

 どう説明したものかとウィリアムは頭を悩ませる。

「……その頃の俺は、女性の頼みを断らないのが良い男だと思っていてね。訪ねてきた女性を帰す事もせず、……隠れて致しているところを、殿下に見られてしまったんだよ」

 暖人ならきっと嫌悪しないでくれる、と包み隠さず理由を伝えた。

 勿論嫌悪などしない。ウィリアムの女性関係も、その理由ももう知っている。だが、一つだけ気になるとすれば。

「……その頃の王子様は、まだ小さかったんですよね……」
「ああ。後で説明をしようとしたけれど、女の人を串刺しにする悪魔だったのか、と怯えて泣かれてしまって……。それ以来目も合わせてくださらなくなったんだ」

 ウィリアムは遠い目をした。

「数年後に理由が分かられてからは、近付いてはならない遊び人だと認識されて……。ただ、トラウマになってしまったのか、未だに俺を前にすると震えが出る時があるとティアから聞いたよ」

 今度は溜め息をつく。可愛い妹の未来の夫だ。出来れば仲良くしたいのだが。


「……会う回数を増やせば、慣れていただけるでしょうか?」

 だから我に返ってからは震えていたのか。暖人は納得した。

「聞いていたよりずっとしっかりされてましたし、今の王子様なら、ウィルさんは優しくて頼り甲斐のあるお兄さんだと分かっていただけると思うんですけど……」
「……そう上手くいくだろうか」
「トラウマは、別の記憶で塗り替えてしまうのも手だと思うんです」

 今回のような場合は、ショック療法よりも長期戦だ。

「えっちなことをしてるウィルさんがトラウマになったなら、純愛してるウィルさんを見せて、短時間から徐々に慣らしていくのはどうでしょう?」
「純愛……」
「……心は純愛ですよね」

 ジッと暖人の下半身へと視線を向けるウィリアムに、確かにいやらしく激しいあれこれをしているけれど、と視線を逸らした。

「ああ、すまない。ハルト不足でつい想像したものが、純愛とは程遠くて……」
「どんな想像したんですか」
「とても言えないよ。今度はハルトに怯えられてしまう」
「……聞かないことにします」

 想像の中の自分はどんな事になってしまっているのか。危機感を覚え、そっと距離を取った。


「でも王子様、嫉妬してあんなにハキハキ話されるなんて、本当にティアさんのことが好きなんですね」
「そうだね。お気に入りの玩具を取られて駄々を捏ねる子供のようでもあったけれどね」
「もう、ウィルさんってば」

 王子様相手に、とクスリと笑う。
 ウィリアムの方は、王子に好感を持っている。それならやはり、王子のトラウマを塗り替えれば二人は上手くいくのだろう。

 気が弱くてはっきり物を言わない、とティアが困っていた頃から、きっと随分と変わったのだ。
 最近は声も大きくなって、きちんと話せるようになったと、ティアは嬉しそうに話していた。

 先程もボロボロと泣いていたのに、暖人に謝罪する為にグッと涙を堪えて前を向いた。
 下の者だからと軽く扱わず、迷惑を掛けたからと頭まで下げて。

(やっぱりテオ様の息子さんだな……)

 真っ直ぐに向き合う強い瞳は、どこかテオドールに似ていた。
 第二王子とはいえ彼がこの国の王子なら、これからも国は豊かに栄えるだろう。その妻が聡明なティアなら、何も心配はいらない。

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