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皇子と熱2
しおりを挟む「……寝てた」
何度か額のタオルを替え、熱が引いた辺りからの記憶がない。安堵して寝落ちてしまったのだろう。
万能薬を使うか迷っていたが、結局普通に看病してしまった。
薄布のカーテンの向こうが明るくなり、夜の終わりを告げる。
皇子の額に手を当てると、熱はすっかり下がっていた。
これからは無理しすぎていないか、定期的に確認しよう。皇子ファンのあの側近は、皇子が大丈夫だと言えばイエスしか言わないから役に立たない。
きっと寝室に入ってからもこっそり仕事をしているのだろう。書類は執務室から持ち出し禁止にしてしまおうと、涼佑は勝手に決めた。
「ん……」
小さな声に、涼佑はするりと繋いだ手を離す。椅子も少し引き、距離を取った。
「…………リョウ……?」
ぼんやりとした瞳が、涼佑を映す。
「具合はどうですか?」
「具合……? そうか、熱を出して……」
そっと伏せられた瞳。ゆる……と先程まで繋いでいた手を天井に翳した。
「久しぶりに、兄上の夢を見た」
そっと目を細め、その手を見つめる。
「そばに、いてくれた気がする」
愛しげに揺れた瞳がじわりと滲み、皇子は目を閉じた。
「すまない、おかしな事を言ったな」
「……今も、いるんじゃないですか。見えないだけで、ずっと」
おかしな事を言ったのは自分だ、と涼佑は顔を覆い項垂れる。柄にもない事を言ってしまった。
だが皇子は目を見開き、すぐにくすりと笑った。
「ふ……、リョウが励ましてくれるとくすぐったいな」
「自分でも柄にもない事をと思いましたよ」
「そうだな。だが、嬉しかったぞ」
「それなら良かったです」
顔を覆ったままの涼佑に、皇子はまたクスクスと笑う。
その涼佑のそばに、桶とタオルが見えた。涼佑がこうして看病をしてくれたのなら、相当高熱が出ていたのだろう。
……また、熱を出してしまった。
「もうすぐ皇帝になるというのに、情けないな……」
熱を出して倒れ、部下たちや涼佑を心配させるなど。
「皇帝も生身の人間ですから、無理をしすぎれば普通に倒れますよ」
「……そう、だな。皇族も、生身の人間だ」
「大人になればもう少し体力もつくんじゃないですか?」
「私はもう大人なのだがな」
「僕の世界ではまだまだ子供です」
「そうか、子供か」
皇子は安堵したように笑い、目を閉じた。
「……子供なら、リョウに甘えても良いだろうか……」
「病人ですし、特別に許します」
「ふ、そうか、ありがとう」
「子供らしくない子供ですけどね」
そう言って皇子の頭を撫でる。
「……リョウは、人の心も読めるのか?」
「読めませんけど、皇子が思う甘えるはこれかなと思いました」
「リョウは私の事を分かってくれるのだな」
嬉しそうに笑い、そっと目を閉じた。
子供のように頭を撫でられるのは、何年ぶりだろう。昔は母も兄も、エヴァンも撫でてくれた。もう随分昔の事だ。
「……兄上も母上も、こうして撫でてくれた。私はそれが嬉しくて、褒められたくて、二人の後をついて回ったものだ」
「皇子にも可愛い頃があったんですね」
「リョウに可愛いと言われるのは初めてだな」
「……しまった」
声に出す涼佑に、皇子はクスクスと笑う。それでも撫で続ける手に、目を閉じたまま身を委ねた。
「リョウの手は、兄上を思い出す。……ずっとこうしていて欲しいくらいだ」
「ずっとは無理ですけど、たまにならいいですよ」
「いいのか?」
「いいですけど、撫でて欲しい時は皇子から頭を差し出してください。察しろとか僕には出来ないので」
「分かった、そうしよう」
ついさっき察したばかりだというのに、これは照れ隠しだろうか。ついくすりと笑うと、ポンポンと頭を撫でた手は離れてしまった。
「皇子は、僕に恋心ないですよね」
「どうした? 突然だな」
そう言いながら、早速涼佑に頭を差し出す。
「あの人と僕、どちらかしか選べないなら、迷わずあの人を選びますよね」
「それは、…………そうだな。……すまない」
「いえ別に」
答えながら、差し出された頭を約束通りにまた撫で始めた。
「それなら、結婚はあの人としてください」
「ああ、その事か。リョウと結婚したいのは本当だぞ」
「僕に恋心はないって言いましたよね?」
「だが、リョウと結婚すれば、これからも一緒にいられるだろう?」
さらりと零れた言葉に、涼佑はピタリと手を止めた。
「その為に結婚したいんですか?」
「そうだ。リョウがハルトの元へ帰る度に、もう二度と会えないのではと……」
想像したのか、きゅっと唇を引き結ぶ。本気で会えなくなる事を不安に思っているとは。
はあ……、と溜め息をついた。
「時々皇子らしくなく誘ってきたのは、そういう事ですか」
全く慣れていないくせにキスをしてきたり、リョウになら、と体まで差し出そうとした。
それは全て、そうしないと会えなくなるからという……勘違いだ。
「結婚なんてしなくても、定期的に来ますよ。もう第二の故郷みたいなものなので」
「…………そう、なのか……?」
「いつの間にか、そうなってました」
「……結婚しなくても、会えるのか……?」
「会えますよ」
「そう、か……」
皇子は安堵のあまり、ぼろ、と涙を零した。
「私は、リョウがいないと寂しい。私と対等に話してくれるのは、リョウだけなんだ」
エヴァンは軽口を叩いても、部下として一線を引いている。他の者も信者か忠臣だ。
信頼出来る、命も預けられる者たちだが、涼佑とは違う。涼佑だけが、違う。
「……こういうの、僕は絶対無理と思ってたんですけど」
ぼろぼろと泣く皇子の目元を、タオルで拭う。濡れてキラキラと輝くエメラルドの瞳が涼佑を見上げた。
「その……僕たちのような関係は、暖人が言うには、………………親友、らしいですよ」
涼佑を映した瞳が、大きく見開かれる。
「親友……」
涙は止まり、涼佑の言葉をぽつりと反芻した。
「親友……!」
「やめてください。恥ずかしくなってきました」
そう連呼されては恥ずかしくて、タオルを皇子の顔に押し付けた。
だが皇子はタオルを受け取り、ぎゅっと握る。
「私は、友と呼べる者がいた事がないのだ。友以上の、親友……ふふ、嬉しいものだな」
心の底から嬉しそうに笑う皇子に、涼佑は視線を逸らした。
「弟みたいでもありますけど……」
「弟より親友がいい。親友でいてくれ」
「そうですか。じゃあそれで」
素っ気なく返しても、珍しく目元が赤くなっている。涼佑の照れ隠しはもう覚えてしまった。
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