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閑話:メイド視点、ある日のシーツの話

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 晴れ渡る空。
 太陽は燦々と輝き、まさに洗濯日和だ。

 洗濯物の皺をパンパンと伸ばし、メイドは、ふうと息をついた。
 青い空に真っ白なシーツが良く映える。これを見ると、毎日の洗濯も達成感があるのだ。


 だが。


「……今日も、二枚」

 シーツと布団カバーと枕カバーなどなど。
 その中で、シーツは二枚。
 目の前にはウィリアムの寝室の物。隣の物干しではためいているのが、暖人はるとの寝室の物。

 毎日洗い、毎日二枚。

「どうしたの?」

 他の洗濯物を干し終えたメイドが声を掛ける。

「ウィリアム様は……」

 言い掛けてハッとした彼女は、声を掛けたメイドを連れて洗濯室へと戻った。



 洗濯カゴを置き、またふうと息を吐く。そして使用人室へと向かい、紅茶を淹れて一息ついた。

「で、どうしたの?」
「……ウィリアム様は、ちゃんと愛していただいてるのかしら」
「なぁに、それ?」
「だって、ようやく心から愛する人が! と思ったら、ハルト様には他に恋人が二人いらっしゃるのよ?」

 それも、ずっと探していた、幼い頃からずっと一緒だったという幼馴染と、あのオスカーだ。
 魔獣ご飯の時のオスカーを見る限り、本気で暖人を落としに掛かっている。いや、もう落ちているのだが、あわよくば自分だけのものにという気概を感じた。

「あのオスカー様に本気で迫られたら、……ね」
「そうねぇ……。ある意味ウィリアム様より危険なお人よねぇ」

 ウィリアムに迫られれば誰でも一夜を許してしまうだろうが、難攻不落のオスカーに本気で迫られれば一生身も心も捧げてしまう。
 あの鋭い眼光が自分だけに蕩けるところを想像すれば、誰もが魂まで捧げるのではと思ってしまうのだ。

 それなのに、魂を捧げるどころか逆に夢中にさせている。
 オスカーだけに夢中にならない暖人には、我らが主人を全力で応援したいメイドたちからしたら、感謝しかなかった。


「ハルト様は芯がしっかりされているのにお優しいから、みんな平等にって考えそうじゃない?」
「あー、出来れば夜も順番に、みたいな真面目なお方よねぇ」

 サクッ、とクッキーをかじり、二人はじわじわとテーブルへと視線を落とした。

「…………ハルト様、大丈夫かしら……」

 相手が相手なだけに、心配を通り越して不安になる。

 ウィリアムはあの経験豊富さだ。ハードなプレイも普通と勘違いしている可能性がある。
 オスカーは想像でしかないが、……絶対、大きい。何がとは言わないが。

 何より騎士団長である二人のあの体躯と持久力で抱かれて、暖人の華奢な体は無事なのだろうか。彼らが暖人に無体を強いるとは思えないが、そもそもの基本装備の差がありすぎる。

「安全なのはリョウス……リョウ様だけかしら」
「んー、でも、あのお三方の中で一番独占欲が強そうよねぇ」
「……ハルト様だけは、リョウスケって呼んでいらっしゃるものね」

 ウィリアムからは、これからはリョウと呼んで欲しいそうだ、としか聞かされていない。
 それは皆と距離を縮めたいのではなく、涼佑りょうすけと呼ぶのは暖人だけが良いという理由では、と自分たちも薄々気付いてはいた。何しろ暖人が食べたいと言ったからと、笑顔で魔獣を狩ってくるようなお人だ。

「リョウ様は、ハルト様と同じ平和な国でお育ちになられたのよね?」
「ええ。剣を持った事もないってハルト様が仰られてたわ」
「えっ、いつ?」
「随分前よ。お土産を持ってきてくださった時に、一緒にお茶をしたの」
「私、知らない……」
「お休みだったものねぇ」
「……羨ましい」

 ダン、とテーブルを叩いた。

 そう、二人は平和な国で育った。
 だが、魔獣を将軍であるエヴァンが狩ったとしても、涼佑はそれを自分の手柄のように言うような人ではない。涼佑と暖人の様子を見ていたら分かる。
 それなら、涼佑が自ら魔獣を狩ったということ。

「…………西では、おつらい思いをされたのね」
「リョウ様……」

 うっ、と目頭を押さえた。
 暖人も涼佑も、つらい思いをした分、この屋敷では何の気兼ねも不安もなく過ごして欲しい。


 少し冷めたお茶に口をつけ、また息を吐いた。

「そうそう、シーツの話だけど」
「あ、それを聞きたかったのよ」

 話が逸れに逸れてしまった。

「ウィリアム様は新しい物を買うために、定期的にプレゼント会を行うじゃない?」

 プレゼント会とは、使用人たちが付けた名だ。
 まだ数回使用しただけだが、新しい物を買って経済を回したい。だが、捨てるには心が痛む。それなら必要な物があれば使用人たちに持って行って貰おうと、ウィリアムと執事のノーマンが相談して決めた不定期行事だ。
 主に装飾品や羽ペンなどがそれに当たる。直に肌に触れないジャケットも時折出品され、毎回奪い合いになっている目玉商品だ。

「主人と奥様が寝所で使うものだけは駄目だから、シーツは捨てるしかないのよね」

 貴族の家では基本的に少しでも肌触りが悪くなると交換時期だが、ウィリアムはまだ捨てるのは勿体ないと言って、捨てずに日替わりで使っている。
 だが、経済を回す為に買うものだから、今ではひと月に一、二回の登場になってしまっているのだ。

「出来れば古い方から、って狙って使ってるのに、いつも綺麗なまま敷いてあるのよ」
「あー、それで困った顔してたのね」
「そうなの。毎日綺麗なシーツを洗うのも、心配になるのよね」
「ハルト様を気遣うにしても、少なすぎよねぇ?」
「でしょ? 一緒に暮らしてらっしゃるのに……ハルト様も若い男の子なんだから、毎日でもいいくらいじゃない?」
「そうよねぇ。……でも、毎日だとやっぱりハルト様のお体が色々と」
「あっ……」

 小柄な暖人と、色々と逞しいウィリアム。どことは言わないが、毎日ではそこへの負担が大きいだろう。


 二人はうーんと唸る。

「そういえばこの前は、オスカー様のお部屋のシーツが消えていたのよ」
「あら。オスカー様が他のお屋敷のものを勝手に捨てるなんて、考えられないわねぇ」
「そうそう。きっとウィリアム様が一緒だったのね」

 そこでふと、気付く。
 オスカーとウィリアムが一緒に。そうなれば涼佑が黙っているはずはない。

 ハルト様は、あのお三方を一緒にお相手に……?

「……私たちが心配するほど、儚くはいらっしゃらないのかしら」
「華奢でいらしても、男性ですものねぇ……」

 以前洗濯の手伝いにと訪れた暖人は、重い洗濯カゴを軽々と持っていた。
 ウィリアムと並ぶと小柄だと思っていた身長も、自分たちより少し高い。手も長く、シーツを軽々と干していた。

「男性、ですものね」
「男性ですものねぇ」

 華奢に見えても男性。主人の恋人が男性で良かった、と二人は安堵して笑う。
 それならきっと、もう少し慣れてくればシーツの在庫も減ってくるはず。暖人は奥ゆかしい文化で育ったのだから、もう少しこの国に慣れれば。

 ……驚愕するようななかなかハードなプレイをしているとは、知る由もない二人だった。


「ウィリアム様ったら、本当にハルト様の事が大好きでいらっしゃるのねぇ」
「それはそうでしょ。シーツを自らお捨てになるなんて、きっとハルト様の汗一滴触れられたくないのね」
「シーツ、捨ててるんですか……?」
「えっ?」

 驚いて視線を向けると、何かの缶を持った暖人が立っていた。

「すみません……ノックはしたんですけど……」

 楽しそうに笑っていたから、入っても大丈夫かなと思い扉を開けた。街に出たお土産にと持ってきたクッキー缶を、ぎゅっと握る。

「あっ、あのっ、ハルト様っ」

 いくら主人が寛容とはいえ、主人と奥方の夜の噂をしていたなど不敬に当たる。

「申し訳ございませんっ、これは、その……」
「……俺の部屋に、置いて欲しいものがあるんですけど」
「はい……?」




 その日から、涼佑と使った物と同じタイプのおねしょシーツが暖人の部屋に常備された。
 シーツを捨てていた事を叱られたウィリアムが、これからは自分で洗濯を、と言う前に暖人がそれを出し、ウィリアムの思考を止めた。

「…………ハルトが、…………おねしょ……」

 想像してムラッとしてしまい、この性癖に目覚めるのはさすがにいけない、と口元を押さえる。
 だが、暖人がおねしょ。どういう体位で。そういう、体位で……?

「ただの商品名ですからっ」

 顔を真っ赤にして怒った暖人は、それからしばらく口を聞いてくれなかった。

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