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お兄様3
しおりを挟む「問題は、ウィル君の母君だけか」
「あの、それは俺が自分で認めて貰えるように頑張ります。その前に、社交界での噂だけでも先にどうにか出来ればと……」
「噂?」
「え、っと……ウィルさんが、平民に入れ込んでいる愚か者だと……」
申し訳なさそうに眉を下げる暖人に、三人は顔を見合わせる。
「そんな噂はないよな?」
兄の言葉に、ウィリアムは頷く。社交の場に長らく顔を出していないオスカーも、そんな噂があれば部下から何かしら情報が入ってくる筈だ。
「ウィル君がぬいぐるみを吟味して選んでいたとか、街で連れていた子はオスカーとの隠し子だとかいう噂はあったが」
「隠し子」
「女遊びをやめた直後に、青い髪の子供を連れているのを目撃した。まさか、オスカー団長との……? という噂は、いつの間にか口にするのも禁忌になってたな」
「噂の出所をおとなしくさせましたので」
ウィリアムはにっこりと笑った。
(おとなしくさせた……?)
嫌な予感はしたが、暖人は気付かないふりをする。自分が聞いたところでどうにもならないのだから。
「じゃあ、お母様のおっしゃってた噂って……」
お母様。
オスカーがぴくりと眉を上げる。近いうちに暖人を両親に合わせよう、と両親にとっては願ってもない事が決定した。
「君を諦めさせる為の嘘だよ」
「そうなんですか……。ウィルさんが悪く言われてなくて良かったです」
ホッとしたのも束の間。
「残念ながら、ある意味悪く言われてるんだよー」
兄の言葉に、暖人は顔色を変えた。
「聞きたい?」
「聞きたいです」
「聞いて、どうするのかな?」
「どうにかする方法を考えます」
「へぇ……、君はなかなかいい眼をしてるじゃないか」
真っ直ぐで、意志の強い眼だ。
どうにかしたいという希望ではなく、その為の手立てを考えようとしている。
「情報は武器だ。そういう事かな?」
コクリと頷く暖人に、その情報からどんな答えを考え出すか楽しみになった。
コホンと咳払いして語られた内容は。
「赤の団長の隠し子ではなかった。だが本命はいて、屋敷から一歩も出さない程に溺愛している。団長を王宮で見ない日が多くなったが、職務を放棄して入れ込んでいるのではないか。と、一部で囁かれているよ。母君が聞いたのはこれだろうね」
話を聞き、暖人は目を瞬かせる。
「一部……ということは、元々ウィルさんを良く思ってない人たち……妬みとか、そういう人たちですか?」
「おお? 正解だ」
「……他にその噂をしてる人たちは、いますか?」
予想外の返答に、兄は答えず笑顔のまま。
「……それなら、放っておいても消えると思います。ウィルさんが複数交際されてた時も、きちんとお仕事されてたことをみなさん知ってると思うので。それにウィルさんは公爵家ですから、噂の出所がそれだと弱いかなと」
ウィリアムほど内外共に完璧でモテるなら、妬む者もいるだろう。
ここは小説の中ではなく現実だ。そんな噂の出所とウィリアムのどちらに付けば有利かは、貴族こそ分かっているはず。
「うえー……なんだ、可愛い顔して怖い子だね」
淡々と答える暖人に、兄はソファに沈み込んだ。
勘が良いというか、何というか。むしろ勘が良いから一気に真実に近付く。
「その通り、噂はすぐに消えたよ。ウィル君が関係を持った女性の殆どが、地位とかなりの美貌の持ち主だった事もあってね」
彼女たち程の美人を複数相手にしても難なく仕事をこなしていたなら、いくら本命が出来ても、仕事を放棄するなどあり得ない。
彼女たちのプライドの為にも、噂は出回らなかった。むしろ今までの関係がプラスになったのだ。
「ウィル君を誘うなんて、相当自分の容姿に自信がないと出来ないよね」
「ですよね……」
「ハルト君もかな?」
「いえ、俺は今も本当に俺が恋人でいいのかなと思ってます」
真顔で答える暖人に、つい吹き出してしまった。本当に自分の魅力を自覚していない顔だ。
「ハルトは世界で一番美しくて可愛いよ」
「ウィルさんは優しいから……」
「はー、なるほどね」
ウィリアムの顔と性格では説得力がない。兄は愉しげに笑った。
「お前はそろそろ自覚してもいい頃だがな」
「オスカーさんは過保護ですから……」
「ぶはっ」
こちらには吹き出した。過保護。やはりフォルスターの血だ。
「そうそう。あの子供は、赤の副団長の隠し子だったという噂に変わっているよ。十代の頃に青い髪の美女と関係があったからね」
「えっ……、ラスさんにまでご迷惑を……」
「まぁこっちは放っておいて大丈夫だ。ラス君も彼女も面白がって否定も肯定もしていないから」
噂はいつまでも消えないが、二人は面白がっている。夜会で意味深に見つめ合ってみたり、話をする時はひと気のない場所に出たり。
彼女は今や既婚者だが、夫も「噂がどうであろうと私たちの愛は変わりませんよ」と微笑むだけだという。
兄の見解は、隠し子ではないと確信した夫も一緒になって噂を楽しんでいる。元々狐のような人だからと笑った。
「……ウィルさん。そういえばラスさんって、いつから遊び人なんです?」
「成人前だから、十四くらいかな」
「……ラスさんっておいくつでしたっけ?」
「二十五だよ」
「つまり俺は、十歳くらいに見られていると」
「体格の良いラスと並ぶと、ハルトはそう見えるかもしれないね」
「ウィルさんも、最初は十二歳だと思ってましたもんね」
「……そうだったね。でも今は、大人だと思っているよ」
王子様のようなキラキラ笑顔は逆効果。暖人は拗ねてしまった。
「ご飯の時とか寝てる時とか、子供扱いするのに」
食事はウィリアムの手から食べさせられ、ナプキンで口元を拭かれたりする。寝ている時に訪れたら、未だに両サイドをぬいぐるみで埋めて帰る。
「それは、ハルトが可愛くてつい……。ベッドの中では大人として扱っているよ?」
「ここで言わないでくださいっ」
「ウィル君。その話、もっと詳しく」
「お兄さんは食い付かないでくださいっ」
「んっ、お兄さん呼びもいいな……」
うっ、と胸を押さえる。怒られるのもまたいい。新しい扉を開いてしまいそうだ。
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