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お兄様2

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「うちが緩いのもあるけど、ウィル君のとこは、ウィル君とティアちゃん以外は生粋の貴族だからなぁ」
「貴族を誤解させるような発言は慎んでください。それに、一番上の兄は優しい人です」
「ああ、そうだった。俺は嫌われてるけどな」
「構い過ぎるからですよ」

 苦笑するウィリアムに、兄同士も仲が悪い訳じゃなかった、と暖人はるとは安堵した。


「俺は大好きだけどなぁ。この前二人きりで旅行しようって言ったら、丸腰でスフィーリスに飛び込んだ方がマシだってさ」

 そう言って肩を竦める。

「それって……」
「死んでも嫌だ、という事だね」

 ウィリアムが補足して苦笑した。

(何をしたらそこまで嫌われるんだろ……)

 気にはなるが、訊くのは失礼な気がする。
 だが。

「だってな……構い倒すと面白い反応するんだ、やめられないだろ……」

 答えは本人の口からすぐに転がり落ちた。
 口元が歪み、笑いを堪える悪い顔。すぐに堪えきれずにニヤニヤし始めた。

「……オスカーさん」
「俺は違うだろ」
「いじめっこの血が」
「苛められたいのか?」
「そういうとこですよ」

 今は真顔だが、ニヤリと悪い顔をする時の表情がまたそっくりだ。

 兄弟だなあ、と二人を見遣る暖人を、エメラルドの瞳が見つめた。
 あのオスカーに軽口を聞いている。普段がこうなら、なかなか弟好みなのでは。また一つ理由を発見した。


 視線の先で、オスカーは暖人の肩を抱き、時折頭や頬を撫でている。
 ウィリアムは暖人の腰を抱き、もう片手で暖人の手をしっかりと繋いでいた。

「しかし、騎士の誓いか……。重いなぁ……」
「俺もハルトに騎士の誓いを捧げました」
「ウィル君もか……まさか君がな……」

 頼めばすぐに抱いて貰えると有名だった彼が、全ての関係を断ち、騎士の誓いまで捧げるとは。
 二人とも夫婦の誓いの前に、絶対逃がさないという強い意志を感じた。感じるどころか、今も逃がさない気持ちがヒシヒシと伝わってくる。
 暖人は気付いていないようだが、彼らに肩や腰や手を掴まれているそれは、拘束だ。

「まさか、弟とウィル君が同じ人を好きになるとは思わなかったよ」

 性格も趣味も違う二人が、全く同じ人を愛し、同じように酷い執着を抱いている。それでも二人なら喧嘩する事はないだろうが……。


「赤と青と結婚か……。せめて男爵家くらいならな……」

 ぼそりと呟いた。
 この交際に反対するつもりはない。だが、相手がこの二人となると少々厄介な事がある。

「……騎士団を独断で動かせる権限のあるお二人と結婚すると、国の脅威になる可能性もあるから、ですか?」
「んっ?」
「ハルトは本当に賢いね」

 驚く兄を余所に、ウィリアムが暖人をいい子いい子と撫でた。

「お前が王になりたいと言えば、クーデターを起こし半日待たずにお前を王座に据える事が出来る。他国の王座も同様にな」

 オスカーも暖人の髪を撫でながら言う。

「……二つの公爵家が手を組むなら、敵に回るより味方になった方が自分たちの家も安全。もし男爵家以下なら、反対派に伯爵家以上の騎士を立てればみんなそちらに付く……」
「そうだ」
「騎士団のみなさんなら、お二人がそんなことをする前に止めてくれそうですけど……そこは考慮されないんですね」

 ああ、とオスカーは頷いた。

「王宮騎士団の全ては国の為にある。いくら団長権限があろうと、不当なクーデターは許されない。だが判断は、脅威になるだ」
「その危険性がある限り、簡単には重婚の承認は下りないんですね」
「そうだね。俺たちの事は陛下が認めてくださっているとはいえ、重婚を承認する機関は、王妃様が管理しているからね」
「王妃様……」

 以前テオドールから聞いた妃の、どちらかだろうか。話を聞く限りとても良い人のようだったが、国の安否が掛かっているとなると簡単には説得出来ないだろう。


「待ってくれ、赤青と男爵家だけで、ハルト君は気付いたのか?」
「え、っと……はい。深刻な顔をされていたので、そうかなと」
「……平民出身の軍人の家か?」
「いえ、ただの庶民です」
「ハルトは愛らしく謙虚で心根が美しいだけでなく、聡明で知識も豊富、機微に聡い素晴らしい人ですので」
「ウィル君、情報過多だ」

 何の話をしていたか一瞬忘れそうになった。
 ひとまず息を吐いて気持ちを落ち着ける。
 ぽやぽやして癒しを届けるだけの人物ではない事は分かった。公爵家と縁を繋いでも、騙されたり利用される心配はなさそうだ。

「陛下が認めた、とは……」
「ハルトは陛下と毎月お茶をする仲です」
「はっ!?」
「ハルトの人となりを知る陛下から、俺たちと婚姻を結ぶ事を認められています」
「……………………そうか。それなら心強いな。重婚申請の時は、フォルスター家も全面的に力になるからな」
「っ、ありがとうございます、お兄様」

 お兄さんや兄上と呼ぶのは失礼だろうと思いそう呼んだのだが、春の日溜まりのような笑顔とその呼び方は特大ダメージを与えた。

「……もう一度、呼んでくれ」
「え? あの……お兄様?」
「ぐっ……」

 思わず胸を押さえる。
 幼い頃のオスカーでさえそう呼んでくれず悲しい思いをしていたが、まさか今ここで叶うとは。

「もう一度」
「はい、お兄様」
「もう一度だけ」
「お兄様」

 兄と呼ぶ事を認めて貰えた、と暖人は嬉しくなってにこにこと返す。暖人があまりに嬉しそうで、ウィリアムもオスカーも暖人の口を塞ぐ事が出来なかった。


「ハルト君。お兄様とも結婚しない?」
「えっ、あの、……俺、もう一人恋人がいるので……」
「こんな純情なのに三人も!?」

 その細腰で、とつい視線を向けてしまい、ウィリアムとオスカーの全身で隠されてしまう。
 三人も、だが、彼が体で三人を落としたとはどうしても思えない。長年の勘が告げている。彼は、翻弄されて鳴かされる側だ。

 難攻不落のオスカーとウィリアムにここまで溺愛される暖人の魅力を、今後も探って行こうと決意した。

「まさか、三人目はラス……」
「「違います」」

 暖人が答える前に二人に強めに言い切られてしまう。
 代わりに答えるところも、やたらと頭を撫でるところも、フォルスターの血だなぁ……と見つめていると、実の弟には見るなとばかりの冷たい視線を向けられてしまった。

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