後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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デジャヴ2

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「それで? あなたは、どなたのご子息かしら?」
「っ……」
「王宮騎士団にくらいは入っているのかしら?」
「……いえ」
「王宮仕えは?」
「してません……」
「そう。外面だけは繕えても、所詮は平民なのね」

(外面……挨拶はちゃんと出来てたのかな……)

 そう思うと嬉しい。だが、涼佑りょうすけならもっと上手く返せている。平民だと言われても、それ以上の格の違いのようなものを見せられている。
 それなのに、ずっと一緒に育ってきたのに、自分は……。


 一度崩れてしまえば、強気の態度に出る事も出来ない。
 だからせめて、と背筋を伸ばし、真っ直ぐに夫人を見つめた。

 その態度に、ウィリアムと同じ空色の瞳がスッと細められる。平民にしては度胸があるじゃない、と。

「良く聞きなさい。あの子には、相応しい婚約相手を用意しているの。公爵家の血の流れる、この国の赤の騎士団長であるウィリアムに相応しい相手よ」

 それをウィリアムに説得しても、首を縦には振らなかった。
 それなら、思っていたよりは賢いこの男を説得するまで、と感情を抑え説得する方向に変えた。

「言っている意味は分かるかしら? あの子がフィオーレ家の者である限り、高潔な血筋を汚す訳にはいかないの」

(血筋……貴族の、血……)

 自分は、血筋どころか父と母すら分からない。
 爵位もない。職もない。浄化の力があろうとも、血筋は変えられない。
 そんな自分は、公爵家の血を汚す事になる。平民、だから。

(……でも俺は、ウィルさんの気持ちを、信じてる)

 彼の幸せがここにあると、信じている。
 相応しくないと理解して身を引く事が、どれほど彼を傷付けるかも。


「母上。子を成さぬ条件で、情夫となる事くらいは許しては?」
「嫌よ。今までは相手が貴族だから許していたのよ? それなのに」

 ギッと暖人はるとを睨む。

 以前、ウィリアムの本命と隠し子の噂が流れた際、屋敷で保護しているのは陛下からの預かり子だと言っていた。
 陛下からの預かり子なら、王侯貴族の血が流れていると信じきっていた。
 ウィリアムの気が変わりまたフラフラしだす前に、相手を直接説得してすぐにでも式を挙げさせようとすら思っていた。

 だが、秘密裏に調べさせたところ、ハルトという名と、リュエールや近隣国の貴族にもそんな名の者はいない事が分かった。
 それはつまり、情報の届け出がされていない、平民だという事。陛下からの預かり子というのも、その場しのぎの嘘だったのだろう。

 そう思うと余計に怒りが沸いた。
 母親に嘘をつく程に大切にしている子が、平民だなど。


「平民なんかに入れ込んで……。あなたがいる事で、あの子の騎士としての地位も脅かされるのよ? 分かっているのかしら?」
「……騎士団のみなさんは、とても良くしてくださいました。俺たちのことを、祝福してくださいました」

 恋人が庶民……平民だという事を利用してウィリアムを陥れようとするような人など、一人もいなかった。

「そんなの表向きでしょう。本気で信じているの? これだから平民は……」

 自分の部下に恋人として紹介したなど、あまりの事に頭痛がする。

「社交界でも、平民なんかに入れ込んだ愚か者だと噂になっているのよ」
「っ……、そんな……」
「確かに綺麗な顔はしているけれど、その髪はあの子の趣味かしら? それともそれであの子を騙し続けているの?」

 暖人はハッとする。突然の事で、黒髪のままだ。
 だが、別世界の者だと、二人に伝えて良いか分からない。それを利用されるかもしれない。
 何も言えずにいる暖人に、夫人はまた溜め息をついた。

「あなたの好きな額を渡すわ。それで別れてくれるわよね?」
「……お金は、いりません。国が買えるだけ貰えたとしても、俺は……」

 例えテオドールから貰った褒賞がなくても、ここから追い出されたとしても、お金なんていらない。
 大切なものを失うくらいなら、世界を貰えたとしても……。


「ハルト!」
「っ……、ウィルさんっ……?」

 勢い良く扉が開き、飛び込んで来たのはウィリアムだった。
 ウィリアムは母から暖人を隠すように、二人の間に立つ。

「おかえりなさい。今、お母様がいらしてて……」
「ああ、聞いているよ」

 母と兄が暖人の元へ向かったかもしれないと、ティアから連絡が来ていた。それで慌てて馬を飛ばして来たのだ。
 暖人はウィリアムを見て、安堵の表情を浮かべる。瞳もじわじわと潤み、母からそこまでの何かを言われたのだと察した。

 だが暖人は、グッと涙を拭ってウィリアムを見上げる。その強さに、自然と蕩けるような笑みが零れてしまった。
 暖人も暖かな笑みを浮かべ、ウィリアムの隣に立つ。ただ守られてばかりでは認めて貰えないと、分かっているから。


「母上、兄上。ご無沙汰しております」

 ウィリアムも冷静さを取り戻し、優雅に一礼した。
 孤児院を経営している一番上の兄ではなく、二番目の兄だ。二人共異母兄弟ではあるが、この世界では同じ家の者はその別なく育てられる。
 二番目の兄は、兄弟の中で最も母と仲が良い。ウィリアムにとっては実の母だ。
 フィオーレ家が所有する領地の一つで領主をしている彼も、母の頼みならこうしていつでも飛んで来るのだ。

「今からは私がお話しします。ハルト、少し早いが、今からオスカーのところへ行っておいで」
「あら、その子は彼の事も誑かしているのかしら?」
「避難させます。ハルトは俺の、大切な人ですから」

 ウィリアムはにっこりと笑って言った。

「平民でしょう? お遊びなら、今まで通り貴族になさい」
「彼の事は遊びではありません。他の者との関係は全て断ちました。命尽きるその日まで、俺が愛するのはハルトただ一人です」

 滔々と語り、愛しげに暖人を見つめた。


「俺は彼に、騎士の誓いを捧げました。騎士として、男として、生涯ハルトと共にあると誓ったのです」

 真っ直ぐに見つめられ、暖人は頬を染める。そっと手を繋がれ、こんな時なのにと思いながらも嬉しそうに笑った。

「なっ……騎士の誓いですって!? あなたは騙されているのよ!?」
「……騙しているとしたら、俺の方です」
「ウィルさん?」
「本当の俺を知れば、怯えさせてしまうだろうね」

 王子様のように指先にキスをされて、暖人は目を瞬かせる。
 空色の瞳がそっと細められ、するりと手首を擽られた。

「んっ……」
「愛しているよ、ハルト」
「ウィルさん……」

 どれほど愛しているか、今この場で二人に見せつけてやりたい。二度と引き離そうなどと考えない程に。

 ぞくりとする程の熱を帯びた瞳に、暖人は無意識に喉を鳴らした。

(本当のウィルさん、なんて……知ってるのに)

 怯えるなんて、とくすりと笑う。もう何をされても、嬉しい以外ないのに。

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