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ラスとご飯と

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 ラスは良く食べる。それを知る暖人はるとは、鍋としょうが焼きとピカタに、ステーキも付けた。他にもサラダやパンなどもあるのだからこれで充分だろう。

 使用人からオスカーもステーキを所望していると聞かされ、オスカーの分も一緒に焼いた。
 先ほど運動後だからと何か食べていたが、足りなかったのだろう。と暖人は思っているが、暖人の焼くステーキを、自分だけが食べていないのは不満だったのだ。





「うっ……まっっ」

 魔獣鍋を口にしたラスは、エヴァンと同じ反応をした。

「えっ……、魔獣ってこんなに美味しいんですか? あ、ハルト君が料理上手なんですよね。期待してましたけど、その期待を越えてきました。この少しとろみのあるスープと合ってて最高ですよ」

 流れるように褒め、次はステーキを一口。
 一瞬目を見開き、しっかりと味わってから飲み込む。

「うっ……まぁっ、柔らかくする処理をしてるんですよね? 柔らかいのにこの歯応え。しっかり噛み締められるのに柔らかい。赤身でこんなのは初めてです。ソースも絶品ですね……。そうだハルト君、王都に店を出しません? 資金や準備は全部俺が……でもこれを他の大勢に食べさせるのも勿体ない気もしますね……」

 珍しく眉間に皺を寄せ、唸りながら料理を見据えた。
 他の人が相手なら、美味しい料理はたくさんの人に食べて貰いたいと思う。だが暖人の料理は、出来る事なら独り占めしたい気持ちになった。

 スープをもう一口。
 初めて食べるしょうが焼きも、通常のものとは味付けの違うピカタも、あまりに美味しい。


「……ハルト君。これからたまに俺の屋敷でご飯を作ってくれませんか? 勿論お礼はたくさんしますよ」
「ラス」
「あ、やだなぁ、団長が考えてるお礼じゃありませんよ。美味しいお菓子を好きなだけ食べ放題です」
「食べ放題……」
「ハルト、騙されてはいけないよ」
「ハッ……そうでした、ここでも食べ放題です」
「違う屋敷のシェフの味、知りたくないですか?」
「違う屋敷の……」
「うちのシェフは、ヴェスティの料理が得意なんですけど」
「ヴェスティの……」

 じゅる、と音が聞こえそうな顔をした。
 元の世界ではお腹いっぱいに食べられる事があまりなかった為、食に執着する気持ちは涼佑りょうすけにも分かる。分かるのだが。

「はる。お菓子あげるって言われても、ついて行ったら駄目だよ。子供の頃から言ってるでしょ?」
「でも、ラスさんは」
「どう見ても食べようとしてるでしょ。はるは一番美味しいお菓子なんだから」
「俺、お菓子じゃない。……おにぎりとか」
「待って、その発想が天才」
「涼佑、最近ますます過保護になったよね」
「タガが外れたみたい」

 天才、可愛い、と顔を覆って繰り返す。
 この屋敷に来た頃とはあまりに違う涼佑に、使用人たちは引くどころか、我が子のように微笑ましく見つめていた。
 まるで、子猫とお兄さん猫がじゃれ合っている姿を見るように。





「とても美味しかったです。ごちそうさまでした、ハルト君」

 ラスは帰り際、またそう言って笑顔を見せた。

「こちらこそ、たくさん褒めてくださってありがとうございました」

 暖人が笑うと、ラスは嬉しそうに目を細める。暖人が嬉しそうにしていると、こちらまで嬉しくなるのだ。
 玄関ホールまで見送りに来てくれた事にも上機嫌になる。

「リョウ君も、魔獣をありがとうございました」
「いえ、別に」

 暖人のついでですから、と先程興味なさげに言われた時は少し驚いたが、暖人を狙う人物と認定されているなら当然だ。


 三人が警戒する中で、ラスはにっこりと笑った。

「ハルト君、また遊びましょうね」
「はい、っ……」

 ラスはあまりに自然に暖人の後頭部に手を回し、ちゅっと目元にキスをした。素早く頬にももう一つ。

「ラス!!」
「やだなぁ、団長。頬ですよ。さよならの挨拶です」

 殺気を向けてくるウィリアムに明るく笑いながら、ラスは足早に馬車へと乗り込んだ。

「またお話ししましょうね、ハルト君」
「…………はっ、はいっ」

 窓から手を振るラスへと振り返し、見送る。
 その愛らしい姿を背後に見つめながら、ラスは苦笑した。

「あー、やっぱり獣に食べられちゃったか」

 ウィリアムが暖人の顔をがっしりと掴み、頬にキスをしているのが門を出る前にギリギリ見えた。

「魔獣より大変なのに捕まっちゃったなあ、ハルト君」

 それも、三匹も。
 角度的に唇にキスしたように見えただろうから、今頃他の獣たちに唇を奪われているだろう。使用人たちの前で、威厳も何もあったものじゃない。


 遠くなっていく屋敷を見ながら、ラスはそっと息を吐いた。

「……いいなあ」

 どんなに仕事で疲れても、理不尽な事があっても、帰れば彼がいて、おかえりと迎えてくれる。
 きっと寝る前にはおやすみと言って、せがめば添い寝もしてくれるのだろう。


 いいなあ……。

 羨ましい。

 欲しいな、ハルト君。

 ……欲しい、な。


 視線を伏せ、深く息を吐いた。

 少し疲れているのかもしれない。癒しが欲しい。
 他の女では役に立たない。彼と同じ年頃の男でも駄目だ。

 ……ああ、あのまま拐って……、抱き枕にしたい……。

 絶対、ベッドの中でも腕にすっぽりジャストフィットだ。
 欲しいな……、いいな、ハルト君。

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