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ハルト様、最強
しおりを挟む暖人が厨房の皆と楽しく料理する姿を、三人はこっそりと覗いていた。
エプロン姿で器用に包丁を使い、味見をして、満足そうに頷く。
俺の、僕の、妻が今日も可愛い。
三人は同時に同じ事を思い、暖人に見つからないうちに後ろ髪を引かれながらもダイニングルームへと戻った。
「魔獣のぼたん鍋風スープと、魔獣のしょうが焼きと、ピカタです」
暖人はそう言って、オスカーの前に自ら料理を並べた。
そしてウィリアムの時とは違い、オスカーの隣に座りソワソワと反応を窺う。涼佑は暖人の隣に、ウィリアムは暖人の正面に座った。
魔獣……。とまだ食べていない使用人が呟く中、オスカーは躊躇いもせずにスープを口に運ぶ。
「……美味いな。このスープはミソシルに似てるが、後味がもっとさっぱりしてるな」
「はい、ベースは同じで味噌を少なめにして、その分出汁の分量を増やしました」
「なるほど。この国の料理に近い味にしたわけか」
貴族はやっぱり何かコメントしないと生きていけないのかな、と涼佑が思う中、オスカーはスープの中の肉を掬った。
「……さすが魔獣だ。肉質がしっかりしている」
噛み応えがありつつ、筋は残らず綺麗に噛み砕ける。脂が少なめな肉とスープがまた良く合う。
「魔獣を調理したのは初めてだろ? 良くここまで素材の良さを引き出す事が出来たな。尊敬する」
すごいぞ、と言わんばかりに頭を撫でられ、暖人は嬉しそうに笑った。
「まさか……ハルトは、撫でられる為に隣に座ったのか……?」
「そうみたいです……反応を見るなら正面がいいのに、あえての隣ですから……」
そんなにその手が気持ち良いのか、と二人は畏怖と嫉妬混じりの視線を向ける。自分たちが撫でても嬉しそうだが、それとは違う何かを感じた。
オスカーは二人に見せつけるように暖人を撫で回す。頭を撫で、頬を撫で、顎の下を擽ると猫のようにうっとりと目を閉じる。
そんなに、と涼佑とウィリアムだけでなく、使用人たちもゴクリと息を呑んだ。
何より、あのオスカーが穏やかな顔で愛でているのだ。やはりハルト様は素晴らしい、と思う一方で、ぶるっと震えずにはいられなかった。
「暖人の料理が冷えるのでさっさと食べてください」
うっとりする暖人には悪いが、もう堪えられない。涼佑は暖人の肩を引き寄せ、オスカーから引き離した。
肩を竦めたオスカーは、また料理を口に運ぶ。生姜もモッルの店にあった食材だ。しょうが焼きもピリッとした辛みと醤油の甘味が絶妙。
ピカタも勿論、絶品。どれも美味しくて黙々と食べた。
「そういえば、さすが魔獣、って何です?」
「魔獣は強くて堅そうだからな。肉もしっかりしてるだろうという予想だ」
「強くて堅そうって、子供みたいな表現ですね」
「そういうギャップが、コイツは好きなようだぞ」
オスカーは暖人を横目で見る。視線がぱちりと合い、暖人はこくりと頷いた。
「はる、そうなの?」
「うん……、子供みたいなオスカーさん、可愛いなって思う」
「可愛くはないよ?」
「かっこいいから余計に可愛く思えるっていうか……」
「僕は?」
「涼佑もかっこよくて可愛いよ。大好き」
ポンポンと涼佑の頭を撫でる。
「僕もはるが大好きだよ」
椅子を寄せて暖人をぎゅうっと抱き締めた。暖人が可愛くて、もう他はどうでも良い。
「ハルト。俺はどうだい?」
「ウィルさんは、時々余裕なくしちゃう時に可愛いなあって思ってます。そんなところも好きですよ」
「ハルトは俺の全てを愛してくれるんだね」
ウィリアムは蕩けるような笑みで暖人を見つめた。
ハルト様、最強――。
その場の皆が、言葉にはせずに暖人を褒め称えた。
何より、あの青の騎士団長の心を射止めた上に、人前で堂々とイチャつかせているのだ。もはやこの国最強も、彼かもしれない。
「あっ」
「どうしたの、はる?」
「えっと、ウィルさんにお願いが……。今度、ラスさんも」
「ラス?」
「はい、その……」
ウィリアムは笑顔のままで、ひんやりとしたものを漂わせる。
(本当にラスさんのこと警戒してるなあ……)
ラスと外で夕食を食べて来た日からまた酷くなった気がした。
そこで使用人の一人がウィリアムに何かを告げに来る。ウィリアムは苦々しい顔をして返答をし、使用人はまたダイニングルームを出て行った。
そして、一分も経たずに。
「ハルト君、来ちゃいました」
「えっ、ラスさんっ?」
「食事中にすみません。団長の隣に座るならいいって許可を貰ったので」
許可通りの場所に座り、にこにこと暖人を見つめた。涼佑の正面だが、もう暖人しか見えていない。
「見るな。ハルトが減る」
「やだなぁ、団長。見られるとますます綺麗になるんですよ?」
「必要ないよ。ハルトはあまりに綺麗で困るくらいだ」
ウィリアムはラスに対しては塩対応。だがラスも気にせずに暖人を見つめ続けた。
「あの件を直談判しようと思って来たんです」
「あっ、俺も今お願いしようとしてたところで」
「……ハルト?」
「あー、違います違います、団長が思ってるような事は一切なく、月に何度かハルト君と一緒に食事をする許可を貰いに来たんですよ」
暖人もコクコクと頷く。
ウィリアムが思っているような事……恋人になる許可、だったのだが、冷静になって考えれば、真面目な暖人が皆のいる場でこんなに軽くお願いしてくるはずがない。
「ウィルさん、お願いします」
「ハルトが望むなら、許可するよ」
暖人を疑ってしまった罪悪感と、恋人になる許可からの落差で、ウィリアムはすんなりと頷いた。
「食事の許可なら、帰りにこの屋敷で食べて行く事も含まれるだろう?」
「最初はそれをお願いしようと思ってたんですよ。毎週ハルト君を連れ出したら、団長も気が気じゃないと思いまして」
「ああ。毎週などとんでもない」
「ですよね」
ラスは笑顔で同意する。実はウィリアムよりも自分の方が一緒に出掛けているのではと気付いたからこそ、ご機嫌取りに徹する。
それに気付かないウィリアムではないが、聞き分けの良いところもあるなと妥協した。
「ハルトが作ってくれた魔獣料理があるのだが、食べて行くか?」
「いいんですか?」
ラスはパッと顔を輝かせる。
「話しには聞いた事ありますけど、食べた事ないんですよ」
「魔獣に抵抗はないのか?」
「抵抗より興味が強いですね。それにハルト君の作った物なら間違いなく贅沢品じゃないですか」
堂々と言い切るラスに、使用人たちは「もしかしてラス様も……」「やはりハルト様が最強……」と口々に囁いた。
「あの、ラスさん……。俺はここに来るまでちゃんと料理を習ったこともないので、あまり期待しないでくださいね?」
自分では美味しく出来たと思っても、贅沢品まで持ち上げられては不安になる。
「期待してくれ」
「ああ。期待を越えてくるぞ」
「ハードル上げないでくださいっ」
ウィリアムとオスカーが真剣な顔で言うものだから、慌ててそう言って席を立った。
「ラスさん、夕飯はまだですか?」
「はい」
「じゃあ、魔獣のステーキも焼いてきますね」
「えっ、ハルト君自ら焼いて……? 楽しみにしてます」
真夏の太陽のように眩しい笑みを向けられ、暖人は「期待しないでくださいねっ」と言いながら厨房へと逃げ込んだ。
王子のようなウィリアムとは違う種類の、眩しい。
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