後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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 楽しい外泊を終え、翌日の昼過ぎに屋敷へと戻った。すると暖人はるとの部屋でウィリアムとオスカーが待っていると伝えられた。
 二人一緒に、と暖人はハラハラしながら扉を開ける。

「おかえり、ハルト。リョウ」
「あの……、ただいま帰りました」

 暖人はそっと室内に入り、促されるままに涼佑りょうすけと共にウィリアムの向かいに座った。

「ハルト。宿泊中、不便や不満はなかったかい?」
「え? はい、とても素敵な部屋で、ご飯も美味しくて、大満足でした」
「そうか、安心したよ」

 ウィリアムは安堵したように笑う。
 本当にホテルに対しての問いだった、と涼佑は内心で驚く。てっきり自分に対する不満はないかという嫌味だと思っていた。
 ひねた考えをしていたかもしれない。少しだけ反省した。

「何かあれば、宿側に改善命令を出そうと思っていたのだが」
「えっ」
「王都は人の出入りが多いだろう? 要人の泊まる場所は特に最高レベルのサービスを提供しなくてはならないからね。その管理も俺たちの仕事の一つだよ」
「そうなんですか。大変ですね……」

 国を守るだけでなく、管理まで。赤と青の騎士が街の巡回をしているのは、警備と整備を兼ねたものだった。


 ホテルの話を終え、ウィリアムは暖人の指にチカッと光るものを見つけた。

「……そうか、ついに」

 ウィリアムがこの世の終わりのような声を出す。

「ああ、これですか? 許可をいただいてありがとうございます」

 暖人は僕のなので許可なんて必要なかったですけど、と言わんばかりに、これ見よがしに指輪をキラキラと反射させた。
 当然オスカーの眉間には皺が寄る。

「他ならぬハルトの頼みだからな」
「あれ? 僕ははるにとって特別だからと認めたからでは?」
「誰がそんな、……コイツか」
「す、すみません……」
「いや、言われて困る事でもないか」

 そう言って立ち上がり、当然のように暖人の隣に座り頭を撫でた。

「次は俺と一緒に泊まってくれ」
「っ、はい、あの……はい」

 あまりに真っ直ぐに見つめられ、暖人はしどろもどろに答える。そっと頬を包み込む手のひら。

「その時に……お前さえ良ければ、ここに嵌める指輪を贈らせて欲しい」
「っ……、あの、それはっ」

 左手の薬指を撫でられ、ますます慌てた。

「お前には、そのつもりはないか?」
「そんなっ、ことはない、ですが……」
「ハルト。目を逸らさずに言ってくれ」

 今までの強引なプロポーズとは違う。優しく名を呼び、真っ直ぐに見つめて、そっと暖人の手を取り薬指に口付けをした。

(強みを自覚したイケメン、強い……!)

 なんと、ギャップを生かしてきた。押して駄目なら引いてみろ。オスカーの弱ったところに弱い事も利用して、ある意味グイグイ引きながら押してきた。

 頬を包み込む手がそっと顎を持ち上げ、射抜かれたように動けない暖人の唇へと触れる……前に、ウィリアムが暖人を引き離した。


「ハルト。オスカーより先に、俺の求婚を受け入れて欲しい」
「っ……」
「形振り構ってはいられないよ。俺はあの森で君と出逢った時からずっと、君を愛しているんだ」

 両手で頬を包み、蕩けるような甘い笑みを浮かべる。

「愛している。どうか、俺と結婚して欲しい」

(ウィルさんの方が強引になってきたっ……)

 愛しげに頬を撫で、誰もが頷かずにはいられない甘い瞳で見つめられて……。

「残念ですけど」

 グイッと涼佑が暖人の肩を抱き寄せた。

「はるが最初に嵌めてくれるのは、僕の指輪です。ね、はる?」
「待て。ハルトが断りづらい訊き方をするな」
「あなたには言われたくありません」
「リョウには最初の指輪を許可しただろう? 次は俺だよ」
「求婚順で言えば俺が先だろ」

 三人は暖人を囲み、わあわあと言い合う。

(この感じ、久々だ……)

 涼佑にがっちりと抱き締められ、両手をウィリアムとオスカーに取られて、無理に引っ張る事もなく言い合いで取り合われている。

(指輪がプロポーズのスイッチになったんだ……)

 右手を見つめると、重ね付けされた二つの指輪。
 結局帰るまで待てずに、針と糸を買い、ホテルでぬいぐるみストラップから指輪を取り出した。
 ホテルでも二人でずっとそれを見つめていた。思い出すと頬が緩み、慌てて口元を引き締めた。


 そこでふと、何の脈絡もなく思い出す。
 三人とも剣を使って国を守る人。そして、自分を守ってくれる人。
 救世主の力は浄化で、暖人としても聖女みたいだと初めの頃に何度も思った。
 そんな自分が、こうして愛されている状況。

「はる?」
「……イケメン騎士団長二人と、イケメン幼馴染」
「うん?」
「俺、男なのに……聖女なのに溺愛されています、みたいな状況なんだけど……」

 もしくは、国の乱れを正していたら求婚されました。ありそう、とネットのある生活を少しだけ懐かしく思った。

「ふっ、っ……ふふっ、はるが聖女って、やっぱり似合い過ぎだね」
「自分で言っておいてあれだけど、似合わないよ」
「似合うよ。祈りを捧げる暖人かぁ……。慈愛の聖女かな」
「今更だけど、俺は女の子じゃないし」

 なるほど、とウィリアムは何かを納得して口を開く。

「天からの御使い……、それではハルトの魅力を表しきれないか……」
「ウィルさんは真面目に考えないでください」
「慈愛の天使で良くないか?」
「混ぜても良くありませんからね。オスカーさんは自分のキャラを貫いてください」
「俺は本気だが」

 何を言っているのか分からない、という顔をした。

「聖人だと何となくはるっぽくないし……オスカーさんに同意は嫌だけど、慈愛の天使に一票」
「そうだね。俺もそれが良いと思うよ」
「決まりだな」
「待ってください、それ俺じゃないです」

 本人の意思も確認して欲しい。

「それなら、慈愛と博愛の天使というのはどうだろう?」
「待って、ウィルさん待って」
「いいな」
「そうですね」

 三者一致で可決されてしまったそれに、暖人はスンと口を噤んだ。

 よくよく考えれば、今後それで呼ばれるかと言えば、そんな事はないだろう。
 ここだけのお遊び。そして、言い合いをしていた三人は仲良くなった。
 まあいいか、と暖人はその名をひとまず受け入れた。
 だが。


「そういえば、小耳に挟んだんですけど。鮮血の騎士ブラディナイトに、死海の騎士デッドシーズナイトって、厨二的な名前ですね」
「ちょっ……、涼佑っ」
「ちゅうにが何かは知らんが、嘲笑されてるのは分かるぞ。城破壊者キャッスルデストロイヤー

 知る人ぞ知る名を何故。涼佑はぴくりと眉を上げた。

「革命軍の救世主、双剣を操る救世主、天才軍師、竜使い、鬼神。君は随分と色々な名を持っているね」
「過去の話です」
「そうかい? おかしいな。今も街ではそう囁かれているとうちの部下が話していたが」
「赤の諜報員は無駄な情報が多いんですね?」
「些細な事に重大な事実が隠されている事もあるだろう?」

 笑顔で火花を散らすウィリアムと涼佑に、これは本気で嫌い合っている訳ではなさそう、と暖人は安堵する。


 しかし、鮮血の騎士に、死海の騎士に、鬼神。なかなか物騒な通り名が揃ったものだ。

(涼佑は、魔獣絡みで何かかっこいいの作れないかな……)

 色々と考えたものの、これというものが思いつかない。そのうちに、三人の通り名が格好良く思えてきた。

「みんなの通り名はかっこいいのに、俺は……」
「慈愛と博愛の天使」
「オスカーさんがそれを言うと違和感がすごいです」

 そう言って少し拗ねただけなのに、何故か頬をむにむにと揉まれる。片手で唇をくちばしのようにされながら、オスカーさんこれ好きだよなあ……とおとなしく揉まれるままにしておいた。

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