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通り名
しおりを挟む楽しい外泊を終え、翌日の昼過ぎに屋敷へと戻った。すると暖人の部屋でウィリアムとオスカーが待っていると伝えられた。
二人一緒に、と暖人はハラハラしながら扉を開ける。
「おかえり、ハルト。リョウ」
「あの……、ただいま帰りました」
暖人はそっと室内に入り、促されるままに涼佑と共にウィリアムの向かいに座った。
「ハルト。宿泊中、不便や不満はなかったかい?」
「え? はい、とても素敵な部屋で、ご飯も美味しくて、大満足でした」
「そうか、安心したよ」
ウィリアムは安堵したように笑う。
本当にホテルに対しての問いだった、と涼佑は内心で驚く。てっきり自分に対する不満はないかという嫌味だと思っていた。
ひねた考えをしていたかもしれない。少しだけ反省した。
「何かあれば、宿側に改善命令を出そうと思っていたのだが」
「えっ」
「王都は人の出入りが多いだろう? 要人の泊まる場所は特に最高レベルのサービスを提供しなくてはならないからね。その管理も俺たちの仕事の一つだよ」
「そうなんですか。大変ですね……」
国を守るだけでなく、管理まで。赤と青の騎士が街の巡回をしているのは、警備と整備を兼ねたものだった。
ホテルの話を終え、ウィリアムは暖人の指にチカッと光るものを見つけた。
「……そうか、ついに」
ウィリアムがこの世の終わりのような声を出す。
「ああ、これですか? 許可をいただいてありがとうございます」
暖人は僕のなので許可なんて必要なかったですけど、と言わんばかりに、これ見よがしに指輪をキラキラと反射させた。
当然オスカーの眉間には皺が寄る。
「他ならぬハルトの頼みだからな」
「あれ? 僕ははるにとって特別だからと認めたからでは?」
「誰がそんな、……コイツか」
「す、すみません……」
「いや、言われて困る事でもないか」
そう言って立ち上がり、当然のように暖人の隣に座り頭を撫でた。
「次は俺と一緒に泊まってくれ」
「っ、はい、あの……はい」
あまりに真っ直ぐに見つめられ、暖人はしどろもどろに答える。そっと頬を包み込む手のひら。
「その時に……お前さえ良ければ、ここに嵌める指輪を贈らせて欲しい」
「っ……、あの、それはっ」
左手の薬指を撫でられ、ますます慌てた。
「お前には、そのつもりはないか?」
「そんなっ、ことはない、ですが……」
「ハルト。目を逸らさずに言ってくれ」
今までの強引なプロポーズとは違う。優しく名を呼び、真っ直ぐに見つめて、そっと暖人の手を取り薬指に口付けをした。
(強みを自覚したイケメン、強い……!)
なんと、ギャップを生かしてきた。押して駄目なら引いてみろ。オスカーの弱ったところに弱い事も利用して、ある意味グイグイ引きながら押してきた。
頬を包み込む手がそっと顎を持ち上げ、射抜かれたように動けない暖人の唇へと触れる……前に、ウィリアムが暖人を引き離した。
「ハルト。オスカーより先に、俺の求婚を受け入れて欲しい」
「っ……」
「形振り構ってはいられないよ。俺はあの森で君と出逢った時からずっと、君を愛しているんだ」
両手で頬を包み、蕩けるような甘い笑みを浮かべる。
「愛している。どうか、俺と結婚して欲しい」
(ウィルさんの方が強引になってきたっ……)
愛しげに頬を撫で、誰もが頷かずにはいられない甘い瞳で見つめられて……。
「残念ですけど」
グイッと涼佑が暖人の肩を抱き寄せた。
「はるが最初に嵌めてくれるのは、僕の指輪です。ね、はる?」
「待て。ハルトが断りづらい訊き方をするな」
「あなたには言われたくありません」
「リョウには最初の指輪を許可しただろう? 次は俺だよ」
「求婚順で言えば俺が先だろ」
三人は暖人を囲み、わあわあと言い合う。
(この感じ、久々だ……)
涼佑にがっちりと抱き締められ、両手をウィリアムとオスカーに取られて、無理に引っ張る事もなく言い合いで取り合われている。
(指輪がプロポーズのスイッチになったんだ……)
右手を見つめると、重ね付けされた二つの指輪。
結局帰るまで待てずに、針と糸を買い、ホテルでぬいぐるみストラップから指輪を取り出した。
ホテルでも二人でずっとそれを見つめていた。思い出すと頬が緩み、慌てて口元を引き締めた。
そこでふと、何の脈絡もなく思い出す。
三人とも剣を使って国を守る人。そして、自分を守ってくれる人。
救世主の力は浄化で、暖人としても聖女みたいだと初めの頃に何度も思った。
そんな自分が、こうして愛されている状況。
「はる?」
「……イケメン騎士団長二人と、イケメン幼馴染」
「うん?」
「俺、男なのに……聖女なのに溺愛されています、みたいな状況なんだけど……」
もしくは、国の乱れを正していたら求婚されました。ありそう、とネットのある生活を少しだけ懐かしく思った。
「ふっ、っ……ふふっ、はるが聖女って、やっぱり似合い過ぎだね」
「自分で言っておいてあれだけど、似合わないよ」
「似合うよ。祈りを捧げる暖人かぁ……。慈愛の聖女かな」
「今更だけど、俺は女の子じゃないし」
なるほど、とウィリアムは何かを納得して口を開く。
「天からの御使い……、それではハルトの魅力を表しきれないか……」
「ウィルさんは真面目に考えないでください」
「慈愛の天使で良くないか?」
「混ぜても良くありませんからね。オスカーさんは自分のキャラを貫いてください」
「俺は本気だが」
何を言っているのか分からない、という顔をした。
「聖人だと何となくはるっぽくないし……オスカーさんに同意は嫌だけど、慈愛の天使に一票」
「そうだね。俺もそれが良いと思うよ」
「決まりだな」
「待ってください、それ俺じゃないです」
本人の意思も確認して欲しい。
「それなら、慈愛と博愛の天使というのはどうだろう?」
「待って、ウィルさん待って」
「いいな」
「そうですね」
三者一致で可決されてしまったそれに、暖人はスンと口を噤んだ。
よくよく考えれば、今後それで呼ばれるかと言えば、そんな事はないだろう。
ここだけのお遊び。そして、言い合いをしていた三人は仲良くなった。
まあいいか、と暖人はその名をひとまず受け入れた。
だが。
「そういえば、小耳に挟んだんですけど。鮮血の騎士に、死海の騎士って、厨二的な名前ですね」
「ちょっ……、涼佑っ」
「ちゅうにが何かは知らんが、嘲笑されてるのは分かるぞ。城破壊者」
知る人ぞ知る名を何故。涼佑はぴくりと眉を上げた。
「革命軍の救世主、双剣を操る救世主、天才軍師、竜使い、鬼神。君は随分と色々な名を持っているね」
「過去の話です」
「そうかい? おかしいな。今も街ではそう囁かれているとうちの部下が話していたが」
「赤の諜報員は無駄な情報が多いんですね?」
「些細な事に重大な事実が隠されている事もあるだろう?」
笑顔で火花を散らすウィリアムと涼佑に、これは本気で嫌い合っている訳ではなさそう、と暖人は安堵する。
しかし、鮮血の騎士に、死海の騎士に、鬼神。なかなか物騒な通り名が揃ったものだ。
(涼佑は、魔獣絡みで何かかっこいいの作れないかな……)
色々と考えたものの、これというものが思いつかない。そのうちに、三人の通り名が格好良く思えてきた。
「みんなの通り名はかっこいいのに、俺は……」
「慈愛と博愛の天使」
「オスカーさんがそれを言うと違和感がすごいです」
そう言って少し拗ねただけなのに、何故か頬をむにむにと揉まれる。片手で唇をくちばしのようにされながら、オスカーさんこれ好きだよなあ……とおとなしく揉まれるままにしておいた。
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