後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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 玄関ホールに並ぶ屋敷の皆へ、エヴァンは丁寧に礼を述べる。

(将軍してるエヴァンさん、大人でかっこいいな……)

 しかも青竜族だ。竜というだけでもう格好良い。
 堂々として余裕のある大人。後何年かすれば、自分も落ち着きと余裕のある大人になれるだろうか。
 つい見つめていると、涼佑りょうすけに拗ねたように腕を引かれた。



「エヴァンさん、ご実家の方は大丈夫でした?」

 いつもの丘へ向かう途中、暖人はるとはエヴァンに声を掛ける。すると満面の笑みが帰ってきた。

「ああ、お陰様で。ひとまず二十年は自由の身だ。ありがとな、ハルト君」
「良かったですっ。……でも」
「それだけあれば、俺がいなくなってもいいように充分準備が出来るさ」

 人間の生は短い。二十年もあれば、経験の少ない年若い部下たちも頼りがいのある壮年になる。
 先々代皇帝の時代のように、盤石な国の基盤を作り上げる事も充分に出来るだろう。

「皇子も三十六だろ。跡取りも心配ない頃だろうな」

 どんな子と結婚するんだろうな、とエヴァンは笑う。それを涼佑は静かに睨むだけだ。
 どうせ言ったところで、いつものようにはぐらかされるだけ。だが。

「……エヴァンさんは」

 口を開いた暖人の頭を、大きな手がポンと撫でる。

「国が落ち着いて連れて来られるようになったら、皇子にも今日の料理を作って貰いたいんだが、頼めるだろうか」

 穏やかな声。瞳。それだけで、暖人にはもう何も言えなかった。
 大切に想う気持ちは確かにそこにあるのに……それ以上は、踏み込めなかった。

 勿論です、と答えると、エヴァンはそっと目を細める。
 あの料理を皇子に食べて貰いたい気持ちと、涼佑の恋人が聡い人物で良かった。そんな思いで。


「お肉、ありがとうございました」
「いえいえ。こちらこそ美味しいご飯をありがとな。美味すぎて毎日食べたいくらいだが……リョウ、そんなに睨むなよ~」
「暖人の料理が美味しいのは当然ですけど、勝手に触らないでください」
「あ、そっちか。悪い悪い」
「……蒲焼き」
「悪かったって~」

 今度は涼佑の髪をわしゃわしゃと撫でると、反撃がくる前にサッと離れて竜の姿になった。

『またな~』

 のんびりと挨拶をして尾を振りながら飛んで行くエヴァンを、犬みたいだな、と二人は同時に思いながら見送った。


「……エヴァンさん、本当に二十年したらいなくなっちゃうのかな」
「その間に帰れない状況を作るまでだよ。僕としては皇子を応援したいし、どう見ても両想いだし」
「男同士が結婚出来る世界でも、いろんな障害があるんだね」
「そうだね。……皇子が一般人なら良かったのかな」
「うん……それに、竜と人間だと寿命が違うからかな」
「それならなおさら、一緒にいられる時間を大切にするべきだと思うんだけど」

 ……先に失うと知っているから手にしたくないという気持ちは、分からないでもないけれど。

 どちらからともなく手を繋ぎ、屋敷へと歩き出す。
 大切で、でも触れられなくて、愛し合えなくて。想い合っているなら、そんな思いをして欲しくない。

「もし俺に何か出来る事があったら教えてね」
「ありがとう、はる」

 出来る事なら、あの二人にもこの幸せを知って貰いたい。
 それがお節介でも、本当に嫌がっていないうちは折をみて続けよう、と涼佑はそっと溜め息をついた。





 まだ二時を回ったところだ。
 涼佑は暖人を連れて、自分の部屋へと戻る。夕食時まで二人にしてくださいと告げて。

「涼佑さん……」
「なんですか、暖人君?」
「あまりにもあからさま過ぎませんか……」

 暖人をベッドの縁に座らせ、おもむろに持ってきたのは、……約束通りの、鏡だった。
 クローゼットの側に置かれていた姿見。それを暖人の全身がしっかりと映る位置にセットする。

「一緒にシャワー浴びたら、これ持ってくるの忘れてがっついちゃうかもだし」
「シャワーは別々で」
「どうして?」
「……どうしても」
「分かった」

 涼佑はあっさりと了承し、暖人の隣に座った。これからもっと恥ずかしい事をするのだから、心の準備はさせてあげたい。

 暖人は涼佑を見つめてから、そっと視線を伏せる。
 訊くなら、今しかない。


「あの、涼佑」
「うん?」
「俺って……」
「うん」
「………………声、大きい……?」

 えっちの時。

 蚊の鳴くような声で問い掛けた。
 ああ、あの時の、と涼佑はすぐに察する。

「はるがいっぱい声出してくれるの好きだけど、僕ははるしか知らないから、大きいかの比較は出来ないかなぁ」
「だよね……」
「この前見た人は小さかったよね」
「そう。それで、気になっちゃって」

 こんなにあっさりなら、迷わず訊けば良かった。暖人は胸を撫で下ろす。
 だがそのおかげで、ラスがお土産の箱を大事にしてくれているのを見られたのだ。それは良かった。

「声を抑えよう、なんて考えなくていいからね」
「そう……?」
「はるの声で、僕もえっちな気分になってるから」
「そうなの?」
「そうだよ。あの二人もそうだと思うけど、僕は特に」
「…………それなら、……出す」

 頬を染めながらも出すと決めた暖人に、そっと目を細めた。
 そう言いつつ、その時になれば恥ずかしくて我慢しようとするのだろう。それがまたゾクゾクする。などと知られれば逆に頑なに声を出さなくなりそうで、何も言わずにただ微笑むだけに留めた。


「はる、シャワーお先にどうぞ」
「あ……ありがとうございます」

 スッと立ち上がり、鏡の中の自分と視線が合うとビクリとして、ギクシャクとしながらバスルームへと向かった。

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