93 / 180
相談事
しおりを挟む暖人は、とある場所へと向かっていた。
そこは。
「ラスさん……」
「え? ハルト君?」
王宮内の、ラスの執務室だった。
いつも通り白い布を纏った暖人が、入り口付近でもじもじしている。だが何かに室内へと押し込まれ、パタリと扉が閉まった。
「……突然すみません。メルヴィルさんから教えていただきまして」
「ああ、メルから」
今、背後から押したのもメルヴィルだろう。お前の顔は見たくないという事か。ラスは小さく笑った。
暖人から布を預かりハンガーに掛け、手を取ってソファに座らせる。エスコート慣れしてる、と顔に出る暖人にまたくすりと笑った。
「俺に会いたくて、という訳じゃないみたいですね」
「すみません……」
「元気がないですけど、どうしました?」
いつもならにっこりとした笑顔で返る言葉が、今日はしおしおしている。
「あの……ウィルさんたちには内緒にしてて貰いたいのですが、折り入ってご相談が……」
内緒。
ラスは目を丸くした。
この部屋はウィリアムの執務室と同じ階の、廊下を進み角を曲がった先にある。
あのウィリアムとオスカーの目を盗みメルヴィルにだけ接触したとは、なかなか諜報員の素質があるのでは。大事な暖人でなければスカウトしていたところだ。
「俺に答えられる事でしたら、力になりますよ。何でも話してください」
「ありがとうございます」
顔を覗き込みそっと背を撫でると、暖人はようやく笑顔を見せた。
暖人は口を開き、閉じて、また開いて。餌待ちの雛みたいだな、とラスは思いつつも咄嗟に堪えた。拗ねて話さなくなっては困る。
背に触れるのも緊張するかと思い手を離し、ゆっくりでいいですよ、と優しく声を掛けた。
ありがとうございます、と膝の上で作った拳を見つめる暖人。
そして。
「あの、ラスさん。俺って、…………俺、…………………………えっちの時、声大きすぎでしょうか……」
はい??
と声に出してしまうところだった。
だが暖人は真剣に相談してくれている。ギリギリのところで堪えた。
「昨日偶然、知らない人のそういう現場に遭遇したんですが……」
そこで口を閉ざし、ほんのりと頬を赤くする。
なるほど。
どういう状況か知らないが、偶然誰かが致している現場に遭遇し、抱かれている側の声が小さくて驚いたと。声を抑えていた訳でなく、出しているのに小さかったというところか。
「ハルト君。君が相当悩んでいる事は良く分かりました」
奥ゆかしい彼がそんな相談をするくらいだ。相当だったのだろう。
「答える前に確認なんですが、それを、俺が知ってたらまずくないですか?」
「え?」
「ハルト君の声が大きいって」
「………………あっ」
本当に今気付いた暖人は、ぼっと顔を赤くしてあうあうと口をぱくぱくさせた。
団長たちならもう押し倒してる。ラスはいつも通りの笑顔で、例に漏れず暖人をソファに押し倒した。
「それとも、検証して欲しいって事ですか?」
「違いますっ」
「団長にも内緒で俺の部屋に来るなんて、ハルト君も悪い子ですね」
「違いますからっ」
ジタバタと暴れる姿が、……子供のようで、可愛い。
全く意識されていない。度々こんな悪戯をしてきたせいだが、少しくらいは本当に抱かれると怯えてくれても……。
これは信頼されているという事か、とラスはパッと手を離した。
「横になっても発声がしっかりしてるので、そのせいかもしれませんね」
「え?」
ラスは暖人を抱き起こし、服を整える。
「……今のは、確認するためですか?」
「半分くらいは検証のお許しが出るかなって期待してましたけど」
「すみません」
今度は暖人は良い笑顔で「ないです」と暗に伝えてきた。
ラスはくすりと笑い、暖人の髪を撫でる。
「ハルト君がここに来たのは、俺がいろんな人を知ってるからですよね」
「はい。……すみません」
「いえいえ、隠す気もない事実ですから。ただ、ハルト君がどの程度か分からなければ答えようがないんですよね」
「そうですよね……」
考えずとも分かる、当然の事だった。
だが昨日の事が頭から離れず、ラスなら、と勢いできてしまった。これも涼佑たちには訊きづらい事だったからだ。
「涼佑には悩んでることがバレて、咄嗟に、その人みたいな……えっちな顔してるか、って訊いちゃったんですけど」
話しながらほんのりと頬を染める。
あれは勢いだったから訊けただけで、やはり今でも声が大きいかなど訊けない。だがまさか、トロ顔と返ってくるとは。
(とろ……どんな顔か、見たことあるな……?)
暖人は首を捻る。オスカーと一緒にシャワーを浴びた時に、鏡で見た。あれがそれか。あれはプレイではなく、事故だったのだが。
「ハルト君がそんな訊き方したら」
「はい……。鏡の前ですることになりそうです……」
「ですよね……それは、頑張ってくださいとしか……。ハルト君って、一般的な行為をする時あります?」
「俺には一般的がどんなものかが……」
他を知らないという意味か、おかしなプレイばかりされてもう分からないという意味かと計り兼ねたラスだが、それを訊くと悩みを増やしてしまいそうだ。
「もし特殊なプレイだとしても、ハルト君がいいならいいんですけど」
「……愛されてるな、って思うと何でも許せちゃうので」
許すか許さないかという時点で通常プレイではないと思いつつ、ラスは余計な事は言わない事にした。
「嫌だけど我慢してるという訳じゃないんですよね?」
「はい、まあ……最終的には気持ちよかったってなるので……」
言ってから、暖人はじわじわと頬を染め俯く。
「ハルト君がいいなら、いいんですけどね」
今度は違う意味を込めるラスの腕を、暖人はついペシッと叩いてしまった。
28
お気に入りに追加
954
あなたにおすすめの小説


獣人の子供が現代社会人の俺の部屋に迷い込んできました。
えっしゃー(エミリオ猫)
BL
突然、ひとり暮らしの俺(会社員)の部屋に、獣人の子供が現れた!
どっから来た?!異世界転移?!仕方ないので面倒を見る、連休中の俺。
そしたら、なぜか俺の事をママだとっ?!
いやいや女じゃないから!え?女って何って、お前、男しか居ない世界の子供なの?!
会社員男性と、異世界獣人のお話。
※6話で完結します。さくっと読めます。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

僕だけの番
五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。
その中の獣人族にだけ存在する番。
でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。
僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。
それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。
出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。
そのうえ、彼には恋人もいて……。
後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

ある日、人気俳優の弟になりました。2
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。
平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

親友と同時に死んで異世界転生したけど立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話
gina
BL
親友と同時に死んで異世界転生したけど、
立場が違いすぎてお嫁さんにされちゃった話です。
タイトルそのままですみません。

ヒロイン不在の異世界ハーレム
藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。
神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。
飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。
ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

ある日、人気俳優の弟になりました。
雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。
「俺の命は、君のものだよ」
初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……?
平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる