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エヴァンの頼み
しおりを挟む翌日。
「おや? 徒歩かい?」
涼佑に呼ばれて森の側まで迎えに来たエヴァンに、秋則は首を傾げた。
「馬車は少し離れた場所に待たせているので」
涼佑はにっこりと笑う。
秋則が驚いたのは、二人なら馬車だと思い、大量の栄養剤を用意していたからだ。
「このくらいなら彼が運べます」
「ええ、楽勝です」
瞬時に状況を理解したエヴァンは、秋則に笑ってみせた。
「壊れ物なので慎重にお願いします」
「ん? ……軽量瓶か」
涼佑の言葉に、エヴァンは慎重に大袋を持ち上げる。しっかりとした木の箱に入れられカチャリとも音がしないが、見た目と重さからそう判断した。
「ハルト君のも持とう」
「えっ、大丈夫ですよ」
「いいからいいから。リョウのも持つか?」
「僕は別に」
「そっか」
そう言って大袋二つと、暖人の持つ中袋を軽々と持ち上げる。涼佑も中袋二つを軽々と持っていた。
「あの、ありがとうございます」
「ん、ハルト君はいい子だな~」
ニッと笑うエヴァンに、暖人も笑顔を返す。
(涼佑には、そっか、なのに……)
暖人も決して力がない訳ではないのだが、二人があまりに軽々と持つものだから。
(筋肉つけよう……)
自分の腕が貧弱に見えて、まずは部屋でも出来る腕立て伏せから、と強く決心した。
「日野さん。滞在中、大変お世話になりました。それにこんなにたくさん、ありがとうございます」
涼佑は秋則に深々と頭を下げる。
「いやいや、こちらこそお菓子をありがとう。やっぱりどの世界でも、都会は洒落たものがあるね」
「ですよね。また珍しいものを見つけたら持ってきますね」
爽やかに微笑む涼佑に、ありがとう、と笑った。
「リョウ君。会えて嬉しかったよ。またいつでもおいで」
「はい、ありがとうございます」
「新名君も、また元気な顔を見せに来てね」
「はいっ」
暖人が笑うと、秋則も頬を緩める。つい頭を撫でてしまい涼佑の視線を感じるが、これは親子の別れだからと遠慮せずに抱き締めた。
暖人も嬉しそうに抱き返し、帰り際も何度も振り返り手を振っていた。
「リョウが頭を下げるとは……」
「暖人の父親的な人ですから」
「ああ、なるほど」
その一言で納得する。どの世界でも恋人の両親には心象良くしておきたいものだ。
「ところでリョウ君。送り迎え代として、一つ頼みがあるんだが」
「頼み分の金額を払いますよ」
「俺が村に帰る間、リョウに国を頼みたい」
「お断りします」
「三日、いや、明日いっぱいまで!」
「延期してください。せっかく暖人に会えたんですから。というか、帰ったら暖人を朝までとろとろにする約束なんですよ」
「とろとろか~。それなら……」
仕方ない、と言いかけて口を噤む。
中止じゃなく延期か、かなり丸くなったよな~、などとほっこりしている場合ではなかった。
「頼む! 今行って止めないと、村の子と結婚させられるんだよ~!!」
「結婚? それは困りますね」
「だろ!? リョウも分かってくれるかっ」
竜族は基本的には重婚をしないと聞いた。それだとエヴァンが結婚すれば、青竜族の村へ戻ってしまうという事。
青竜族は他国へ行く事を良しとせず、エヴァンの焦り方からすると、花嫁と共にリグリッドで暮らす事も出来ない可能性が高い。
そうなると、リグリッドの護り……より先に、皇子がさすがに可哀想だと思った。
もし結婚が出来ないとしても、せめて皇帝に即位して数年はエヴァンに傍にいて欲しいはずだ。
それに……、エヴァンがいなくなれば、皇子を守れる次の相手候補は確実に涼佑になる。暖人を連れてリグリッドに渡るにはまだ国が落ち着いていないし、何よりウィリアムの屋敷の方が安全だ。
白竜族もいる。屋敷や城には暖人を命懸けで守る人間が何人もいる。
リグリッドに住んだとしても、彼ら以上に全てを懸けても暖人を守ろうとする人間は出てこないだろう。
「……分かりました」
「リョウ~!」
「お礼より、暖人に謝ってください」
「ハルト君、本当にすまん! 明後日には帰すから!」
「えっ、いえ……」
「はるは怒っていいよ」
「怒らないよ。一大事だし、涼佑にしか頼めない事なんだって分かってるし。……離れるのは、寂しいけど」
しゅんとしながらも笑ってみせる暖人に、エヴァンはウッと呻く。
「すまん……本当に、申し訳ない……」
「えっ、そんな、エヴァンさんも大変なんですし、頑張ってくださいね!」
「……ありがとう、ハルト君」
眩しい、これが天使か、とまた呻いた。
岩陰まで移動し、竜になり姿を周囲に溶け込ませる。
今までは、夜に移動するしいいか、とそこそこの力を使っていたのだが、ノーマンに会ってからは擬態の大切さを知った。
知ったというより、完璧に溶け込む技術に、負けたくないと思ったのだ。
今のエヴァンは竜になった瞬間から、許した人物にしか……つまり涼佑と暖人以外には見えなくなっている。岩場に隠れたのは、森から見れば人間が急に消えたように見えるからだ。
次は急に消えて二人を驚かせてみようかと思いながら、大急ぎで暖人を屋敷まで送り届けた。
・
・
・
「涼佑、忙しいな……」
大企業の社長みたい、とソファに沈む。
どこかで見た小説の知識だが、今まさにそれだと思った。
涼佑は社長で、自分は……。
(ニートで、ヒモ……)
以前にも思った事だ。
恋人だから、愛人ではない。そうなると、ヒモでもない?
(飼い猫……?)
猫を飼う人の何割かは、猫が家にいる事を、可愛い彼女が家で待ってる、と言うらしい。
三人に溺愛され、餌付けされ、何不自由ない空間を提供されている自分はまさに飼い猫なのでは、と思ってしまう。
……いや、平安時代には、男性側が女性側の家に通う恋愛スタイルだった。
猫ではない。人間だ。
つまりここは平安時代。
「平安時代……」
何を言っているのか、と暖人は頭を抱えた。
思考を止めれば、昨夜の森での出来事を思い出してしまう。
初めて見た、誰かの……。
じわりと頬を染め、ふるふると首を振った暖人は、勢い良くソファから立ち上がった。
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