後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

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遭遇後

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 彼らから離れ、森の奥へと進む。今日は月が明るく、道を照らすものは月明かりだけで充分だった。

 数分歩くと、小さな湖に出た。木々のない頭上には丸い月が浮かび、鏡のような湖面にその姿を映している。

「この中にも空があるみたいだ」

 暖人はるとは湖を見つめ、感嘆の溜め息をついた。
 そっと湖面に触れると波紋が広がり、月はゆらゆらと揺れる。何度も揺らし、暖人は飽きる事なく見つめ続けた。

「綺麗だね」
「そうだね、綺麗だ」

 涼佑りょうすけも湖面を見つめる。
 元の世界で森にいた時は、暖人の顔ばかり見ていた。森の外では、誰かの目があるから。
 だが今は、これを綺麗だと感じる事が出来る。森を出ても、誰が見ていようとも、気にせずに暖人を見つめていられるのだから。


 ひとしきり揺らし、暖人はそっと瞳を伏せた。

「はる、何か悩んでる?」
「えっ、何もないよっ?」
「嘘」

 今のは、悩みがある時の表情だ。ずっと暖人を見てきた。このくらいなら分かる。
 きっと先程の二人の事だろうが、涼佑にも内容までは分からなかった。

(隠しても涼佑には分かっちゃう、けど……)

 暖人は視線を湖に向け、小さく息を吐く。そして。

「涼佑、俺、…………俺もあの人みたいに……えっちな顔、してるのかな……」

 涼佑から顔を背け、赤くなる顔を隠す。それでも耳が丸見えだ、と涼佑は思わず目元を緩めた。

「はるはもっとえっちだよ」
「えっ、嘘っ」
「トロ顔っていうのかな? とろとろで、すごくえっち」
「嘘っ、だってさっきの人、すごく色っぽかったし」
「やっぱり次は鏡の前でしようか」
「っ……」
「帰ったら、しようね」

 暖人はバッと膝を抱え、顔を隠す。
 鏡の前は嫌だが、涼佑とはしたい。でも涼佑とすると、何だかんだで鏡の前になる。
 好きな人に……特に、涼佑のお願いに弱い暖人は「だめ……?」と甘えた顔と声で言われれば「だめ……じゃない……」としか言えなくなるのだ。


 そんな心中を見透かした涼佑は、口元が緩んで仕方なかった。
 いくら暖人でも、絶対に嫌な事は、嫌だと言う。こうして悩むのは、涼佑がしたいならという想いと、少しの興味があるから。

 帰ったら普段以上にとろとろにして、その顔を見せてあげようと決めた。

「僕は、はるが世界一えっちだと思うよ」

 この世界でも元の世界でも、一番だという自信がある。だが先程の彼には、愛する人が一番に見えるのだろう。やはりどの世界でも、好きな相手が一番に決まっている。
 それはそうとして、やはり暖人が世界一だろう、と涼佑は自信満々に頷いた。


「はる」
「うわっ!」

 うずくまる暖人を器用に抱き上げ、近くのベンチに座らせる。

「涼佑、っ……ふ、くすぐったいよ」

 首筋に触れられ、くすくすと笑った。
 涼佑が触れたのは、昔の傷跡。皮膚が薄くなり、他の場所より敏感になっている。

「あの世界では、暖人が命を懸けて僕を守ってくれたから……この世界では僕が、命を懸けてはるを守るよ」

 首筋にそっと唇を触れさせ、きつく抱き締めた。
 これは子供の頃に、割れた窓ガラスから咄嗟に涼佑を庇って出来た傷だ。
 涼佑の背後の窓だった。暖人の位置からは誰かが投げたボールが飛んで来るのが見えていた。その一瞬で涼佑を引っ張り、覆い被さるようにして倒れ込んだのだ。

 もし暖人が気付かなければ、涼佑は怪我だけでは済まなかったと大人たちは言っていた。あの時の事を思うと、今でも心臓が凍りつく心地がする。


 涼佑の背に腕を回し、自分にも涼佑を助けられた事があった、とそっと息を吐いた。

「ありがとう、涼佑。……でも、俺が助けた命なら、大事にしてくれないと嫌だよ」
「はる……」

 涼佑を想う気持ちは、元の世界にいた頃から変わっていない。
 涼佑はもういないと認められた日、涼佑と、崖から飛び降りた。愛する人たちがいる今でも、自分があの日と同じ行動をしないという確信はない。
 三人ともを一番に想っていても、涼佑だけは……。


 背に触れた手のひらから、トクトクと鼓動が伝わる。
 涼佑には嫌だと言っても、この音を、体温を、やはりこの世界でも命懸けで守ってしまうのだろう。
 それはきっと、涼佑も同じ。

「俺も咄嗟だったから……涼佑を守るために、俺が危ない状況にならないように、これからは気を付けるね」
「はる……。ありがとう、それは僕が一番望んでる事だよ」

 やっと分かってくれた、と涼佑はきつく暖人を抱き締めた。

「もし何かあっても、即死さえ避ければ、今の俺たちには万能薬があるから」
「まず、使う状況にならないで?」
「っ……はいっ」

 ひんやりとした気配を感じ、暖人は素直に頷く。涼佑は暖人を胸に抱き、そっと口の端を上げた。
 以前ならこんな話をすれば、暖人は泣きそうな顔をしていた。それが今は、他愛ない話のように語る事が出来る。それはなんて幸せな事だろう。


 涼佑はそっと暖人を離し、柔らかな頬を撫でた。

「じゃあ、誓いのキスを暖人から」
「えっ」
「危ない事はしません、のキス」
「突然重くなってしまった」
「危ない事、しませんよね。はい、どうぞ」

 涼佑はそう言って目を閉じた。
 暖人は涼佑を見つめたまま慌てる。だが。

(……っ、これは、涼佑のキス待ち顔……)

 一生に何度あるか分からない、貴重な。
 淡いブラウンの睫毛が微かに揺れ、薄く唇を開いて、触れられるのを待っている。格好良い涼佑が綺麗でもあると実感する瞬間だ。
 カメラがあれば連写したいが、元の世界でも成功していないので結局は無理だろう。


 そっと涼佑の頬に触れた指先が震える。
 だが、これは誓い。誓うのは……。

「この世界でも、俺は涼佑を守ると誓います」

 涼佑を守るために、自分も守る。その想いを込めて涼佑の唇にそっとそれを押し当てた。

 唇が離れる間際、口の端にもキスをする。すると涼佑はぱちぱちと目を瞬かせ、グッと暖人の腰を抱き寄せその唇を塞いだ。

「僕も暖人を守る為に、僕を守るよ。暖人に救われた命、決して無駄にはしない」
「涼佑……」

 そっと暖人の頬を撫で、月明かりを背に浴びた涼佑は……凄絶なほど綺麗に、笑った。

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