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涼佑と秋則

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 遅めの朝食をとり、涼佑りょうすけに連れられ屋敷裏に行くと、エヴァンが待っていた。そして秋則あきのりのいる森の側まで乗せて行ってくれる。
 いつもすみません、と恐縮する暖人はるとに、竜になるのも良い運動になるからとエヴァンは笑った。
 良い運動になるかは人間の暖人には分からないが、エヴァンの気遣いに甘え、今度また何か美味しいつまみでも用意しようと決めた。


 森に入ると、秋則の家へと案内される。
 木の上に家、と驚きながらもどこかワクワクした声を出す涼佑に、可愛いな……と暖人はそっと心臓を押さえた。

 階段を上がる時に下や周りを見る仕草も、廊下の窓からさりげなく外を見るところも、たまらずに暖人はきゅっと心臓を押さえる。
 木の上の家は、秘密基地みたいでワクワクする。その気持ちは良く分かる。それを涼佑がしているところが可愛くてたまらなかった。


 そんな涼佑を堪能した暖人は、秋則の部屋の前にくるとスッと気持ちを落ち着かせる。涼佑も姿勢を正した。

「アキ、客人だ」
「客? 新名君かっ」

 秋則は暖人を見るなり嬉しそうな顔をし、その後ろにいる涼佑に目を見開き、食い入るように近付いた。

「おおっ、君が涼佑君かなっ?」
「初めまして、有栖川 涼佑ありすがわ りょうすけといいます。暖人が大変お世話になっているそうで」
「いやいや、こちらこそ色々と気に掛けて貰ったり、元気を貰っているよ」

 涼佑は驚いたものの顔には出さず、スマートに挨拶をする。暖人にとっての父親のような人だ。今日は結婚の申し込みをする気持ちで気合いを入れてきた。

「有栖川君か、いい名前だね。それに、新名君の話していた通りだ」

 まじまじと見つめられても、涼佑は穏やかな笑みを崩さない。

「暖人が僕の話を?」
「ああ、頭も良くて運動も出来て大人っぽくていつも守ってくれる格好良い人だと」
「日野さんっ」
「そんな君が大好きだって話をね」

 にこにこと笑う秋則に、暖人は両手で顔を覆った。自分で言うのと誰かの口から言われるのとでは恥ずかしさが違う。

「はる……」
「実家に帰ったら本人を前にあれこれ暴露される気持ちって、こういう感じかな……」

 涼佑は暖人を撫でながら嬉しそうに頬を緩め、秋則はごめんごめんと言いながらも、実家の父のようだと思って貰える事が嬉しかった。

「自己紹介がまだだったね。日野 秋則ひの あきのりです。元の世界では医師をしていたんだ。何かあれば力になるよ」

 何もないに越したことはないけどね、と涼佑に手を差し出すと、涼佑はそれを握り返し、今日一番の爽やかな笑顔を見せる。
 父親には良い印象を与えたい。それは成功しているのだが、秋則は内心で、新名君は相当面食いなのかな? と思っていた。


 ウィリアムとオスカーの事を思い出し、秋則はふと表情を曇らせる。

「涼佑君。君に、謝らなければならないことがあるんだ」
「日野さん、それはいいんです」
「でも」
「以前言った通り、あの言葉があったから俺は今幸せなんです。それに、選んだのは俺ですから」

 暖人は穏やかに笑い、涼佑へと向き直った。

「涼佑。俺は……俺の幸せのために、涼佑を裏切ったんだ」

 深刻な顔の暖人に、涼佑は目を瞬かせて。

「ああ、あの二人の事か。日野さんがきっかけなの?」
「っ……日野さんはただっ」
「新名君が彼らの気持ちに応えたのは、私のせいなんだ」
「日野さんのせいじゃないですっ」
「涼佑君がこの世界に来ていない可能性と、大切に想ってくれている人たちの為に生きる事も考えてみたらどうかと進言したんだよ」
「なるほど。そういう経緯で」

 再会してからも何かと忙しく、詳しくは聞けていなかった。以前秋則の話を聞いた時は、浄化の力の事がメインだったからだ。

「涼佑。日野さんのせいじゃないよ。涼佑がこの世界にいないかもって、ずっと思ってはいたんだ……。それで、涼佑がいないなら……生きてるのがつらい、って思って……」
「それを止めてくれたのがあの二人?」
「最初に気持ちを落ち着かせてくれたのは、日野さんで」
「その後があの二人か。それなら、日野さんもあの二人も、命の恩人だね」
「うん……」

 暖人を生かしてくれたのなら、三人にはいくら感謝してもしきれない。涼佑としては心からそう思うのだが、暖人は表情を曇らせたまま。


「そうだなぁ……。誰かのせいだって言うなら、全部、姿を隠した僕のせいだよ」

 そもそもの事を言うなら、だ。
 救世主は各国の統治者の元で保護される。姿を隠さずリグリッドに救世主が現れたと各国に伝えていれば、暖人にも伝わったはずだ。
 暖人がこの世界に来たばかりの頃に伝われば、あの二人と恋人になる事もなかったかもしれない。
 だがそれは、暖人が内戦の中でも会いに来てしまうため、出来なかったが。

「涼佑はっ」
「僕のせいじゃないって言ってくれるなら、誰のせいでもないよね」

 よしよし、と暖人を撫でた。

「正直、最初の頃なら責任転嫁して日野さんを恨んだけど、今はただ感謝してるよ。僕が姿を隠してた事も、今は後悔してない。はるを悲しませた事以外はね」

 暖人が生きている事。暖人が今こうして幸せだと何の憂いもなく言えるなら、これまでの課程全てが正解だったのだ。

「はるが幸せなら僕も幸せだし、あの二人が文官とか一般騎士じゃなくて、戦闘能力と権力のある騎士団長で良かったと思ってるよ。こんな世界ではるに救世主の力なんてあったら、僕一人じゃ守りきれないから」

 暖人の為に利用出来る最高のものがあって良かった、というのも正直な感想だ。
 それに、裏切ったというなら、暖人と離れてまで守りに行くような大切なものが出来た自分も同じ。

「人は変わるものなんだなって、今でも信じられない時があるけど……あの二人と言い合いをするのも、わりと楽しんでるよ」

 好きなわけじゃないけど、と何とも言えない顔をした。

「というわけで、解決だよ、はる。他の話をしようか」
「っ、うん……」
「涼佑君、……ありがとう」
「いえ、こちらこそ」

 気にしていません、というように明るい笑みを浮かべた。


「……日野さん。そういえば俺のことは、名字呼びですよね?」
「そうだったかな? ……うん、そうだね。すまない、昔からの癖でね。呼びやすい方で呼んでしまうんだよ」

 はると。
 ありすがわ。

 にーな。
 りょーすけ。

「確かにその方が言いやすいですよね。もし良ければリョウと呼んでください」
「いいのかい?」
「はい。知人にもそう呼ばれてますので。それに……涼佑と呼ばれるのは、暖人にだけがいいなと思ったので」

 帰ったらあの二人にもそう言おう。今まではあの二人の事はどうでも良くて放置していたが。
 爽やかに見せた独占欲に、秋則はつい小さく笑ってしまった。

「それなら、遠慮なくそうさせて貰うよ。リョウ君」

 親しげな雰囲気に、涼佑は内心で「大成功」と口の端を上げる。暖人のご両親攻略だ、と。
 元々暖人は自分のものだが、暖人の両親に認めて貰えたと思うと、満たされた気持ちになった。

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