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Day.4-2
しおりを挟む「……随分と仲が良かったみたいだね?」
「え?」
「ウィリアムさん? それとオスカーさん?」
「え? え?」
「ああ、噛み痕もあるからオスカーさんかな?」
「!」
ツ……、と指先で首筋を撫でられ、ビクリと跳ねた。まさかそんな、噛み痕まで残っているなんて。
「……ごめん」
「いいよ。あの二人が何もしてない方が怖いから」
「怖いって」
ついくすりと笑ってしまった。
「二人とも、大事にしてくれた?」
「うん……。俺、これからはみんなを心配させないように気を付けようって思ったよ」
「何かあったの?」
「……ちょっと、大事にされすぎて」
手錠で繋がれたり歯磨きやトイレまでお世話されてしまった、とは涼佑にも言えない。手錠かトイレか、他のどれかが逆鱗に触れるかもしれない。
何となく察した涼佑は、暖人の予想とは真逆の笑顔を見せた。
「そっか。何があったかは訊かないけど、はるがそう思ってくれたなら僕も嬉しいよ」
ウィリアムとオスカーが暖人を傷付ける事はあり得ない。それなら多少の事は目を瞑るとしよう。
それに、二人が暖人を大事にすればするほど、暖人が一人で危険に向かって飛び出して行く可能性は低くなる。暖人を守れるなら、それで良かった。
「涼佑……?」
「はる。僕はね、僕がいない間、あの二人にならはるを任せてもいいと思うくらいにはなってるよ。大事にする事は分かってるし」
「っ……」
「心配なのは、はるが流されておかしなプレイに慣れちゃう事かな?」
「っ……流されては、ない……」
「そっか。ならいいんだけど」
おかしなプレイは否定しないんだ、と内心で思いつつ、オスカーの付けた痕とは反対側に幾つも痕を付ける。ついでに耳朶を噛むと、ひゃっ! と可愛い声がした。
「そうだ。白竜族の村で、別の服も一緒に買ってくれたんだね。ありがとう、はる」
「えっ、う、うん、驚かせようと思ったんだけど……」
また会話に戻り、戸惑いながらもイタズラはこれで終わりかと肩の力を抜いた。
「驚いたよ。着替えてる間に別の服も一緒に会計なんて、格好良い彼氏みたい」
「かっこいい彼氏」
「可愛くて格好良い彼氏を持てて、僕は幸せ者だよ」
「うん……、ありが、と……」
涼佑の言葉は本気だと分かる。格好良い、彼氏、どちらも言われ慣れない言葉で、頬が熱くなった。
「はる、好きだよ」
「うっ、うん、お、おれもっ」
「そんなに動揺しなくても」
ギクシャクする暖人に、くすくすと笑う。
恥ずかしさに震えながらもぞもぞと涼佑へと擦り寄る暖人に、本当に幸せ者、と頬を緩めた。
「三日ぶりの涼佑の彼氏力が、俺には強力すぎる……」
ぽつりとそんな事を言われ、ますます笑みが零れてしまう。それなら、離れていた時間は意味のあるものだった。
もっともっと、好きになって。もっとドキドキして、あの二人より意識して。
そっと顔を上げさせ指先で唇を撫でると、ますます真っ赤になって視線を逸らされる。
それなのに期待するように震える唇。気付かないふりで撫で続けると、じわりと瞳が潤み「意地悪しないで……」とか細い声が零れた。
意地悪……するな、という方が無理かもしれない。
「はる、おねだりして?」
「っ……」
「どうされたいか、教えて?」
唇から指を離し、頬を手のひらで撫でる。いじわる、とまた小さな声が零れた。それでも頬を擦り寄せてくる仕草が、たまらなく愛しい。
真っ直ぐに見つめ続ける瞳に、暖人はそっと視線を伏せ睫毛を震わせた。
「……き」
「うん?」
「……き、…………すき、って言って……」
そう言った暖人は、唇がへの字になっていた。
「ふっ、ふふっ……」
「涼佑っ」
「ごめん、今でも恥ずかしがるはるが可愛くて」
「……だって、好きな人にそんなに見られてたら恥ずかしいよ」
拗ねた顔でさらりと言う。キスは駄目でも、好きをねだれるようになった暖人の成長にそっと目を細めた。
「好きだよ、はる」
「っ……うん」
「好き。大好きだよ」
「俺も、……大好き」
涼佑の手に頬を擦り寄せ、そっと目を閉じる。少しだけ上を向き、薄く唇を開いた。
こんなおねだりは出来るのに、と涼佑は目元を緩め、暖人の望む通りに唇を重ねる。
柔らかさを感じる、触れるだけのキス。
それから、互いの体温を分け合う、押し付けるだけのキス。
何度も触れて、離して、どちらからも舌を触れさせる事はない。大公領ではあんなに求め合ったというのに。
ちゅ、ちゅ、と響き続ける可愛い音に、二人は額を合わせクスリと笑った。
舌を触れ合わせるキスも気持ちが良くて好きだが、こうしてお互いの柔らかさと体温を感じられるキスも好きだ。
暖人からも啄むようなキスをして、いつまでも終わらない。
「このままだと夜が明けちゃいそうだね」
涼佑はくすりと笑い、暖人の目元にキスをした。
「……朝までしたい、けど……でもちょっと、眠いかな」
「睡眠は大事だよね。僕が朝までしておくから、はるは寝てていいよ」
「睡眠大事は、涼佑もだからね」
「僕は、……うん、自覚したら眠い気がしてきた」
三日で終わらせる為に、少し頑張りすぎてしまったようだ。
「あっちでシャワー浴びてきたから、このまま寝ようかな」
「あっち、って……お城の中の、涼佑の部屋?」
「うん。いつの間にか僕の部屋が出来てたんだよ。客間のままで良かったのに」
「そうなんだ……」
無意識に声が沈む。涼佑を待っている間の暗い思考が、再び頭を擡げる。
涼佑はここにいるのに。会えなくなる訳ではないのに。
口を閉ざしたその心中は、涼佑にも分かっている。そんなこと心配しなくていいのに、と暖人の唇に触れるだけのキスをした。
「リグリッドに僕の部屋がいくつあっても、僕の帰る場所は、いつでもはるのいる場所だよ」
いつかあの城が、暖人にとってのこの屋敷のような存在になるかもしれない。
それか与えられた屋敷が、そうなるかもしれない。
それでも何があろうと必ず帰る場所は、いつでも暖人の元だ。
「涼佑……」
「それにね、ここも僕の部屋だから。ただいま、はる」
「……おかえ、り」
そうだ、と気付き呆然として涼佑を見つめる。
「ここがはるの家で、俺の家がリグリッドなら、家が隣同士の幼馴染ごっこが出来るね」
「規模」
「世界は庭かな」
「規模が」
「救世主だから、世界は僕たちのものだよ」
涼佑はにっこりと笑い、暖人の髪を撫でた。
心配しなくても大丈夫だと、涼佑が励ましてくれているのが分かる。だから、暖人も明るい笑みを見せた。
「俺もリグリッドに、俺の部屋を作ろうかな」
「僕の部屋の隣を開けて貰っておくよ」
「お城っ……あっ、そうなるよね」
戸惑う暖人に、涼佑は内心で小さく笑う。貰った屋敷にすでに暖人の部屋を作っている事は、内緒だ。
「でも、はる……。好きな時に気兼ねせずに帰れる場所があるのって、幸せだね」
「うん、……幸せだ」
それは泣きたいほどに、幸せな事だ。
手を繋いで帰っても何も言われない。自分の部屋で、何の不安もなく抱き合って眠れる。見られたところで、誰も態度を変えない。
そんな場所なら、幾らあっても良いと思えた。
「さ、そろそろ寝ようか」
「うん。おやすみ、涼佑」
「おやすみ、はる。大好きだよ」
ちゅ、と額に唇が触れ、目を閉じると瞼に暖かなものが触れる。
背を撫でられるとすぐに眠気が訪れ、涼佑……と寝言のように呟き、優しい夢へと落ちていった。
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