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Day.4
しおりを挟む涼佑は、三日で終わらせてくると言っていた。
エヴァンから昨日の夜に、少し遅くなるかもと聞いていたが、もうすぐ日付が変わってしまう。
こちらの事は気にせず涼佑が無理しすぎないように、と伝えた気持ちは嘘ではない。リグリッドの救世主としてやるべき事は、三日では少なすぎるのだと理解している。
(リグリッドとリュエールの、救世主……)
暖人はベッドの上で膝を抱えた。
目の前の事を必死でこなしているうちに、いつの間にか違う国の救世主になっていた。
親しい人がいるのも、守りたい人がいるのも、それぞれ違う国。
今はエヴァンがいるから簡単に会えているが、そうでなければ戻る時には数ヶ月会えなくなるのだろう。
着いて行くと言っても、国内が落ち着くまでは連れて行って貰えない。それまでに何ヶ月も会えない時が訪れるかもしれない。
「涼佑……」
この国にも屋敷にも親しい人がいて、愛されて、それでも涼佑を想うと寂しくなる。会いたくて切なくなる。
なんて欲張りなんだろうと自己嫌悪に陥っても、誰一人手放す事は出来なくて。
涼佑に着いて行けるようになれば、ウィリアムとオスカーに会えない時間が長くなる。その時にはきっと二人に会いたくなるのだろう。
いつの間にか、こんなに欲張りになってしまった。
こんな自分は、いつか愛想を尽かされてしまうかもしれない。
「っ……」
じわりと視界が滲んだ時、廊下から足音が聞こえた。そして。
「はる!」
「涼佑っ……」
勢い良く扉が開き、駆け込むように涼佑が入ってきた。一直線に暖人の元へと向かい、ベッドから下りた暖人を腕いっぱいに抱き締める。
「遅くなってごめんっ」
「涼佑、っ……」
大丈夫だよ、あっちはもう大丈夫なの? と明るく言うつもりだったのに、出来なかった。
「っ……、涼佑……」
ぎゅうっと抱きつき、頬を擦り寄せる。そんな暖人に、涼佑は一瞬目を見開き、嬉しそうに笑った。
「うん、僕も会いたかったよ」
この三日、あの二人が散々甘やかした事は予想出来ている。それでもこんなにも会いたいと思ってくれた。寂しい思いをさせたくはないのに、寂しいと思ってくれた事が嬉しくてたまらない。
元の世界では感じられなかった歓びに、胸がいっぱいになった。
長い時間抱き合い、そっと暖人を離す。
「ただいま、はる」
「うん、おかえり、涼佑」
「僕の部屋で待ってくれてたの、嬉しいな」
「良かった……。俺が涼佑の部屋で待ちたくて、勝手にベッド使っちゃった」
「僕の部屋ならはるの部屋だよ」
そう言って目元にキスをしてベッドの縁へと座らせる。隣に座った涼佑は、暖人の肩に頭を乗せた。
「もし僕たちが隣の家に住んでる幼馴染だったら、こんな感じだったのかな」
そっと目を閉じる涼佑の髪を、暖人はそっと撫でる。
「はるを守る家族がいるなら……きっと僕たちは、部活くらいは別々だったかもしれないね」
「うん……。涼佑は、バスケ部かな」
「そうだね、わりと好きだったよ。はるは陸上部か、映画を見る部活があったらそっちにいそう」
「確かに。週二回くらい活動するやつ」
少ないね、と二人で笑い合う。
元の世界ではアルバイトを優先する為に部活動はしていなかったから、どんなものかはあまり分からないが。
「俺の部活がない日に涼佑の練習を見に行ったら、女の子がいっぱいいるんだよ。有栖川先輩ーってキャアキャア言われてて、俺は端っこにいるしかなくて」
「その中でもはるを見つける自信があるよ」
「……ありがと」
突然目を開けた涼佑に見つめられ、ドキドキしてしまった。
「はるが一つ年下で、学校では先輩って呼んで貰うのもいいなぁ」
「それはもうプレイだから」
「いつかしようね」
「そんな流れっ……」
しない、とは言わない暖人に笑みが零れてしまう。本当にいつかするとして、有栖川先輩と涼佑先輩、どちらが良いだろうか。そう考えるだけでわくわくしてしまった。
「僕の母親とはるは仲良しで、土日に僕が部活から帰ってきたら一緒にお茶してて。あんまり楽しそうだから、はるの手を引いて部屋に連れて行くんだ。母親は、本当に仲良しなんだから、って笑って……」
それも、元の世界では叶わない事だっただろうか。優しい母親がいても、この想いは許されない事だっただろうか。
涼佑の思いが伝わり、暖人もそっと目を閉じる。
「俺の母親は涼佑のことが大好きで、うちの子になってもいいのよ、っていつも冗談か本当か分からないこと言って……。そんな母親なら、いつか涼佑とのことを話せたかもしれないって思うよ」
「はる……」
「中高になっても一緒にいることを好意的に思ってくれるなら、きっと一緒にお願いしたらいつか認めてくれる、……って、思う」
想像するなら、幸せな未来を描きたかった。
「でも……気持ち悪いって言われないなら、反対されてもいいよ。絶対涼佑のこと幸せにするって、頑張って説得する」
「……そうだね。……うん。はるの父親には、お前にうちの子はやらん、って怒られそうだなぁ」
「そしたら、お父さんいつもは涼佑のこといい子だって言ってるのに、って言い返すよ」
「はるに言われたら折れるしかないよ。両親ともはるに甘いんだから」
「……そう言われたら本当にそんな気がする。イメージはマリアさんと日野さん」
日野さん、と涼佑はぱちりと目を開ける。
「はる、明日は予定ないよね?」
「え? うん」
涼佑が帰って来るのに、予定なんて入れない。
「本当は一緒にゴロゴロしたいけど、日野さんのところに行かない? 前にはると約束してたし、薬のお礼も言いたいしね」
「うん、行こうっ。涼佑のこと紹介したいよ」
「僕も、はるが父親みたいって言ってた人に会いたいな」
にっこりと笑う顔は、ほんのりと嫉妬混じり。父親みたい、と言ったのに。
「……マリアさんが母親で、メアリさんは伯母で、ノーマンさんが祖父で、父親の日野さんは単身赴任かな」
「すごくそれっぽい配役」
「お義母さんは説得したから、次はお義父さんか。頑張るよ」
「うん、頑張っ……うん?」
あまりにキリッとした顔をされてつい応援してしまった。
(でも、本当に家族みたい……)
元の世界では知らなかった暖かさ。
この屋敷が家なら、涼佑にとってはリグリッドの城が家なのだろうか。エヴァンが父親で、キースが親友で……。
「……俺、涼佑がリグリッドで一緒にいる人たちに、会いたいな……」
涼佑は他には皇子の話しかしない。みんな、という言い方はするがそれが誰かは知らない。
「そのうちね。早くはるを安心して連れて行ける国に出来るように、僕も頑張るよ」
「うん……。でも、あまり無理はしないでね」
「ありがとう、はる」
ぎゅっと抱き締め、そのままベッドへ倒れ込む。今日はするつもりはないが、少しだけ、と首筋へとキスをしようとして……。
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