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*Day.3-5
しおりを挟む戻ってきたオスカーの手には、濡れタオルがあった。
「オスカーさん、すみません……」
「どうした?」
「机に、その……」
暖人はそっと机の上を指さす。そこには、数センチ程のうっすらとした線状の傷が付いていた。
「無意識に引っ掻いてたみたいで……本当にすみません、弁償します」
「いや、いい」
「でも」
「むしろこっちが金を払いたいくらいだ」
「……?」
オスカーはその傷をそっと撫でた。
「これを見れば、いつでも今日の事を思い出せるな」
「!?」
固い木に、比較的柔らかい加工を施した机だ。良く見ると、他にも数本跡が残っている。
暖人には気付けない程のそれに、オスカーはつい目元を緩めた。
この部屋に暖人の存在を刻み付けたいという願いが、まさかこんな早々に、それも物理的な形で叶うとは。
「爪は」
「あ、全然大丈夫です」
「そうか。思ったより丈夫だな」
「いつもご飯が栄養満点ですから」
そう言って笑う暖人の髪を、くしゃくしゃと撫でる。そして背後へと回り、濡れタオルで暖人の体を綺麗に拭き始めた。
自分で、と言われても断り、手早く済ませる。座らずに立って待っているけなげな恋人には、事後処理までこの手でしたいと思うものだろう。……出来れば、秘部は突き出さずに待っていて欲しかったが。
そのまま突き挿れたくなる衝動を必死に堪えた。
暖人に服を着せ、椅子に座って膝の上に乗せる。
向かい合わせの体勢に、暖人は自然とオスカーの首に腕を回した。
「あの……、机」
「次はソファの方の机に付けて貰おうか」
「えっ」
「その次は、壁だな」
「あのっ」
「次来る時までに、爪を鍛えておけよ」
掠めるようにキスをされ、暖人は「はい……」と答えてしまう。
いや、これは、気にさせないようにというオスカーの気遣いだ、と暖人はオスカーの優しさに頬を染めた。
気遣いも勿論あるが……オスカーは、本気だった。後でこの部屋の柔らかい場所を探そうと思っている。何なら壁の上から柔らかい漆喰を塗らせようかとも考えた。
そうとは知らない暖人は、オスカーの肩へと顔を埋め、甘えるようにすりすりと頬擦りをしていた。
その愛らしい仕草に頬が緩んでしまう。オスカーは暖人の髪を撫で、ふと先程の事を思い出した。
「あれなら調整が効く分、同時にイけるな」
「……、俺が早いんじゃなくて、オスカーさんが遅いんです……」
「誰もそんな事は言ってない」
「自分が遅いからって……」
「遅ければ偉いという事もないだろ」
「俺は遅くなりたいです……」
「…………………………無理だろうな」
オスカーなりに精一杯励ましの言葉を考えたものの、嘘はつけなかった。
「そもそも俺が早いんじゃなくて、オスカーさんが上手いからいけないんですよ」
「……そうか」
それはただの褒め言葉。オスカーは色々なものをグッと堪えた。
だが、首筋に柔らかく熱いものとチクリとした感覚が襲い、なるほどこれは合意だろう、と暖人を机に押し倒す。
「わっ、オスカーさんっ?」
「合意だな?」
「えっ……あっ、それっ、すみません、無意識でしたっ」
無意識で痕を付けるなど、無意識の合意だろう。両手を机に押し付け、唇を塞ぐ。暖人の方も抵抗らしい抵抗もない。それなら。
「失礼します。お時間ですが?」
「!? すみませんっ!!」
「……延長で」
「あいにく後のお客様が詰まっておりますので」
そういう店じゃないぞとばかりにメルヴィルはにっこりと笑った。
「十五分でいい」
「突っ込むだけでしたら、後ほど店の者をご用意しますよ」
呆れた溜め息に、オスカーはぴくりと眉を上げる。そして深く息を吐き、暖人を抱き起こした。
「……悪かった。俺はお前を性欲の捌け口と思った事は一度もない。それだけは信じてくれ」
「オスカーさん……」
そっと抱き締められ、暖人もその背に腕を回す。
店の人を呼ぶくらいならここで待ってます、と言うところだった。暖人は内心で冷や汗を流す。
ただの嫉妬だが、それでは欲求不満になればオスカーが本当にそういう店の者を抱くと信じているようじゃないか、と。
いや、重婚も可能な国で、それを止める権利などないのだろうが。そもそも三人に愛されている自分がどうこう言う権利など……。
(……今はその話じゃない)
ぎゅっとオスカーに抱きつき、頬を擦り寄せた。
「そんな風に思ったことないですよ。オスカーさんは、俺のこといっぱい愛してくれてますから」
「ハルト……」
驚いたような声。抱き返される腕の強さに、そっと目を閉じる。が。
「あまりにも滑稽で寒気すらしますね!」
メルヴィルが堪えきれなかった。高笑いするどころか鳥肌が立ってしまった。目の前で本格的に痒い事をしないでいただきたい。
「ハルト殿。屋敷までお送りしましょう」
「すみません、お忙しいのに……」
「いえ、無理にお連れしたのはこちらですので」
暖人はメルヴィルに礼を言い、オスカーから離れる。
「オスカーさん、お仕事頑張ってくださいね」
「ああ。……ハルト」
「はい」
「愛してる」
「!?」
まさかの事に、暖人は一瞬動きを止め、カァ……と顔を真っ赤にした。あのオスカーが自然にそんな言葉を、それも人前で、とあわあわしてしまう。
オスカーがもう一度手を伸ばす前に、メルヴィルが暖人の腕を引いた。
「団長は至急その顔と髪を整え、訓練場へお願いします」
「髪っ……すみませんっ」
「団長の髪を崩せたのは貴殿が初めてですよ」
呆れたように肩を竦められ、暖人は申し訳ないやら嬉しいやら。不謹慎でも、好きな人の初めてになれるのは嬉しいものだった。
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