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Day.3

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「駄目だ」

 昼食後の、王宮内の執務室。オスカーは眉間に皺を寄せてペンを置いた。
 書類に何か不備が、と青の騎士たちに緊張が走る。だが。

「仕事が手に付かない」

 そんな事を言い出すオスカーに、青の騎士たちは目が飛び出る程に驚いた。あの仕事中毒とまで言われた団長が、一体どうしたことか。

 徹夜だろうと体調が悪かろうと空腹だろうと、いつも黙々と仕事をこなすのだから理由が思いつかない。
 唯一今までと違うのは、恋人の存在。
 だが、今日まで普段と変わらず仕事人間ぶりを発揮していた。それがここに来て突然の恋煩いなどないだろう。

「すぐに手配します」

 頭を悩ませる騎士たちの中、何かを察したメルヴィルだけはそう言って、部屋を出て行った。







 それから数十分後――。

「……あの」
「思ったより見えないな」
「でしょうね……」

 ソファに座るオスカーの膝の上には、暖人はるとがいた。
 仕事が手に付かない原因は、まさかの暖人だったのだ。

 昨日からウィリアムはあちこちを飛び回っていて、一言も話が出来ていない。それで暖人の様子を聞けずに、落ち込んでいないか泣いていないかと気になって仕方がなかったのだ。

 それを察した優秀なメルヴィルは、自らウィリアムの屋敷に赴き暖人を連れて来た。
 暖人の元気そうな顔を見てオスカーは安心したものの、やはりいまいち集中出来ず、膝にでも乗せれば仕事が捗るかと思ったのだが……。

 背後から抱き締めている時は小さいと思っていた暖人も、そのまま書類を見るには少し大きかった。試しに脚の間に座らせてみても同じ。


「どうしたものか」

 暖人を背後から抱き締め、頭に顎を乗せたオスカーは唸る。

(下ろしてくれたらいいんじゃ……)

 そう思っても、直々に迎えに来たメルヴィルからは、暖人の事が気になって仕事が手に付かないから膝にでも乗って欲しいとお願いされている。今日中に片付けなければならない書類だからと。
 メルヴィルは、思った以上に仕事の為ならわりと何でもする人間だった。

「……横にいるので」
「逆に気になる」
「ですか……」

 横にいるので仕事してください、と強く言えない。それでますます捗らなくなっても困る。
 ウィリアムでも涼佑りょうすけでもなく、オスカーがそんな事を言い出すくらいだ。きっと相当なのだと暖人は考えた。


「……ああ、そうか」

 オスカーがひらめいたとばかりの声を出す。あまり良い案じゃないだろうなと暖人はつい思ってしまったが、そうでもないようで。

「持ってろ」

 オスカーは暖人に書類を持たせ、見やすい位置に腕を上げさせた。

「え、でもこれ、俺が見ちゃ駄目なんじゃ……」

 騎士団長のところにあるものなら、重要な書類のはずだ。

「お前はこの国の救世主だろ。むしろ国の現状を知っていた方がいい」
「……ですか」

 もっともらしい事を言い出した。

「サインは後でするとして、右が承認、左が却下だ」
「……分かりました」

 暖人はひとまず頷き、今の腕の位置を覚えた。


(でも、国の現状と言われても……)

 そもそもが理解出来る代物ではなかった。暖人は少し悲しい気持ちになる。
 文字は読めるのだが、内容が難解。暖人が数行読むうちに、オスカーは読み終えて右だ左だと言う。
 最初こそ頑張って読もうとしていた暖人も、早々に諦めて淡々と右左に置く作業をこなした。



 書類の山が半分ほどになった頃。

「服」
「服、ですか?」
「お前から貰った袋に、別の物も入っていたが」
「あっ、あれもプレゼントです。もう一着入ってたら驚くかなと思って」
「そうか。……驚いた」
「サプライズ成功ですね。あれもオスカーさんに似合うと思ったんですよ。絶対かっこいいなって」
「……」
「オスカーさん?」
「……そうか。ありがとう」
「!」

 普通に礼を言われ、暖人はバッと背後を振り向く。だがガシッと頭を掴まれ前を向かされ、そのまま背後から抱き締められてしまった。

「見るな」
「えっ、見たいです」
「駄目だ」
「……だめ、ですか?」
「その甘えた声はベッドの上でやれ」
「それはちょっと」

 かぁ、と暖人の方まで頬が熱くなる。

(オスカーさんも、照れてるのかな……)

 そうだったら嬉しいな、と抱き締める腕をぎゅっと握った。


 二人で赤くなり無言で抱き合う光景。もしここに青の騎士たちがいたら、震えて腰を抜かしただろう。
 それを見越して人払いをしたのもメルヴィルだ。色ボケしたオスカーは色々と面倒臭いが、弱みを握れた事と、それを利用して思い通りに出来ている事に実は上機嫌だった。

 ……そんなメルヴィルを利用して、この空間を作り出したのはオスカーだが。

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