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Day.2-2
しおりを挟む「そうそう。団長は、夜中まで帰って来れないと思いますよ」
「えっ」
「だから」
「え、あの……」
ふ、と顔に影が落ち、ベッドが軋んだ。
ヘッドボードに腕を付いたラスに間近で見つめられ、思わず押し返したのだが、その手を逆に取られてしまう。
「ラスさん?」
腕を掴まれても、暖人はただ首を傾げるだけ。
この顔が好きだというラスは、久々にじっくり見たいのかもしれないと思った。おかしな事はしない。そう信じている。
(……でも、なんかいつもと雰囲気が……)
普段の人懐っこい大型犬のような雰囲気はない。頼れるお兄さんの雰囲気も。ただ静かで、見つめられると目を逸らしたくなるような、居心地が悪いような……。
無意識に腕を引くと、ラスはにっこりと笑った。
「本当は、団長がいない間にハルト君と添い寝しようと思って来たんですよね」
「え、うわっ!」
バッと布団を剥がれ、一瞬の間に押し倒されてしまう。そして抱き枕のように抱き締められてしまった。
「えっ、あのっ、ラスさんっ?」
「ステップ的にそろそろ添い寝はオッケーかなと」
「ステップって……」
「手袋もしてますし、直接触ってないからセーフですよね」
「この体勢はもうアウトだと思います」
「はは、やっぱりそうですよね。じゃあ、アウトならいっそ」
ぎゅっと暖人の頭を胸元に抱き寄せ、髪にキスをする。
「ちょっ……、ラスさん!」
慌てる暖人の背を宥めるように撫で、また髪にキスを落とした。
「染めてないハルト君の髪、殆ど見たことないんですよね」
「え、……そうでした?」
「そうですよ。こんなに近くで見た事もないですし」
暖人の見えない位置で、するりと手袋を外す。
「……こんなに柔らかいんですね」
滑らかで、上質な毛皮より繊細な手触り。ふわふわとしていながら、指の間をさらりと流れる心地よさ。
何度梳いても撫でてもまだ触れていたい。
「あ、やっぱり黒って固そうに見えますよね。俺としては金の方が柔らかそうに見えたんですけど」
「団長の髪ですか?」
「はい、思ったよりしっかりしてました」
しっかり。その表現が可愛くてつい頬を緩めてしまう。
「どちらかと言うと、金より茶色の方が柔らかいですよ」
「そうなんですか?」
「金や銀は芯がしっかりしてるんです」
「確かに……」
「ただ俺が知ってる中では、ハルト君の髪が一番気持ちがいいですね。それも大差で」
「そうなんですか……」
ラスが知っている中では、という事は、相当の人数と比べてだ。
「団長たちはいいな。ずっと触ってられるんですよね」
すりすりと頬擦りをした。
これは直に触っているからアウトでは、と思いながらも、暖人はそっと息を吐く。
「ラスさんには日頃からとてもお世話になってるので、俺の髪でお返しになるなら」
「えっ、いいんですか?」
「ラスさんにとって俺は、弟みたいなものですよね」
「今の関係性としては、そうですね」
「……」
「手を出す気はないので安心してください」
「……本当ですよね?」
「勿論です」
「……ラスさんのこと信じてますけど、出来れば誤解させるようなことは言わないでいただけたらと」
「善処します」
くすりと笑い、髪にキスをした。
「ラスさんのこと、お兄さんみたいって思ってますよ。文化の違いだってことも分かってます。でも、キスはアウトだと思うので」
「あー、やっぱりそうですよね」
「それと、この体勢もちょっとアウトかなと」
「兄弟ならセーフ寄りのセーフです」
「それだとただのセーフじゃないですか」
くすくすと笑う暖人に、ラスはそっと目を細めた。
「今日は天気もいいですし、このままお昼寝しましょうか」
「でも、この体勢は……」
「俺もちょっと寝不足なので、少しだけ抱き枕になってくれませんか?」
そう言って、暖人の髪を指先で梳いた。
否定も肯定もしない暖人の背を、ゆったりと撫でる。
「ハルト君はいい子ですね。いつも一生懸命で、優しくて、とてもいい子」
柔らかく語りかける声。
髪を撫でられ、背をトントンと叩かれて、じわじわと眠気が訪れる。
「今回もとても頑張りましたね」
「……頑張れ、ましたか……?」
「とても頑張りました。ハルト君は、頑張りやのいい子ですよ」
子供をあやすように、優しく背を撫でた。
「みんな、そんなハルト君の事が大好きですよ。みんなで、大好きなハルト君の事を守りますからね」
「ん……」
「だから、大丈夫。ゆっくりおやすみなさい」
穏やかな声と暖かな体温に、暖人の意識は眠りの底へと沈んでいく。
今度は魘される事なく、まるで親鳥に守られる雛鳥のように、安心しきった顔で。
ラスはそっと目を細めた。
あんなに魘されたなら、独りでいたくはないだろう。それこそ雛鳥のように、安心出来る場所で優しく包まれて眠りたいはず。
そうでなければ、暖人が添い寝など許すはずがない。
「……恋人だからこそ、言えない事もありますよね」
すやすやと眠る暖人の髪を、そっと撫でた。
心配させたくない。困らせたくない。弱いところを見せたくない。傷付けたくない。
彼らはあまりに過保護で、暖人が傷付く事を何より恐れる人たちだから。そんな彼らの前では笑顔だけを見せていたいから。
その点自分は、毎日一緒にいる訳ではない。これから先、転機があれば会う事もなくなるかもしれない関係。
それでも、誰にも言えない悩みを話せるくらいには親しくて、話したとしても自分の事のように酷く心を傷める事まではない。
可哀想だと言ってただ優しくしてくれる、暖人にとって、自分はそういう存在だ。
……そう思って貰えるように、こちらから仕向けたのだから。
これは、あの三人にも、テオドールにも、ティアやマリアたちにも出来ないこと。
恋人でも家族でもなく、ただ幼い頃から隣の家に住んでいる頼れるお兄さん、という立ち位置になれるよう行動してきたのだ。
それは、暖人にとっての特別な人。
恋人にも言えない事を共有出来る関係。
「俺はこの立ち位置、結構気に入ってるんですけどね……」
無防備に擦り寄る暖人に、くすりと笑う。
もし暖人の方から好きだと言ってくれたら二つ返事で受け入れるのだが、残念ながらそんな事は起こらないと知っている。
それは残念でもあり、喜ばしいことでもあり。少しだけ、残念な気持ちが勝ってはいるが。
「ん……」
ぎゅっと背に腕を回す暖人に、さすがに少し驚いた。
俺じゃなければ襲われてましたよ、とラスは内心で苦笑する。
元々理性的な方で、気持ち良い事も人肌の暖かさも好きとはいえ、理性を捨てて溺れる事はなかった。
いくら暖人の事が好きでも、ただの添い寝と決めたらおかしな気を起こす事はない。
……と思っていたのに、まさか、こんな事態が起こるとは。
まさかの事。下腹部の違和感に気付き、そっと体を離そうとすると。
「ん……んんっ……」
離れるのを嫌がるようにラスに抱きつき、体を擦り寄せてくる。そしてまたすうすうと安らかな顔で寝息を立て始めた。
子供というより赤ん坊のような、生まれたばかりの小動物のような、親に守られて安心している、そんな……。
「食べちゃいたいな……」
性的な意味ではなく、可愛すぎて、口の中に入れたい。こんな気持ちは初めてで、ラス自身にも良く分からなかった。
ただ、今まで以上に愛しいと感じる事だけは確かで。
目の前でさらりと流れる黒髪に、そっと唇を押し当てた。
……心配だから暖人の様子をそれとなく見てきて欲しい、と頼んできたこの屋敷の主人にやりすぎがバレないよう、後で暖人に口止めをしなくては。
だが、言われずとも元から暖人の顔を見に来るつもりだった。美味しいものでも食べに行こうと誘うつもりで。
最初は本当に、添い寝をするつもりなどなかったのだ。
……もしバレたら出禁だな。
そう思うものの、少しでも暖人に安らぎを与えられたのなら、本望だ。
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