後追いした先の異世界で、溺愛されているのですが。2

雪 いつき

文字の大きさ
上 下
73 / 180

*Day.1

しおりを挟む

 ※R15程度





「三日で終わらせて帰るよ」

 涼佑りょうすけはそう言って暖人はるとへとキスをして、後ろ髪を引かれながらもリグリッドへと戻って行った。


 暖人たちは王宮へ向かい、内密な話だとして人払いをしたテオドールの執務室へと通された。
 一連の報告を終えると、テオドールは眉間に皺を寄せる。
 歩夢とノアの事、黒竜族の事、それから、暖人と涼佑の事。どれもやるせない気持ちになる。ただ悪意のある敵を討つだけならば良かったものを。
 それにリグリッド側にも、釈然としないものが残っただろう。

 だが私情を抜きにしても、“神の啓示”があったならば、今回の処罰は妥当なものだと判断した。


「ご苦労であった」

 王として部下たちと救世主の労を労い、テオドールは一つ溜め息をついた。

「ハルトよ、こちらへ」

 王の顔のままで呼ばれ、暖人はテオドールの座る一人掛けのソファの前に立つ。膝を付いた方が良いだろうかと思った矢先。

「うわっ」

 グッと腰を抱き寄せられ、膝の上へと乗せられてしまった。

「恐ろしかっただろうに、良く耐えた。偉いぞ」
「えっ、あのっ」
「良い子だ」

 向かい合わせになった暖人をぎゅうぎゅうと抱き締め、いい子いい子とばかりに髪を撫でる。

「あの……俺は大丈夫です。ありがとうございます」
「そうか……。そなたは誠に強くて優しい、良い子だ」

 暖人の肩口へと顔を埋め、愛しくてたまらないとばかりに腕いっぱいに抱き締めた。


 暖人を大切に想うテオドールの気持ちは分かる。無事に戻ってきた事を祝福したい気持ちも。だが。

「……虫除けの効果は」
「どうだろう……。子供を可愛がっているようにも見えるが」

 オスカーとウィリアムは不機嫌な顔をしながらも様子を窺う。

「ハルトよ。妃が駄目ならば、やはり息子にならぬか?」
「え、っと……すみません、俺は今のままが良くて」
「そうか。……私がハルトの愛人になるというのも良いな」
「良くないですからね?」
「私は何も言っておらぬが?」

 しれっととぼけて暖人の背を撫でた。

「効いてないな」
「ああ。王には効かないのか?」
「首長には効いたのにか?」

(テオ様が悪い虫じゃないってことじゃ……)

 暖人はそう思いながらも、テオドールの前で悪い虫などとは言えなかった。

 暖人がプレゼントを渡すと、テオドールは喜びのあまり涙を浮かべた。まるで立派になった息子を見るような目をするものだから、やはり虫除けは効いているのかとウィリアムたちは首を傾げる。
 だが結局テオドールが仕事に戻るまで、暖人はずっとテオドールの膝の上に乗せられていた。





 一国の王の膝にあんなに簡単に乗ったらいけない気がする。
 暖人は改めて思う。
 だが、今は馬車の中でオスカーの膝の上に横抱きにされている。背をしっかりと支えられ、思いの外座り心地は良かった。
 公爵家の人間で、最強の騎士団を動かす独自の権限を与えられた騎士団長。その膝の上もいけない気がする。

(どっちが隣に座るかだったはずなのに……)

 じゃんけんを覚えたオスカーとウィリアムは、公正な勝負で決めたのだ。だがそれは、隣に座る権利だったはず。
 抱き上げられて馬車に乗せられた時に、あれ? と思いオスカーを見上げた。オスカーも不思議そうにするものだから、彼らにとっては最初からそのつもりだったのだろうと口を噤んでしまった。

 公正な勝負。ウィリアムは文句を言わなかったが、視線が痛い。それを知りながら、オスカーは暖人の髪や額にこれでもかとキスをする。

「あの……ウィルさんが不機嫌なので」
「放っておけ」
「でも、わざと煽るようなことをするのは」
「アイツの反応の為にしてる訳じゃない」
「そうなんですか?」
「ああ。俺がお前に触れたいだけだ」
「そ……ですか……」
「一応言っておくが、俺はこれだけで我慢してるんだ。ウィルの馬車だからな」
「…………ですか」

 ウィリアムが勝っていたら、どうなっていたのか。暖人は想像しかけて、慌てて思考を止めた。


「人を色狂いのように言わないでくれ。君こそ、君の馬車だったら我慢をしなかったのだろう?」
「人聞きの悪い事を言うな。距離がないからな、最後まではしない」
「距離があればしていた、と?」

 不機嫌なウィリアムと、口の端を上げながら上機嫌に話すオスカー。言い合っている間もオスカーの手は暖人の頬を撫で、輪郭を擽る。

「んっ……」

 つい声が漏れてしまい、慌てて口を噤んだ。ウィリアムとオスカーも一瞬動きを止める。

「……距離があってもしないな。コイツは乗り物酔いしやすいだろ」
「それもそうだな。このくらいの距離ならば慣れたようだが……ハルト、平気かい?」

 突然二人の言い争いが止み、ウィリアムが優しく声を掛けた。

「っ……、大丈夫です」

 ウィリアムの屋敷から王宮までの距離は何度も移動している。今はもう平気だ。それを知っているからこそ、オスカーの手が首筋を撫で顎の下を擽った。

「っ……、ふ……っ、ぅ」

 ゾクゾクとした感覚に、首を竦める。身体が熱を持つには足りない。それでも気持ちが良くて身を捩ると、ふと顔に影が落ちて。

「んっ、ぅ」

 かぷりと噛み付くように唇を塞がれた。
 触れさせては唇で暖人の唇を喰み、また押し付けて軽く吸い上げる。舌は唇を舐めるだけで、咥内には触れない。オスカーとのキスにしては穏やかで、心地が良かった。

「ぅ……ん、……んんっ」

 キスと共に頬や首筋を撫でられ、指先で掠めるように触れられて、もぞ……と無意識に膝を擦り合わせる。
 小さく淫靡な水音が響き、互いの熱い吐息が重なった。


「生殺しだな……」

 ウィリアムが小さく呟いた。だが、勝負に負けたのだから見ている事しか出来ない。
 注がれる視線に、暖人は羞恥に身を震わせた。

(こんなの、そういうプレイだ……)

 三人でした時とは違う。ただ、見られているだけ。それもキスだけで、服を脱いでもいない。それなのに、見られている事が恥ずかしくてたまらなかった。

(でも……気持ちが、よくて……)

 ウィリアムの視線を感じながらも、オスカーを押し返せない。触れ合う体温が、柔らかな感触が、あまりにも……。

「ふぁ……ぁ……きもち、ぃ……」

 オスカーの手に頬を擦り寄せ、甘い声を零した。
 あまりにも気持ちが良くて、止められない。もっと、とばかりにオスカーの首に腕を回しキスを強請った。

 素直に欲しがる暖人に、ウィリアムは眉間に皺を寄せる。自分の時にも甘えてくれる事はあるが、ここまでではない気がする。
 やはり押し過ぎなのだろうか。愛を伝え過ぎなのだろうか。たまには引いてみせるのも……と思っても、暖人を前にして冷たくするなど出来るはずもない。
 二人の濃厚なキスを見据えながら、ウィリアムは今後の行動を真剣に思案し続けた。



「は……ぁ……」

 唇が離れ、無意識に舌を突き出してしまう。オスカーはそっと目を細め、もう一度触れるだけのキスをして唇を離した。

「着いたな。ウィル、後は頼む」
「ああ」

 エントランスに着き、ウィリアムが暖人を抱き上げて降りると、オスカーはそのまま馬車に乗って行ってしまった。
 暖人はぽやっとしたまま、不思議そうに首を傾げる。てっきりオスカーも一緒に降りると思ったのに。

「オスカーは仕事だよ」
「……もしかして、送るために一緒に?」
「少しでもハルトと一緒にいたかったのだろうね」
「……そう、ですか」

 その為にわざわざここまで一緒に。申し訳ないのに嬉くて、頬が熱くなってしまった。


「オスカーがじゃんけんで負けていたら、ハルトと二人きりで帰れたのに……。それにしても、ハルトの国の勝負事は一瞬で勝敗が決まって良いね。それにイカサマも出来ない」
「全部見えてますからね。動体視力がすごくいい人は有利って言いますけど」
「なるほど、動体視力か」

 ウィリアムは真剣な顔をした。

(じゃんけんをするイケメン騎士団長たち、貴重だったな……)

 二人の低音の良い声で、きちんとあの掛け声をするところも貴重だった。白竜族の村でじゃんけんをした時は、涼佑が「ギャップ……」と小さく呟いて笑いを堪えていたが。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

ある日、人気俳優の弟になりました。

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。顔良し性格良し真面目で穏やかで王子様のような人。そんな評判だったはずが……。 「俺の命は、君のものだよ」 初顔合わせの日、兄になる人はそう言って綺麗に笑った。とんでもない人が兄になってしまった……と思ったら、何故か大学の先輩も優斗を可愛いと言い出して……? 平凡に生きたい19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の三角関係のお話。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

ある日、人気俳優の弟になりました。2

雪 いつき
BL
母の再婚を期に、立花優斗は人気若手俳優、橘直柾の弟になった。穏やかで真面目で王子様のような人……と噂の直柾は「俺の命は、君のものだよ」と蕩けるような笑顔で言い出し、大学の先輩である隆晴も優斗を好きだと言い出して……。 平凡に生きたい(のに無理だった)19歳大学生と、24歳人気若手俳優、21歳文武両道大学生の、更に溺愛生活が始まる――。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

ヒロイン不在の異世界ハーレム

藤雪たすく
BL
男にからまれていた女の子を助けに入っただけなのに……手違いで異世界へ飛ばされてしまった。 神様からの謝罪のスキルは別の勇者へ授けた後の残り物。 飛ばされたのは神がいなくなった混沌の世界。 ハーレムもチート無双も期待薄な世界で俺は幸せを掴めるのか?

処理中です...