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白竜族の村

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「明日の朝には戻る」

 エヴァンはそう言って竜の姿になり飛んで行った。
 父親が流布した死亡説を否定する為、青竜族の村に一度帰ると言って。

 一人で行ったのは、父親と喧嘩になるところを見せたくない……というのは建前で、本当はやたらと過保護な家族に子供扱いされるところを見せたくないからだった。

 そんなところを涼佑りょうすけに見られれば、今まで培ってきた、一応師匠で将軍としてはまあ有能でそこそこ大人だとは思う、という立ち位置が一気に崩壊してしまう。何が何でも涼佑にだけは見られてはならない。


 それにこの場所なら自分がいなくても大丈夫だと思い、皆を置いてきた。
 眼下に広がる、山間の雪原に建つ家々。村というには大きな集落だ。雪を被った屋根が太陽に照らされ、淡く白い光を放っている。

 暖人はるとは先程「童話の世界みたい」と言って感嘆の溜め息を零していた。きっと村に入れば目を輝かせてもっと感動するのだろう。

「リョウも素直に感動すればいいのになあ」

 と言ってから、暖人のように目を輝かせる涼佑を想像して、首を振った。
 やはり彼は彼のままが一番だ。





「白竜族の、村っ……」

 村の門をくぐった暖人は、パァッと顔を輝かせた。

 白竜族は人の姿で暮らしている。
 街並みは中世ヨーロッパのよう。石造りの建物が並び、通路には様々な店が軒を連ねていた。
 店先には、扱っている物が一目で分かるように絵の描かれた看板が下がっている。この辺りはリュエールの王都とほぼ同じだ。

 屋根や石畳にはうっすらと雪が積もり、太陽の光を浴び虹色に輝いている。
 その中を歩く、白い髪に白い肌の人々。瞳の色は様々だが、ノアの言った通り一部が薄い黄緑色をしていた。
 服はエルフに近く、白く艶のある布を纏っている。そこに草花などの刺繍が施されていた。

 王都と同じところと、違うところ。それがまた人間の街のようでそうではなく、余計にわくわくする。


「白竜族の村っ」

 暖人はまたそう言って周囲をぐるりと見渡した。

「白竜族のっ……」

 フィンレーも目をキラキラさせる。同じように周囲を見渡し、どれもこれも興味深そうに見つめた。

「似てるな」
「ああ、ハルトはエルフだったのか」

 ウィリアムが暖人を見つめながら真剣に呟き、正気か? とオスカーは思うがどうやら手遅れのよう。段々と涼佑に似てきた。

「はる、迷子になるよ」

 走り出そうとする暖人の手を涼佑が引っ張る。
 この世界に来てから幼さの増した暖人は、走ると転んでしまうかもしれない。……それもそれで可愛いけれど。
 コートでそれなりにもふもふとした暖人を見つめ、これなら怪我しない、ころころして可愛い、と暖人の頭を撫でた。


「あの透明でキラキラしたの、気になる」

 暖人が指さしたのは、広場の路面店だ。リンゴ飴のように並べられた商品。長い串に、ひし形をした透明のものが三つほど刺さっている。

「確かに気になるかも。わらび餅かな?」
「うん、でも、団子みたいにしたら崩れるよね?」

 それにキラキラと輝いて綺麗だ。

「あちらは大衆菓子でございます。濾過した雪水と樹木の蜜を使用したもので、年齢問わず親しまれておりますよ。王都で言うところの、ワッフルでしょうか」
「ワッフル。あんなに宝石みたいで高そうなのにですか?」
「雪はこの国には豊富にございますので」

 他国と違い虹色に輝いていようとも、一年中降り続ける雪の調達費用はゼロに近い。
 樹木の蜜も、どの家庭でも使用されているもの。練ると透明になる粉も、用途が少ないだけで安価だった。

「人間が食べても大丈夫ですか?」
「勿論です。成分は他国でとれる物と変わりありませんよ」

 涼佑の問いに、ノーマンは穏やかに微笑んだ。


「……ノーマン。この国の通貨は」
「あちらとは異なりますので、私が立て替えましょう」
「すまない、助かる」
「とんでもございません。屋敷へ戻りましたらきっちり請求させていただきますので、どうぞ心残りのないよう存分にお買い物なさいませ」

 ノーマンはウィリアムにだけ何かを見せ、にっこりと笑う。
 それはつまり、普段の買い物のようにしても構わないという事。そして……暖人の為に買いたい物があれば、後悔のないように買えという事だ。


 ノーマンは暖人たちへと視線を戻し、穏やかに笑った。

「ホットとアイスがございますが」

(コーヒーみたいだな……)

「はる。他にも食べるかもしれないし、半分こしようか」
「うん。どっちも気になるよね」
「俺も気になるんだが、ホットを一口くれないか?」
「いいですよ」

 そわそわするフィンレーに、暖人は頷く。
 まるで旅行中の学生のようだと三人を見つめるウィリアム。

「……するか?」
「気にはなるが、お前と半分か」
「俺もハルトのを一口貰いたいが、ハルトの分がなくなるだろう?」
「そうだな」

 オスカーは諦めたように了承した。もうこの村には来ないだろうと思うと、気になる事は解消しておきたい。


 串を手にした暖人は、負けずにキラキラした瞳でそれを見つめる。

「大きなダイヤモンドみたい……」

 太陽に翳すと繊細な光を散らして輝き、角度によって様々な色の光に変わる。
 透けて見える青空一面に、宝石を散りばめたようだった。

「思ったより大きい」

 涼佑も同じように空に翳しながら、その大きさに感想を述べた。
 ひし形というより正方形だった。その対角線が十センチ近くある。平たいそれが三つ並んだ、結構なボリューム。
 だが、見た目よりも軽かった。これなら全て食べてもそんなに腹は膨れないかもしれない。

「いただきます。……、……っ」

 ホットの方を頬張った暖人は、驚きに目を見開いた。
 つき立ての餅のように柔らかく、暖かい。伸びる事はなくすぐに歯で切れて、食感はつるつるでふわふわもちもち。
 優しい甘さが口の中に広がり、一口で幸せな気持ちになる。

「……美味しい」

 涼佑もこれには驚いた。
 冷たい方はサクサク食感だ。だが口の中で蕩けてふわふわになり、最後は水のようにしっとりと消えていく。甘いのにこれなら最後まで美味しく食べられそうだ。

「少しメイプルシロップっぽい、かな?」
「うん、こんなのを毎日食べられるなんて……」
「白竜族、羨ましい……」

 フィンレーも加わって舌鼓を打った。
 ウィリアムとオスカーも黙々と食べ、地元の銘菓を気に入って貰えたノーマンは嬉しそうに頬を緩めた。


「白竜さん、これって……」
「雪水と蜜は何度も濾してから……」

 ノーマンがフィンレーに製法を教えていると、暖人もそこに加わった。
 出来れば再現してみたいと思ったが、まず透明になる粉がこの国にしかない。蜜も雪もそうだ。
 残念そうな顔をする暖人にノーマンは、リュエールにもまだまだ美味しいものがあると言って優しく宥めた。





 気になったものを三つほど食べた後、ノーマンは皆を大通りへと案内する。

「後日請求いたしますが、皆様もご入り用でしたら」

 ノーマンは懐から袋を取り出し、ぎっしりと金貨や銀貨の入った中身を見せる。
 使用した金額をいちいち書き留めておくより、一定額を配布し、残りを引いて請求した方が早くて確実だ。
 請求すると言えば、彼らも遠慮なく買い物をしてくれるだろうと思っての事だった。

「村としても外貨を稼ぐ機会ですので、どうぞ皆様も後悔のないようお買い物をなさってください」

 ノーマンは多めの額をそれぞれに配布し、にっこりと笑った。

(やり手のビジネスマン……)

 暖人もありがたく受け取りながらも、執事として財産を含めた屋敷の全てを管理するノーマンの有能さを、改めて知ったのだった。

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