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真実は
しおりを挟むノアは歩夢を腕の中に閉じ込め、深く息を吐く。上手く姿を隠せたと思ったが、相手が悪かった。
リュエールの赤と青の騎士団長に、青竜族と白竜族。力の通じない人間の子供と……リグリッドの関係者と思われる、躊躇いも容赦もない強さを持つ者。
通路にはエルフが潜んでいる。彼らまで仲間になるとは。
「……太古の力が蘇ったとはいえ、この体ではお前たちの相手は難しいな」
ノアは自嘲気味に笑い、肩を竦めた。
ここまでの戦力で捜索していたという事は、他国ではそれ相応の事態に発展してしまったのだろうか。
……それなら、もう充分だ。
「ノア……」
漆黒の瞳が、戸惑ったようにノアを見上げた。
「教えてくれ。君が使おうとした力は何だ?」
エヴァンは屈み、歩夢と視線を合わせる。
歩夢はビクリと跳ね目の前の男を睨み付けるが、やがて諦めたように口を開いた。
「……眠らせる力」
「眠らせる?」
「僕には、ただ眠らせるしか出来ないんだ……」
この世界へ来てすぐに、ノアから救世主の伝説を聞いた。
その中には、こんな地味な力はなかった。とても国や世界を救える力ではなく、自分は外れの救世主だと思った。
「……僕が呼ばれたのは、ノアのため」
強い力に身体を蝕まれ、痛みと苦しみで眠れないノアの為に。
数年ぶりに眠れたノアは、とても喜んでくれた。
最初はこんな地味な力なんてと不貞腐れていた歩夢も、素晴らしい力だと褒め、優しく髪を撫でるノアに、地味でもこの力で良かったと思うようになった。
優しい瞳で見つめられ、名を呼ばれて、大切にされているのだと感じられて……嬉しかった。
元の世界では、大切にされる事はなかったから。いつも殴られてばかりだったから。
少し冷たい体温は、ノアが竜族だからか、人の手が元々そうなのか、分からなかったけれど。
優しく撫でる手が、涙が出る程に嬉しかった。
そんな優しいノアとだから、何でも出来ると思った。
ノアのしたい事は、全部してあげたいと思った。
「この力はただ、数日眠らせるしか出来ないはずだったんだ」
大公妃には、全てが終わるまで眠っていて貰おうと思った。力を最大限使えば、ひと月程なら眠らせておく事が出来る。
ノアも丸一日眠って目覚めても、空腹を感じなかった。体の時間が止まるのだろうと言っていた。
だから、迷う事なく大公妃に使った。
宰相と大公子がリュエール国王を殺してくれるまで、余計な事を言わないように。大公子の殺意が消えないように。
太公子に殺意が生まれるまでには一ヶ月掛かったが、ちょうど力も回復した頃で、もう一度眠らせようと大公妃の元を訪れた。
だが……再度力を使うまでもなく、大公妃は目覚めなかったのだ。それは、予期せぬ事だった。
考えられるのは、眠らせる力と同時に、ノアの力を使った事。
万が一大公妃が目覚めた時の事を考えて、ノアが記憶を操作した。ただ、黒い服だった、と。それ以外を忘れるように。
ただそれだけ。
それだけで、呪いのように他人にまで移るようになってしまった。
ノアが触れようとして、その事に気付いたのだ。
髪を銀に染め第三皇子を騙ったのは、面白くなかったから。
暴君の息子でありながら、救世主と共に兵を率いて、革命を成功へと導いた奇跡の皇子。美しく高潔で民からも慕われる、リグリッドの光。
救世主の力で、輝かしい未来を手に入れた人間。
自分と同じ世界から来た人間が、英雄として祀られている。
……自分たちは、こんなにも自由にならないのに。輝かしい未来など、訪れるはずもないのに。
「救世主が救った国も、世界一豊かだって国も、戦争でぐちゃぐちゃになればいいと思ったんだ」
宰相と大公子の失敗を知り、もう駄目だと思った。
だが、二人がリュエール国王の暗殺を企てたと公にすれば、領民からの信頼は失墜し、リュエール国民は太公領を憎む。
ついでに赤と青の騎士団も実際は粗野で酷い集団だと思わせれば、領民はリュエール国へ不信感を抱く。
それも全て暴君の子のせいにして、全てをぐちゃぐちゃにしたかった。
真実がどうであれ、民衆の声というものは時に政治に大きな打撃を与える。
それなのに、勝手にリグリッドの皇帝派の残党が、大公まで殺そうとした。
こちらは大公と大公妃の命まで取ろうとは思っていなかったのに。
その先はもうどうにでもなれと、全てを放棄してスフィーリスへと戻ったのだ。
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