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黒竜族の村4

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暖人はると!」

 光が収まり、涼佑りょうすけが暖人の肩を掴む。

「使いすぎるなって言っただろ!?」

 珍しく声を荒げる涼佑へと、暖人はゆるゆると視線を合わせて。

「…………SSRの、増幅アイテムだった……」

 ぽつりと呟いた。
 暖人としては、心臓部を包み込む程度の力を出したつもりだった。先ほどより早く浄化出来るよう、少しだけ強めにはしたのだが。

 思った以上に光った。少なくとも五倍は増幅されている。
 一度使っただけで壊れるような使い捨てアイテムでもない。

(SSRアイテム、エルフ族の宝剣……)

 とんでもなく貴重な物を貰ってしまった。


 今度は短剣をまじまじと見つめる暖人に、言いたい事を全て察した涼佑は深く溜め息をつく。どうやら無茶をした訳ではないようだ。

「オスカーさん、栄養剤を暖人に」
「あ、ああ」

 さすがのオスカーも戸惑いながら屋根の上に置いた鞄を取り、瓶を二本差し出した。

「あ……、すみません。ありがとうございます。一本で大丈夫みたいです」
「今のあれでか? 他の核も浄化して来たんだろ?」
「はい。この短剣、浄化の力を増幅してくれるみたいで」

 蓋を開け半分飲み、また蓋をして自分の鞄に入れた。授業で軽いマラソンを終えた後のような疲れは、この量で充分のようだ。

「魔除けというのは、そういう意味なのか……?」

 ウィリアムも呆然としている。以前同じ量の光を見た時は、暖人はすぐに眠ってしまったというのに。

「俺にも良く分からないですけど、そういうものみたいです」
「……そうか」

 ウィリアムは無理矢理納得した。未知の国には、未知の力と相性の良い物があってもおかしくはない、と。


 暖人はエヴァンにお願いして、次はフィンレーの元へと運んで貰う。

「掠り傷の痛みが引いた」
「俺もだよ」
「はるの光は、滅菌ライトですから」

 三人は戦闘中とは思えないのんびりとした会話をしながら、黒竜の群れを見つめた。


「……アイツ、逃げなかったのか」

 エヴァンたちがいた場所と黒竜の間に立ち、きちんと距離を取り、矢を放つフィンレー。

 最初は村の中心から引き離すように、外側から攻撃していた。
 だがしばらくして、黒竜たちは一斉に踵を返し村の方へと向かおうとし始めた。それで慌てて間に入り、風を起こす力を矢に纏わせて押し返していたのだ。

「おっ、やっと来た。エッセヴァル、そろそろ限界だ」

 エヴァンに気付いたフィンレーは、ブンブンと手を振る。そしてもう役目は終わったとばかりに群れから離れ、「ちょっと休憩」と言って建物の方へと向かった。

「アイツがこの数を……」

 空から見ても相当の数だ。風を操り矢を回収出来るとはいえ、まさかここまでとは思わなかった。

「エヴァンさん。出来るだけ中央に下ろしてください」
「ああ、分かった」

 暖人を信じ、群れの中央へと降りる。
 その間に暖人は残った栄養剤を一気に飲み、すぐに光を放てるよう意識を集中した。
 流行病の起こった街での事を思い出す。自分を中心にして、光を広げるイメージ。あの時よりも強い光を。

(力を貸してください……)

 短剣を握り締め、そっと目を閉じた。


『ァ……』
『――……』

 光が広がり、無数の声が重なる。
 暖かい。もう苦しくない。これで、眠れる。
 ありがとう、と暖人へと語り掛ける安らかな声。

「……おやすみなさい。っ、……さよなら」

 声へと答えながら、流れ込む感情に涙が止まらなくなる。

「っ……ごめんなさいっ」

 怖いなんて怯えなければ、最初から浄化出来ていれば、もしかしたらここまで自我は戻っていなかったかもしれない。この国の事を、もっと早くに気付ける力があれば……。

「ごめんなさいっ……」

 空へと昇る光の粒が全て溶けていくまで、暖人は見送り続けた。


 村を覆っていた霧も晴れ、眩しい青空が広がる。明るい太陽に照らされた村から、人々の笑い合う声が聞こえた気がした。

「っ……」

 感情がぐちゃぐちゃで、涼佑へと縋るように抱き付く。

「はる……」

 泣き崩れる暖人を抱き締め、そっと背を撫でた。
 きっと暖人は、彼らが哀れなだけでこんなにも泣いているのではない。怯えて浄化出来なかった事への罪悪感と、こんな事になってしまった事への悲しみ、そうなる原因を作ったものへの怒り。そして……。

 ……力を使うと、相手の感情まで受け取ってしまうのかもしれない。
 そうでなければ、暖人はもう前を向いているはずだ。彼らの為に、こうなってしまった原因を探す為に。

 震える体をきつく抱き締め、こんな力なくなってしまえ、と願ってしまう。
 こんな力がなければ、暖人が苦しむ事もなかった。安全な場所へ閉じ込めておけた。
 せめてこの力が、自分に移ってくれれば……。
 震える体をきつく抱き締め、そう願い続けた。





 村へと戻ると、フィンレーの隣にはノーマンがいた。

「ノーマン、無事だったか」

 安堵するウィリアムに、ノーマンは笑顔を見せる。白竜族と知っても今まで通り労ってくれる主人に、自然と頬が緩んでしまった。

「いやー、白竜族ってすごいな。俺が打った矢を片っ端から抜いて持って来てくれるんだよ。白竜さんがいなかったらもっと早くに撤収してたな」
「そんなご謙遜を。弓矢の腕もさることながら、ナイフ捌きも素晴らしいものでしたよ」
「それもこれも白竜さんが撹乱してくれたおかげです。人の姿で良くあんなに動けるなと感心しました」

(黒竜を撹乱する執事姿のノーマンさん……見たかったな……)

「なんか体も軽かったし、白竜族は特殊な力があるんですか?」
「誠に勝手ながら、回復の術を少々掛けさせていただきました。申し訳ございません」
「謝らないでください。やっぱりあそこまで耐えられたのは白竜さんのおかげだったんですね」

(フィンレーさん、敬語になってる……)

 リスペクトが生まれた瞬間を見た。

「はる、もう大丈夫?」
「うん。心配かけてごめんね、涼佑」
「……うん」

 ぎゅっと暖人を抱き締める。目を真っ赤に腫らして、それでも笑う暖人が痛々しくて。


「……ところで、僕が言った事覚えてます?」
「は? 何、俺?」

 突然矛先が自分に向き、エヴァンは目を白黒させる。

「はるが力を使わずに済む方法を、竜の知識総動員して考えてくださいって言いましたよね?」
「あー……悪い。他に方法なかったんだわ」
「まぁ、そうでしょうけど」
「いや、分かってて言ったのかよ」
「はるが逃げ出したのを捕まえるどころか、敵の真っ直中に送り込むなんて」
「ハルト君が言うなら大丈夫だって思ったんだよ~」
「まぁ、僕も信じてましたけど」
「いやいや、それならなんで俺は責められてんだ?」
「言いたかっただけです」
「そーかそーか。で、気は済んだか?」
「一応」

 むすっとしたままの涼佑。八つ当たりとは、可愛いところもある。
 ヘラヘラしていたら、何笑ってるんですか、とまた怒られてしまった。



 黒竜族の村を出る前に、暖人は脚を止め振り返った。
 今は明るい太陽に照らされた村。死者の時に見たような、昔の光景は見えない。
 だが何故かあの時のように、こうはなるなと警告してくれているようだった。

「ハルト、痛いところはないかい?」
「はい、大丈夫です。ウィルさんこそ……」
「傷のわりに見た目が派手なだけだよ。それに、念のため薬を使わせて貰ったからね」

 コートの下、袖がボロボロに引き裂かれているところを思い出し暖人は眉を下げる。オスカーも掠り傷だと言っていたが。

(ごめんなさい……)

 怖がって逃げなければ、彼らが傷付く事はなかった。守りたいと思っているのに、自分が弱いばかりに……。

 ごめんなさいと謝れば、ウィリアムは優しい言葉で、君のせいじゃないと言ってくれるだろう。そして謝る事で悲しい顔をさせてしまう。

「ハルト、やはり……」
「え、いえ、俺は来た時より元気なくらいですよ」

 今回は怪我もしていない。短剣のおかげで力も使い過ぎていないし、栄養剤二本で完全回復した。
 大丈夫だと明るく笑ってみせた。
 ……ウィリアムが心配しているのは、そのことではないと分かっているのだが。

 わざと知らないふりをする暖人に、オスカーは溜め息をつく。

「そうじゃない。心の方だ」
「っ……」
「もう見るな。あまり心を寄せ過ぎると、引き込まれるぞ」
「……そう、ですね」

 村を隠すように前に立つオスカーに、今度は力なく笑った。

 呪いの夢の中に入った事もある。暖人だけが入れた。
 以前は呼び戻せたが、相手の心の中に入って帰れなくなる事があるかもしれない。ウィリアムたちはそれを心配しているのだ。

 黒竜を浄化した時、暖人の様子がいつもと違う事には気付いていた。ただ悲しくて泣いているのではないと。
 だから、心を寄せすぎて連れて行かれてしまうのでは……。そう、怖くなったのだ。


「……さよなら」

 村へと別れを告げた暖人が、ぴくりと震える。

「はる、行くよ」

 暖人が“何か”を見る前に、涼佑はその手を引き、村から連れ出した。
 これ以上もう、暖人に何も望むなと宙を睨み付けながら。

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