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黒竜族の村3
しおりを挟む『……た、い……』
『もう……眠り、たい……くる、しい……』
「っ、ごめんなさい……」
遠くから声が聞こえる。
追い立てるような声。
『はやく……私も、心臓を……』
早く取り出せ。
早く、核を取り出せ。
「っ……ごめんなさいっ、ごめんなさいっ」
応戦している音のする方へと光を降らせる。
意思に反して人間を攻撃する体。命を終えても眠る事を許されず、朽ちた体で生きる事を強いられて。自ら心臓を抉られたいと願う程に、苦しみに耐えてきた。
それなのに、見えるものだけで怖がって、目を背けて、力が足りないばかりに、苦しい思いをさせた。
「暖人!」
涼佑の手が腕を掴む。光は途切れ、もうさせないとばかりに腕ごと抱き締められる。
「涼佑、大丈夫だよ。栄養剤いっぱい持ってきて貰ってるから」
「でもっ」
「エヴァンさん。ウィルさんたちのところへ連れて行ってください」
「ハルト君。俺たちが核を取り出すから、それまで」
「待てません。……すみません。彼らの声が、聞こえてしまったんです」
「声?」
声が聞こえた、という事は、今も意思があるという事か。エヴァンの顔色が変わる。
「核への攻撃以外には、痛みを感じないようですが……」
「……そうか」
少しだけ安堵の表情を見せた。だが、生きたまま心臓を抉られるのは、どれほどの事だろう。
「……ハルト君。頼めるか?」
「はい」
「っ、はるっ」
「大丈夫だよ、涼佑。核の部分だけ光を当てればそんなに消耗はしないから。前に街ごと浄化した事もあるんだから」
「そう。それで僕に会えたんだよね」
力の使い過ぎで、命を失いかけた。あの時は知らずに涼佑が引き留めて一命を取り留めたが、二度目はないかもしれない。
「……エヴァンさん。ひとまず運んでください」
「あ、ああ、分かった」
エヴァンは竜の姿になり、二人を掴んで空へと昇る。
「ちょっと!」
「涼佑。今は、栄養剤があるよ。即効性だし効果も実証済みだから大丈夫。着いたらオスカーさんの鞄から、二本出して貰って」
「栄養剤を飲んでも、あの数を浄化したら回復が追いつかないよ。核だけでも四つ浄化したら疲れてるみたいだし」
涼佑の目は誤魔化せない。
竜は質量のせいか種族のせいか、死者たちより浄化に時間が掛かった。それを外側から浄化するとなると更に力がいる。
「栄養剤は体の持つ回復機能を助けるものでしょ。そう何本も飲んでいいものじゃない気がする」
だから声を聞かせたくなかった。彼らに意思があると知れば、暖人は己の身を省みず村ごと浄化すると思ったから。
声なんて聞こえなければ良かったのに。やはり嫌な予感が当たってしまった。
「涼佑は、彼らが苦しむのを見て何も思わないような人じゃないよね」
「……そうだけど、僕は暖人が一番大事だから」
「ありがとう、涼佑」
暖人はにっこりと笑った。
暖人の意思は固い。もう何を言っても無駄だ。
それなら、暖人が浄化する前に彼らの核を全て取り出してしまえばいい。エヴァンは反対しても、ウィリアムとオスカーならきっと同意してくれる。
「っ……」
涼佑が心を決めた時、白い光が広がった。
「はるっ」
「俺じゃないよっ」
両手をぱたぱたとさせる。
確かに暖人の手からは何も出ていない。
「もしかして……」
地上に降りた暖人は、鞄から短剣を取り出した。
「これ……増幅アイテム、かも……」
神秘の泉の水で打った、ミスリルの剣。
「……魔除け」
「うん。俺の力と相性いいのかも」
「……それで心臓を刺すの?」
「どうだろう……。魔法剣みたいな感じで、えいって出来るかも」
剣に雷などを宿して放つあれだ。そういう使い方が出来れば、涼佑が心配するように相手に近付かずに浄化出来るかもしれない。
「本当にSSRアイテムっぽいし、やってみる」
暖人は短剣を鞘から抜き、ウィリアムたちの元へと走った。
「使い過ぎたな」
二本目の栄養剤を飲み干し、オスカーは溜め息をつく。ウィリアムと二人で四本使ってしまった。
「さすが、仕留める事に躊躇いのない黒竜族だ」
ウィリアムは苦笑する。
栄養剤だけでなく、傷薬も使ってしまった。爪で脚を抉られ、危うく持って行かれるところだった。オスカーも腕をやられて、そこにも使った。
どちらも通常の応急処置をすれば命に別状のない怪我だが、ちらほらと増え始める黒竜相手に手負いでは少し不安がある。
「服がボロボロだよ。コートだけは脱いでいて良かったな」
「ああ。さすがにあれ無しで歩くと凍える」
段々と邪魔になり屋根の上に脱ぎ捨てたコートは、どうやら無事なようだ。最悪あれさえあればどうにかなる。
竜の核を本体から引き離し、もう一体の竜の向こうに見えた人影。
「あれは、まさか……」
「ハルトっ?」
どうして。二人は戸惑う。涼佑が引き止めてくれていたのでは。
「ウィルさんオスカーさん! 離れてください!」
何故、と問う前に反射的に竜から離れる。建物の側まで離れた二人を確認し、暖人は竜へ向けて短剣を振るった。すると。
「っ!」
全力で浄化した時と同じ、目映い光が広がる。まるで閃光弾のように視界を奪い、辺りを白く染めた。
『ひか……、り……』
『ぁ、ァ……これ、で……』
声が聞こえる。酷く安堵した、解放される歓びに震える声。その感情が流れ込み、暖人の瞳からはまた幾つもの涙が零れる。
それをグッと拭い、しっかりと前を向いた。
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