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レイラ2
しおりを挟む「テオドール様?」
突然、真っ白な壁紙の部屋が現れた。
良く見ると、部屋の広さや家具に見覚えがある。棚に置かれたぬいぐるみも数は減っているが、ピンクのリボンを首に巻いたウサギは、幼い大公妃が抱いていたものだ。
「レイラ様……?」
同じ髪色、同じ色の瞳。
愛らしく無邪気な少女は、すらりとした美しい女性へと成長していた。
だが、随分と雰囲気が変わっている。暖人の事が見えていないのか、窓際へと駆け寄った彼女は、外を見つめガリッと窓枠を引っ掻いた。
「テオドール様……、何故私では駄目なのですか……?」
窓の外、彼女の視線の先には、若い頃のテオドールと思われる男性がいた。
大公妃と同じ髪色をした女性と噴水脇のベンチに座り、談笑している姿。時々寄り添い、彼女の髪にキスをする。
ガリッ、と壁を引っ掻く音がした。
「私なら……私なら、あなたの子をたくさん産めます、王妃として、休みなく公務をこなせます、私なら……」
ぶつぶつと呟く声。恨みを込めた視線。
「どうして……、あの女は、すぐに死んでしまうじゃない……」
それは、とてもあの幼い少女と同じ人物から出た言葉とは思えなかった。
(呪いのせい……?)
この光景が本当に起きた事だとは限らない。悲しい想いを増幅させたものかもしれない。
(でも……、誰かを好きな気持ちは、絶望と隣り合わせだ)
失った時に、優しい気持ちのままでいられる人ばかりとは限らない。想いが強い程、憎しみに変わる事もある。
「憎い……あの女が憎い……」
ガリ、ガリ、と音が響く。
「レイラ様っ、爪が……」
壁を掻く爪から血が滲み、咄嗟に彼女の腕を掴んだ。
触れた。
暖人の事が、見えないわけではなく。
「……あなたも、私からあの人を奪うの……?」
暖人へと注がれる視線。それは闇のように虚ろで、どろりとした感情が浮かんでいた。
「あの人への想いは、奪わせない……」
「っ……」
大公妃の体から、メキメキと蔦が伸びる。鋭い棘を付けた、薔薇の……。
「薔薇……?」
どす黒い緑の蔦と、血のように真っ赤な薔薇。
薔薇は、リュエール王家の象徴だ。王妃になりたいという想いが、この姿を形作ったのだろうか。
「邪魔はさせない……」
「っ、レイラ様っ」
蔦が襲い、暖人の腕や頬に傷を付ける。
だがそれは命まで奪う事はなく、また全てが消え、暗闇が訪れた。
暖人は、ずるりとその場に座り込む。頬に手を当てると、ぬるりとした感触があった。
頬と腕、太腿に傷が出来たらしい。だが掠り傷だ。
「やっぱり、レイラ様は優しいんだ」
彼女からしたら、見ず知らずの相手。殺しもせずに逃がしてくれた。
傷はズキズキと痛む。深くはないが、数が多いようだ。
(困ったな……俺の力じゃ、滅菌しか出来ない)
それに、この暗闇では光を出す事も出来ない。
無力感が酷く心にのしかかる。秋則のように万能薬を作る事も、棘を避けて身を守る事も出来ない。何も出来ない。あまりに無力だ。
膝を抱え、蹲る。
今までも守られてばかりで、自分には何も出来なかった。何の力もないくせに、出来る気になって出しゃばって、困らせてばかりで。
今回も、何も出来ない。
彼女を助けるどころか、自分独りでここから出る事すら……。
「俺には、何も……」
出来ない。
(…………待って、これ、弱らせようってされてる……?)
暖人はガバッと顔を上げた。
困らせて、守られてばかりで、それは事実だ。だが何も出来なかった訳ではない。
少しは出来た。大切な人の、役に立てた。
今も、頑張っている途中なのだ。
「いっ……!! たぁっ……」
気合いを入れようと両手で頬を叩いてしまい、一人呻く。傷がある事を忘れていた。
「馬鹿だとは思ってたけど、馬鹿だった……」
自虐を入れて、また蹲る。今度は、恥ずかしさで。今のを大公妃に見られていたらどうしよう。
頬を叩いたせいではなく、両手にじわりと暖かさを感じた。
大切な人たちの体温が、この暖かさがあるからきっと、弱さに呑み込まれずにいられる。
(嬉しいな……)
きっと、ずっと手を繋いでくれている。頬にも額にも暖かさを感じる。
それに、……今までで一番心配させて、不安にさせている。
早く帰らないと、と暖人は細く息を吐き、先程の事を思い返した。
宰相の嘘の中で、大公妃がテオドールの事を慕っていた、という部分は本当だったのかもしれない。
テオドールが大公妃を裏切ったなど、その辺りの部分は信じていないが。
妹のように慕っていると言ったあの瞳には、嘘はなかったのだから。
それが大公妃の心の傷なら、何が出来るだろう。
次の光景が訪れる前に、解決策を模索した。
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