上 下
20 / 180

大公領

しおりを挟む

 城から少し距離のある場所に下り、近くの街で馬を借りた。

「高官に顔見知りがいてな。国が関係してると思われたら色々面倒な事になるから」

 エヴァンはそう言って、その街に滞在する事になった。

 確かに、赤と青の騎士団長が揃って訪れただけでも何事かと騒ぎになる。
 そこにエヴァンまで現れては、リグリッドも関わる程の、大公領の一大事かと誤解されてしまうだろう。

 神官と補佐としてフードを被り顔を隠して行くにしても、体格の良い人物が多すぎると騎士だとすぐに分かり、やはり大事になりそうだ。



 城に着き、先にウィリアムが門番に用件を告げると、慌てた様子で高官が現れた。
 城内に案内されるウィリアムの後を、フードを被った三人が付いて行く。
 リュエール王国の至宝、赤の騎士団長が、顔を隠した人物を伴い訪れた。それだけでも城内に緊張が走る。

 エントランスホールには出迎えの使用人や騎士や高官まで頭を下げて並び、ウィリアムはわざとそこで、訪れた理由を告げた。

 テオドールから渡された書状には、祝福を授ける旅の神官が王宮に立ち寄った為、弟にも祝福のお裾分けをしたいと書かれている。
 赤の騎士団長が訪れたのは、特別な高位の神官とその補佐の警護の為だと分かると、皆一様に安堵した様子を見せた。


 大公への謁見に向かうウィリアムの後を、暖人はるとは神官として、涼佑りょうすけとオスカーはその補佐としてついて行く。
 涼佑かオスカーが神官役で、と頼んだのだが、聞き入れられなかった暖人はフードの下できゅっと唇を引き結ぶ。

(偉い人扱い、一番慣れてないのに……)

 頑張って背筋を伸ばしているが、腹筋と背筋がつりそうだ。
 それに周囲から、神官様、何とありがたい、あの凛としたお姿……と囁かれ、居たたまれない。丸まりそうになる背をピンと伸ばし、転ばないよう慎重に歩いた。





「そうですか。兄が」

 書状に目を通した大公は、そう言って四人の訪問を快く受け入れた。
 テオドールと同じ、月の光のような白金の髪と、氷河のような青の瞳。肩より長い髪を後ろで束ねた彼は、顔立ちこそ兄に似ているが、随分と柔らかな印象だ。

 彼は書状だけでテオドールの意図を悟り、そっと眉を下げた。

「妻の為にお越しいただいたのでしょう。ですが、彼女は……」
「存じ上げております。その上で、謁見のご許可をいただけないでしょうか」

 ウィリアムは静かに声を零す。
 暖人にはまだフードを外す合図を出していない。出来れば救世主という事を知られずに事を終わらせたかった。
 大公がそうとは限らないが、救世主は必ず奇跡を起こせる、救世主は死なない、そう思っている人間が一定数存在する。暖人は望まれれば、その期待に応えようとするだろう。

「……分かりました」

 赤の騎士団長の頼みならばと、大公はそれ以上何も言う事なく頷いた。


 案内された部屋は、大公の寝室の隣だった。
 広い室内。大きな窓からは、レース越しに柔らかな光が注いでいる。部屋の奥、直接陽の当たらない場所に、広いベッドが置かれていた。
 その側のテーブルには、華やかなピンクと白の花が飾られている。そよそよとそよぐ風が、花弁を優しく揺らした。

「レイラ、神官様と赤の騎士団長様がお見舞いに来てくださったよ」

 大公は柔らかな声で語りかけ、そっと妃の髪を撫でる。

(綺麗な人……)

 青み掛かった金糸の長い髪に白い肌、桜色の唇。長い睫毛が目元に影を落としている。ただ眠っているような、安らかな顔。

 目覚めない理由が病や呪いなら、病的な顔色で、痩せ細っている筈だ。だが彼女の頬にはうっすらと血色さえ感じられる。
 ただ、彼女の時間だけが止まってしまったような。

(……病気、じゃない)

 ふと、分かってしまった。

(普通の呪いでもない……)

 このままでは、この呪いは浄化出来ない。
 何故だろうか。そう、はっきりと分かってしまった。
 この力で、出来るのは……。


「涼佑」
「はる?」

 隣にいる涼佑の手を取り、ぎゅっと繋ぐ。

「ウィルさん、オスカーさん」

 二人の名も呼び、そっと見上げた。

「……俺が眠ったら、手を繋いで、名前を呼んで欲しいです」

 浄化の力。この力で出来るのは……、彼女の夢の中に、入る事だけ。

 その言葉に、ウィリアムは弾かれたように暖人の肩を掴む。

「ハルトっ……、駄目だ、約束しただろうっ?」
「すみません。約束を破ったお仕置きは、帰ってからいくらでも受けます」
「っ……駄目だ、ハルトっ」

 肩を掴む手にグッと力を込める。こうして止めたところで、浄化の光を放つ事は止められない。それならば、今すぐ部屋の外へ……。
 暖人を連れ出そうとするウィリアムの腕を、オスカーが掴んだ。

「待て。コイツの事だ。無理矢理連れ出したところで、また戻ってくるだろ」
「だがっ」
「やらせるとは言ってない。連れ出したいのは、俺も同じだ」

 オスカーはそう言って静かに怒気を漂わせる。暖人にではなく、呪いという、暖人の慈悲に訴えかけるような厄介極まりない物を掛けた相手に対してだ。

「ハルト。目覚めるという確証はあるのか」
「大丈夫です」
「こういう時のお前のそれは、かなりの無茶をするという意味だな?」
「……です、よね……」

 前科がある。暖人は肩を落とした。
 そこでグッと手を強く握られ、涼佑の方へと視線を向ける。

「っ、涼佑……」

 そこには、怒りではなく……悲しみをたたえた瞳があった。
 縛って連れ帰ると言った涼佑だが、暖人の様子が今までとは違った。自分の知らない暖人が、……“救世主”としての暖人が、その役目を果たそうとしている。
 自分がリグリッドへ戻ったように、暖人にはこれがそうなのだと、何故暖人が、そんな役目を……。

 叫び出したい気持ちを抑え、そっと息を吐く。

「暖人。説明して」

 次に紡いだのは、短い言葉だった。
 暖人は頷き、口を開く。


 大公妃に掛けられたのは、夢を見続ける呪い。そこに介入すれば、彼女の夢の中へ入れる。
 浄化の力では、は出来ない。あくまで肉体を浄化するものだからだ。

 だが夢に入れば、そこが現実になる。
 夢の中心にあるのは、彼女の魂の一部。
 そこで直接浄化が出来れば、魂に掛けられた呪いは解ける。


 それが、暖人が事だった。
 確信を持ち言葉を紡ぐ暖人に、皆口を噤む。最初に口を開いたのは、涼佑だった。

「それなら、僕も一緒に」

 一緒に行く、と言い掛けた涼佑が、突然視線を伏せる。

「っ……、ああ、これか……」

 手のひらで顔を覆い、忌々しい、と低く吐き捨てた。

「涼佑?」
「……僕は、夢の中にすら入れない。ただ呪いを受けるだけだ。どうしてだろうね。今、はっきりとよ」

 良くある話のように、頭の中に声が響いた訳でもない。ただ、そうだと分かってしまった。

「どうして僕じゃないんだ……」
「涼佑……」
「どうして、はるが……」

 絞り出すような声に、暖人は涼佑をぎゅっと抱き締めた。

(ごめんね、涼佑……。俺で、良かった……)

 内戦の中で戦う役目を負った涼佑を、これ以上危険な目に遭わせたくない。だから、自分で良かったと心から安堵した。

 これが救世主としての役目なら、大公妃が眠り続ければこの国に、世界に重大な影響が出る筈だ。行かないという選択肢など、なかった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

総受けルート確定のBLゲーの主人公に転生してしまったんだけど、ここからソロエンドを迎えるにはどうすればいい?

寺一(テライチ)
BL
──妹よ。にいちゃんは、これから五人の男に抱かれるかもしれません。 ユズイはシスコン気味なことを除けばごくふつうの男子高校生。 ある日、熱をだした妹にかわって彼女が予約したゲームを店まで取りにいくことに。 その帰り道、ユズイは階段から足を踏みはずして命を落としてしまう。 そこに現れた女神さまは「あなたはこんなにはやく死ぬはずではなかった、お詫びに好きな条件で転生させてあげます」と言う。 それに「チート転生がしてみたい」と答えるユズイ。 女神さまは喜んで願いを叶えてくれた……ただしBLゲーの世界で。 BLゲーでのチート。それはとにかく攻略対象の好感度がバグレベルで上がっていくということ。 このままではなにもしなくても総受けルートが確定してしまう! 男にモテても仕方ないとユズイはソロエンドを目指すが、チートを望んだ代償は大きくて……!? 溺愛&執着されまくりの学園ラブコメです。

異世界ぼっち暮らし(神様と一緒!!)

藤雪たすく
BL
愛してくれない家族から旅立ち、希望に満ちた一人暮らしが始まるはずが……異世界で一人暮らしが始まった!? 手違いで人の命を巻き込む神様なんて信じません!!俺が信じる神様はこの世にただ一人……俺の推しは神様です!!

願いの守護獣 チートなもふもふに転生したからには全力でペットになりたい

戌葉
ファンタジー
気付くと、もふもふに生まれ変わって、誰もいない森の雪の上に寝ていた。 人恋しさに森を出て、途中で魔物に間違われたりもしたけど、馬に助けられ騎士に保護してもらえた。正体はオレ自身でも分からないし、チートな魔法もまだ上手く使いこなせないけど、全力で可愛く頑張るのでペットとして飼ってください! チートな魔法のせいで狙われたり、自分でも分かっていなかった正体のおかげでとんでもないことに巻き込まれちゃったりするけど、オレが目指すのはぐーたらペット生活だ!! ※「1-7」で正体が判明します。「精霊の愛し子編」や番外編、「美食の守護獣」ではすでに正体が分かっていますので、お気を付けください。 番外編「美食の守護獣 ~チートなもふもふに転生したからには全力で食い倒れたい」 「冒険者編」と「精霊の愛し子編」の間の食い倒れツアーのお話です。 https://www.alphapolis.co.jp/novel/2227451/394680824

転生悪役令息、雌落ち回避で溺愛地獄!?義兄がラスボスです!

めがねあざらし
BL
人気BLゲーム『ノエル』の悪役令息リアムに転生した俺。 ゲームの中では「雌落ちエンド」しか用意されていない絶望的な未来が待っている。 兄の過剰な溺愛をかわしながらフラグを回避しようと奮闘する俺だが、いつしか兄の目に奇妙な影が──。 義兄の溺愛が執着へと変わり、ついには「ラスボス化」!? このままじゃゲームオーバー確定!?俺は義兄を救い、ハッピーエンドを迎えられるのか……。 ※タイトル変更(2024/11/27)

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

君のことなんてもう知らない

ぽぽ
BL
早乙女琥珀は幼馴染の佐伯慶也に毎日のように告白しては振られてしまう。 告白をOKする素振りも見せず、軽く琥珀をあしらう慶也に憤りを覚えていた。 だがある日、琥珀は記憶喪失になってしまい、慶也の記憶を失ってしまう。 今まで自分のことをあしらってきた慶也のことを忘れて、他の人と恋を始めようとするが… 「お前なんて知らないから」

異世界召喚チート騎士は竜姫に一生の愛を誓う

はやしかわともえ
BL
11月BL大賞用小説です。 主人公がチート。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 励みになります。 ※完結次第一挙公開。

処理中です...