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竜の上
しおりを挟むエヴァンは皆を乗せて行こうと当然のように竜の姿になる。涼佑は暖人を抱え、軽々と飛び乗った。
(知ってたけど……涼佑が、ムキムキに……)
元の世界にいた頃も、寝落ちてベッドまで運ばれた事は何度もあった。だが決して小さくない男を抱えて竜に飛び乗るなど、あの頃は出来なかったはず。
ムキムキと言っても、涼佑は細身だ。あの頃より筋肉が付いたものの、服の上からはそう見えない。脱いだら割れた腹筋にどきりとする、これは、あれだ。
(少女漫画のヒーローすぎる……)
後ろを振り返り、涼佑の顔をジッと見つめる。
「はる? どうしたの?」
「……ますますかっこよくなられても困る」
本気で困った顔をする暖人に、涼佑は一瞬目を瞬かせ、くすりと笑った。
「どう困るの?」
「心臓が困る」
「そっか。困らせてごめんね」
「わっ、ちょっ……涼佑っ」
さわさわと胸を撫でられ、慌てて涼佑の手を掴む。
「心臓はここかな。ごめんね、機嫌直して?」
「ふぁっ、っ……」
いい子いい子と言いながら、わざと指の節を胸の尖りに当てて動かす。わりと速めの動きがあまりに確信犯。
「涼、っぁ、ぁ」
弱いところを執拗に責められ、甘い吐息を零し始めた時。
『お~い、人の上でイチャイチャするのやめてくれませんか~?』
「っ! すみませんっ!」
エヴァンの苦笑する声に、暖人はビクッと跳ねて姿勢を正した。
「ああ、乗り心地が良くて忘れてました」
『こういう時だけ褒めても駄目だぞ~』
「久しぶりにはるに触ったのに、我慢出来る訳ないじゃないですか」
『開き直っても駄目だぞ~?』
「まぁ、しませんけど。五分ちょっとで終われませんし」
五時間は必要、と溜め息をついて、ぎゅうっと暖人を抱き締めた。
聞こえてしまったエヴァンは「ハルト君、頑張れ」とそっと呟く。涼佑の言う五時間はきっと、最低五時間だ。
背後からすっぽりと抱き込まれ、幼い頃から感じてきた体温に、胸がじわりと暖かくなる。
涼佑の腕をきゅっと掴み、そっと頬を擦り寄せた。
「涼佑。……帰ったら、……しよ?」
涼佑にだけ聞こえる小さな声。猫のように擦り寄る甘えた仕草に、涼佑は愛しげに目を細めた。
「うん。はるがしたい事、全部してあげる」
「……涼佑がしたいことも、するね」
言ってから恥ずかしくなったのか、耳まで真っ赤になりぐりぐりと涼佑の腕に額を擦り付けた。
ウィリアムとオスカーのいる背後からは、涼佑の背以外見えない。
仲睦まじくしている事は分かるが、久々の再会を邪魔するような野暮はしなかった。……それ以上始めたら、さすがに止めるつもりではあったが。
鱗に掴まって、とエヴァンが声を掛け、空へと飛び上がる。
ふわりとした浮遊感。周囲の木々が下へと流れ、暖人は息を呑んだ。
「っ……、すごい……俺、竜に乗ってる……」
『ハルト君、乗り心地はどう~?』
「最高ですっ、伝説の竜に乗れるなんてっ」
興奮した返しに、エヴァンは微笑ましく笑う。喜んで貰えて良かった、と普段よりゆっくりと空を飛んだ。
「すごい……雲が近い……」
飛行機で小さな窓から見るのとはあまりに違う。雲も空も太陽もすぐ近くにある。青い空に囲まれ、その美しさに心が震えた。
視線を落とすと、大きな鱗に覆われた濃い青の体。
「鱗……すごく、固い……、キラキラして綺麗……」
うっとりと鱗を撫でる。
固いのにしっとりとした手触り。通信用にと渡された鱗はサラサラしていたが、直に触れると手に吸い付くようだった。
「気持ちいい……ずっと触ってたい……」
あまりにうっとりして、吐息に甘い声が混じる。まるで情事の時のような声に、エヴァンは何とも言えない心地になった。
「暖人は動物が好きなだけですから、勘違いしないでください」
『分かってるって』
やっぱり、とエヴァンは苦笑した。どうせ動物相手にも嫉妬するくせに。
万物に嫉妬する涼佑は、おっきい、とうっとりした声を出す暖人の口を塞いで、……しまいたかった。
だが、元の世界で、伝説上の生き物という本を何度も読んでは目をキラキラさせていた暖人を思い出し、仕方ないなと諦める。元の世界では絶対に叶わなかった事が叶ったのだ。それは嬉しいに決まっている。
「……やっぱり竜の像作ろうかな」
ぼそりと呟く。
銅像ではなく、エヴァンの鱗に似た手触りをどうにか再現して貰って。……だが、あまりに似ていると、暖人がエヴァンにうっとりするところをずっと見る事になる。
せめて色を変えて。赤、……は、赤の騎士団長を思い出す。紫か緑か。いっそ自分の髪色と同じにして貰おうか。そうだ、それがいい。
「竜……本物、すごい……」
憧れの芸能人に会って語彙力を失くしたように、ぽつぽつと単語を零す。
そんな暖人の知らないところで、竜の像建造計画が再燃していた。
今回は庭ではなく、暖人が雨の日でも遊べるよう室内に。そして、落ちて怪我をしないよう、地に降りて微睡む竜をテーマにして考えてみよう。
リグリッドに戻ったらやる事がいっぱいだ。涼佑は背後から暖人を抱き抱えながら、そっと笑みを零した。
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